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遊びにいくぞ

 教室に戻り、先生から門出の言葉を貰い、わたしたちの卒業式は幕を閉じた。

「さようなら」を言った後も、教室から生徒がすぐにいなくなることはなかった。

何に感動しているのか大げさに泣き崩れている女子。そして、つられて泣き出してしまうその子の友達。それを面白がって遠巻きに見ている男子。記念に仲良しグループで写真を撮りまくるリア充メンバー。個人的に先生へと感謝の言葉を述べる熱血男子。この教室にはいろいろな人間がいた。皆が思い思いの行動をとり、最後の時間を謳歌している。

小学校の卒業式も、中学校の卒業式でも、細かな違いはあれど似たような光景だった。わたしは今回もその中の一部にはなれそうもない。わたしは何かに感動することもなければ、感動しているふりをするほどにサービス精神旺盛でもない。

後ろ髪を引かれる想いもなくわたしは教室を後にした。

校庭へと出る。啓蟄を彷彿とさせる温かな風が頬を撫でていく。一足早い春を感じた。

「彩音、一緒に帰ろ」

 わたしの名を呼んだのは同じクラスの沙也加だった。純日本人にしては高い鼻と、白皙の肌が特徴的な少女である。その容姿とあけすけな性格に魅了された男は数知れない。しかし、高校の三年間、浮いた話をとんと聞いたことがなく、どうやらこの沙也加という女はこと男子というものに、もとい恋愛というものに興味がないらしい。そのあたりもわたしは好感が持てた。ゆえに今ではこの高校で最も仲のいい親友である。

「どうしたの」と、わたしは訊く。「てっきり先生に感謝の言葉でも伝えて回るのかと思ったけど」

 そう、わたしの記憶上、沙也加は情に厚い人間だ。そのため卒業式終わりであるこの時間はお世話になった教師たちに感謝の挨拶回りに精を出していると思ったのだが、どうやらわたしと同じくさっさと帰宅するらしい。

「うん。そう思ったんだけど、いきなり面倒だなって思って。せめて担任だけには別れの挨拶しようと思ったんだけど、周りに人が多すぎてさ……。もういいかなって。そんな思い入れもないし」

 神代沙也加。論理的に物事を解析し、真摯に問題を解決する姿勢が進路指導の先生に高く評価されていた。そのため担任教師からは寵愛されていたのだが、今の発言を担任に聞かせたら、別れの悲しさとはまた違う涙を流すのではないだろうか。

「沙也加! 彩音!」

 わたしたちを呼ぶ声の方を見ると、遠くから見慣れた顔が走ってきていた。

 純日本人だというのに金色の髪を携え、夜の蝶を彷彿とさせるほどに髪を巻いているその少女は、これまた同じクラスの愛利だった。

「まさか、あんたら帰ろうとしてんじゃないでしょうね」

 肉薄しての第一声。快活に愛利はそう言った。

 卒業式の全工程を終えて、なぜ帰ってはいけないのかわたしは甚だ疑問だったが、愛利は訳もなく人をひきとめるのが放課後の不文律となっている。特に不快に思うことではない。

「帰らなかったら何かあるわけ?」わたしは訊いた。

「帰るのは別にいいのよ」

「じゃあ引き留めないでよ」

「ただ、ただね」愛利はわたし達の顔をしっかりと見据え、「大事なのは帰ってからよ。青春を標榜する高校生活最後のこの日に何のイベントもなく、帰宅部さながらに家路について無駄に時間を費やすなんて非リア充がやることよ。そんなさみしい人間にはなりたくないし、あんたらにもそんな人間にはなって欲しくないのよ。だからわたしはあんたたちに最後の青春をプレゼントしてやるわ」

「最後の青春ね……」

 確かに高校生=青春という図式は、一般的な価値観を持つ人間なら抱く偏見だ。

 その高校生活が今日で最後というのなら、イベントごとが大好きで青春を謳歌することに熱意を燃やしている愛利がなんの行動も起こさないなんてことはありえない。しかしまさかそれにわたしたちをも巻き込んでくるとは予想外だったが、普段から昼休みのときにはお弁当を一緒に食べるほどに仲が良かったことを考えたならこの行動にも納得がいく。

