沙也加、噓をつく
じっと近くで見てみると彩音の顔は整っていることが分かる。
白い肌にまっすぐな鼻梁、その下には引き締まった薄い唇。
いつも眉間にしわを寄せたり、苦虫を噛み潰したような顔をしているからなかなか気づかないかもしれないが彩音は確実に美人の部類に入る。もう少しメイクの技術を学べば、道行く男子を卒倒させることなど訳もないだろう。
「マスカラ塗るから目つむって」
「それ、目がシバシバするから嫌なんだよね」
「我慢する」
「んー」嫌がりながらも彩音は目を閉じる。まるでキスをせがまれているようでわたしはドキドキする。今日この顔を見られるのはわたしと向後さんだけなんだな、と思うと胸の奥が苦しくなる。
彼女の長いまつ毛にマスカラを塗るのは造作もなかった。
「よし。とりあえず完成」
「まだ口元やってないけど」
「そこはお昼食べてからにしましょ」
「え、もしかして口元メイクした後ってご飯食べられない?」
「食べられないことないけど控えてほしいところね。だからデート中も飲み物を飲むときはストロー付きの。食事もハンバーガーなんてもってのほかよ。あれは人目を気にしない豪快な男子だけに許された食べ物なんだから」
「気を付けること多いなー」
「女子ってホント大変なんだよ。彩音もメイク覚えてね」
「うん……」
いつもならどんな頼みごとをしてもすぐに嫌な顔を浮かべることが常となっている彩音だったが、今や女の魅力を高めるためにはどんな努力も惜しまない素直さがそこにはあった。
どんどんとわたしの知らない彩音になっていく。
「沙也加、ありがとう」
まだ半分しかメイクをしていないのに彩音の顔は一等星のように輝いて見えた。
「どういたしまして」
恋をすると女は綺麗になる。そんな定説は幸福ホルモンであるエンドルフィンや女性ホルモンであるエストロゲンが分泌することによって肌のツヤが良くなるといった科学的根拠に基づく説だと思っていたが、この笑顔がそんな面白みのない論理的な理由によるものだなんて思いたくなかった。
恋なんてのは言葉で表せられない、幻想的で運命的で数字や科学にとらわれないメルヘンチックなものだとわたしは思っている。
「ねぇ、なんで沙也加はわたしにこんなにも協力してくれるの?」
「え?」
「なんでこんなにもわたしと向後さんをくっつけたいって思うの?」
世界の残酷さを知らない箱入り娘のように清らかな視線。それがわたしをまっすぐに見据える。
「わたしはただ、友達に幸せになってほしいだけ。向後さんは彩音のことが好きで、優しくて良い人だから彩音のことを大事にしてくれるんじゃないかって思った。ただそれだけよ」
「そっか」彩音は子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。「やっぱり沙也加は最高の友達だわ」
それを見て、心の奥底にまた澱が溜まる。
ああ、わたしはこんなにも嘘が得意だったんだ。