またまたデートのお誘い
随分と異質な昼休みになってしまった。今日は美穂のおのろけトークですべての時間が費やされるかと思ったのに、いつの間にかわたしと向後さんの話になっているし、あの忌まわしき合コンで一緒にいた美玖と遥がなぜか同じテラス席について、一緒に昼ご飯を共にする流れになっているしで、色々と情報処理が面倒だ。今日は自主休校してそそくさと家に帰ったほうがいいかもしれない。と思っていた矢先に沙也加が美玖と遥に訊いた。
「二人も城東大学だったんだ」
「うん、そうだよ」店員に注文を頼み終えた美玖が言った。「と言ってもわたしたちは理学部だから文系とはあまり関わりないだろうけどね。しかし驚いたよ。まさか沙也加ちゃんと彩音ちゃんがあのみぽりんと友達だったなんて」
水を向けられた美穂は美玖と遥に笑顔を向ける。
「美玖さんも遥さんも他学部だけど、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくー」
「よろしくお願いします」
美玖はあっけらかんと、遥は冷静に挨拶を返す。
このまま美玖のミーハー心を爆発してもらい、元アイドルの美穂に芸能界の裏側を聞き出す質問を投げかけでもしてくれればわたしはオブサーバーになれたのだが、
「さっきの話だけど、向後さんが変態ってどういうこと」
沙也加が無理矢理に話の流れを戻してくる。
「ああ、変態っていうか。彩音ちゃんが、自分のことを好きになる人は変態だって言ってたからね」
「ということは、向後さんは彩音のことが好きということだね」
双眸をサファイヤ原石のように輝かせた沙也加は言った。
「そうだよ。だってわたし、実際に訊いたもん」胸を張って美玖は自慢げに、「実はね、あの日の合コン終わりに全員と連絡先交換したのよ。あ、その時には彩音ちゃんいなかったけど」
「その節はすみませんでした」
反省はしているが後悔はしていないわたしは律儀に頭を下げる。
「いいの、いいの。悪ノリしてたわたし達も悪かったんだから」
美玖はわたしに頭を上げるように促し、自分の話に戻った。
「そこで向後さんとも交換して、しばらくやり取りしてたのよ。ぶっちゃけ、わたし、向後さんのこと狙ってたのよ。だってイケメンだし、優しいし、気が利くし、誠実そうだし、もういいことづくめ。悪いところなんて見当たらないじゃん」
まるでミュージカル俳優のような鷹揚な身振り手振りで美玖は語る。テーブルの上のグラスに手がぶつからないかが心配になる。
「それで、わたしね、先週デートに誘ったんだけど、即効で断られたのよ。まじチョベリバって感じよね。で、理由を問いただしてみたら、他に好きな人がいるからだって。僕は好きな人じゃないと二人で出かけたりしないし、自分から誘うこともありませんって、絵文字のない簡素な文面できましたよ。はいはい。それで好きな人が誰か尋問してみると、同じ授業を毎週一緒に受けてる一回生ってことが分かったのよ。と、いうことはよ」
「はっ、それって」珍しく沙也加がわざとらしい演技を繰り出す。
「もしかして……」奸悪な笑顔を浮かべる美玖はわたしをじっと見てくる。それに伴い沙也加も遥も、隣にいる美穂もわたしにまっすぐな視線を向けてくる。
向後さんがわたしを好き?
いやいやいや、ないないない。
というかそもそもなぜ美玖がわたしと向後が同じ授業を受けていると知っているんだ。たしかにあの授業は理系の学部生が多く履修している。
どこかで見られたのだろうか。これからは周りの目を気にする必要があるな。
さてしかし、どういった屁理屈でこの場を切り抜けようか。と頭をフル回転させたその時――
ピロンっと電子音が鳴り響く。それはわたしの携帯にメッセージが来たことを知らせる音。
いやはや、いったいなんだってわたしはこの時マナーモードにしていなかったんだろうか。そしてなぜスマホを机の上に出して、更には画面を上に向けてプライバシー全開な置き方をしていたんだろうか。そしてなんだって受信したメッセージ内容がすぐに画面に表示される設定にしていたんだろうか。
わたし達はスマホの画面に目を奪われた。
そこには『向後善人』という差し出人の名前と、『今度の土曜日、宇宙科学博物館に一緒に行かない?』の文字。
わたしに視線を戻した四人の顔は、娘の成長を喜ぶお母さんのような慈愛に満ちたものだった。店員が運んできたチキンライスが赤飯のように見えたのはわたしの網膜がどうかしちまったからだろう。