「そうだよ。彩音も沙也加も行こうよ」

 まるで休日、お父さんに遊園地へ行くようにせがむ子供のような目で愛利はそう言った。

「どこに行くの?」沙也加は訊いた。

 しかし愛利はその問いにすぐさま答えることはなくなぜか逡巡する。

「うーん、」数秒、頭を悩ませた後、「そうだね、とりあえず無難にボウリングかカラオケにでも行こうかな。で、どうするの二人とも時間はある?」

 時間ならたっぷりある、どうせこのあと家に帰って何かするべきことがあるわけではないし、部屋で寝転がって一度読んだ漫画をもう一度読み直すことでしかわたしは時間の潰し方を知らない。そんな不毛なことをするよりは友達とどこかに遊びに行く方がいくらか人道的ではあるし、有意義かもしれない。学生にとって有効な時間の使い方は勉強か、友達と遊ぶかバイトをすることだろう。

 今日は卒業式ということもあって一応のことながらバイトのシフトは入れていない。こうやって愛利に遊びに誘われる未来が想起できたからだ。しかしだからと言って、はいそうですかと遊びに行くほどにわたしはエネルギッシュな人間ではない。

 わたしはふと沙也加の方に目をやる。彼女がどう動くかによって決めよう。

 それを愛利も分かっていたのか沙也加の方へと視線をやった。

 沙也加は顎に手を当て、数秒考えたのち、「わたしは行っても良いよ」と言った。

「ほんとに!? やった」愛利は頬を緩め、視線をわたしの方へと移動させた。「彩音は?」

 沙也加が行くというのに、わたしだけ断るのは気が引けたので、半ばノリで、「じゃあ、わたしも行くよ」と言った。

「よし、二人ともオッケーね。んじゃ、そう言っとくわ」と、愛利は携帯を取り出してどこかにメールをしだす。

 何だ、三人で遊ぶわけじゃないのか、とわたしは少し怪訝な想いを抱いたが、友達の多い愛利のことだから三人だけで遊ぶということなど可能性の低いことだった。

「じゃあ二人とも、一旦家に帰ってそれぞれの勝負服に着替えて、二時間後、ニガヤ駅の改札前集合ね!」

 それだけ告げると愛利は人ごみの中へと消えていった。

「勝負服って何なのよ。制服じゃダメなわけ」わたしはふと疑問に思う。

「制服じゃ行けるとこ制限されちゃうからね。わたし服の方が動きやすいんでしょ。少なくとも制服じゃ居酒屋になんて入れないし」

「別に居酒屋なんて行かなくてもファミレスでいいのに」

「せっかく卒業したんだもん、ちょっと背伸びしておとなな雰囲気のある所に行ってみたいと思うのが常なんじゃない?」

「嫌なもんだね」口をついて言葉が出る。「今まで高校生っていう枠組みがあって、できることが制限されてたからこそ楽しかった部分もあるのに……」

 そう、大人になってしばりつけるものが何もなくなってしまえば選択の自由が生まれ、それに伴い選ぶことの責任が生まれ、いろいろと背負うべき重荷というものが増えてしまう。もう子供ではないことを実感させられる。

 わたしはそういったものが嫌いだ。しばりつけられていた方がまだ生きやすかった。

 しかし沙也加はわたしみたいな偏見は持っていないらしく、

「そうかな。できることが増えるってすごく素敵なことだと思うよ。何をやっても自分の責任でできるってのはこの上ない自由だよ。わたしは高校を卒業したのを機にこれからは今までできなかったことをやりまくろうってそう思うよ」

 そう言った彼女の顔は晴れ晴れとしていた。心の底から大人への階段を上ることが嬉しいようだった。

 すごいな、わたしはこんなにも人間らしく生きることはちょっとできないな。

 大人って、思ったよりもずっと大変だと思うのは、わたしだけかな。

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