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デートはお断り

 結論から言うと向後はかなりの変人だった。バーベキューが終わり、沙也加と美穂の三人で上期の授業を決めていた時に向後からの連絡はきた。

「今日はありがとう。彩音ちゃんと話してみて、そんな考え方があったんだって驚いたよ! 彩音ちゃんからは学ぶことが多くありそう(笑) また大学であったらよろしくね!」

 文面は以上の通りだった。初めてのメッセージとしては無難なもので、特に問題はないのだが、それが一緒にいた沙也加と美穂に見られてしまったことで面倒くさいものとなった。

「向後善人ってさっき一緒にいた人だよね」おそらくこの中で一番恋バナが好きな美穂は嬉々としてそう言った。「イケメンからのお誘いかー、いいなー」

 イケメン? 向後善人がイケメン? いやたしかに顔は悪くはないと思うが……、あまり見た目の美醜を気にしたことがなかったからかあまりピンとは来なかった。でも普段から芸能人を見て目が肥えているだろう美穂がイケメンというのならそうなのだろう。

 すると沙也加がにやついた顔で茶々を入れてくる。

「そういや彩音、向後さんと仲良さそうに話してたもんねー」

「別に仲良くは話してないよ。ただ世間話してただけで……」

「でも夢がなんだとか言ってなかった?」

「あれは向後さんが訊いてもいないのに勝手に話し出したっていうか」

「夢を語る男の人か……なんか、かっこいいわね。ねぇ、美穂」

「そうだね。仕事柄、夢見がちな男の人と接することは多いけど、それがどれだけ展望に乏しい夢でも、語ってる時の男の人はかっこよく見えちゃうわね」

 なるほど、人間ができた人たちからするとそう見えるのが普通なのか。人が語る夢なんて現実逃避の一種なのに。いやこれもまた偏見か。

「で、なんて返すの?」授業を決めることなんて忘れたかのように美穂が訊いてくる。

「え?」

「だからそのメッセージに彩音っちはなんて返信するのよ」

 どうでもいいことだが美穂はわたしのことを彩音っちと呼び、沙也加のことを沙也加っちと呼ぶ。名前の後ろに「っち」を付けられただけなのに呼ばれるたびに親近感がわいてしまう。アイドルの人心掌握術恐るべし。

 ではなく、

「返信って……。別に伝えたいことなんてないし」

「じゃあ、既読無視?」

「聞こえは悪いけどそうなるんじゃない?」

「えー、かわいそう」美穂が憐れむ声を出す。

「でもメッセージなんていつか既読無視して終わらせなきゃいけないんだから」

「それはそうだけど、そのメッセージはこれで会話が終わるような文面には思えないわ。何かしらのレスポンスを求めてるわよ。この文面を読んで思ったことでもいいし、全く違う話題を振るでもいいし、今度二人でゆっくりお話ししましょうでもいいのよ」

「そんなこと書けるわけないでしょ。スタンプでも返すわよ」

「駄目だよ、彩音っち」美穂が制してきた。「スタンプなんて送ったらそこで会話が終わる確率大だよ」

「わたしとしては終わってくれた方がいいんだけど……。あー、じゃあ、こちらこそよろしくお願いします、って送ればいい?」

「まあ、それなら――」

 その時、向後から送られたメッセージの下に新たなメッセージが追加された。そこには、「映画のチケットがあるので良かったら今度、一緒に観に行きませんか?」の文字。

 やばい、まさかここまでどストレートに距離を縮めてくるとは。今まではこういう誘いをされる前に手を打ってきたというのに、こうも早い段階で行動に移されるとは。向後善人、意外に肉食系なのか。って、やばい。

「あら、積極的ですねー」スマホをのぞき込み、美穂がにやついた顔で言った。

「いや、これは……そういうのじゃ……」

「そういうのかどうかは向後さんが決めることでしょ」沙也加が諭してくる。

「さあ、早く、こちらこそよろしくお願いしますって返信しないと」

「今そんな返信したら違う意味合いになるわ!」

 やはり骨っこを与えられた野良犬のごとく食いついてきたか。だが、わたしの信念は二人のミーハー女子に変えられるほどやわじゃない。

 わたしは「よろしくお願いします」という文面を削除して、「すみません。この時期は大学が始まったばかりということもあり、授業が多くて…… それにバイトも始めたばかりで覚えることがたくさんありまして、ほぼ毎日入れてるんですよ だからずっと何か予定があるって感じなのでいつになるのかわからないので……すみません(泣)」という文面を速攻で送った。

「「あ!」」二人が声を上げたが知ったことではない。

「何してんのよ、彩音っち」

「せっかく向後さんが誘ってくれたのに」

「だって……そんなに仲良くないし」

「仲良くなりたいから誘ってるんでしょ!」

 仲良くなりたいから。たしかにそれはうれしいことだ。別に悪くはない男、何なら周りからの評判もよさそうな男からデートに誘われるのは悪い気はしない。

 しかし、わたしと向後では感性がまるで違う。もしもこれ以上近づいてしまったら幻滅されるのは必至。良いと思ってくれていた人から嫌われるのは、最初から嫌われるよりもショックが大きい。それだけは避けたかった。

 良いなと思ってくれている内が華。そう思い、わたしはデートに行きたい気持ちをぐっと心にとどめた。

「はぁ」沙也加が嘆息する。「全く、彩音は高校時代からそうだよ。クラスの男子に告白された時も、タイプじゃないからの一言で一蹴。バイトでお客からもらった手紙も、こういうのは受け取れない決まりなので、って事務的に返すし。彩音はもうちょっと冒険した方がいいよ。食べたこともないのに納豆嫌いとかいうタイプでしょ」

「食べなくても臭いで納豆はまずいってわかるでしょ」

「でも初めて納豆を食べた人はその臭いを乗り越えて納豆のおいしさに気づいたのよ。そして今では世の中の朝の食卓を席巻する存在にまでなっている。とにかく、何も知らないうちから突っぱねるのはよくないよ。機会損失よ」

「じゃあ沙也加は道ばたで出会った人に、『映画のチケットがあるので良かったら今度、一緒に観に行きませんか?』って誘われたら、行くの?」

「それは行かないよ。だってその人のことよく知らないし」

「そう。その人のことをよく知らないという理由はデートを断るのには十分な理由の一つよ。わたしは向後さんのことをよく知らない。ゆえに断る」

「でも、向後さんは同じ大学でこれからも会う人だから、よく知らない人とは少し違うんじゃないの?」

「わたしにとっては街中で初めて出会った人も、たまたま同じ大学で同じ学部で同じ新歓に参加して会話をした人も一緒なのよ。よく知らない人にかわりはない。沙也加が初めての人とデートしないのならわたしも向後さんの誘いに乗る理由はないわ」

「また意味の分かんない理屈こねて。大体、彩音は――」

「そういえば美穂さ」

「聞け!」

 珍しく沙也加が突っ込みを入れてきたが、どうせ高校時代のわたしの話が続くだけなので無視する。

 美穂はいつの間にやらスマホをいじりながらわたしたちの話を聞いていた。

「何?」

「今をときめくアイドルが普通の大学生たちとライン交換なんてしてよかったの?」

「大丈夫だよ。特に事務所に止められてるわけじゃないから。あそこでアイドルだからって理由で断るとイメージも悪くなるしね。わたしも交換しておきたかったし」

「てか、さっきから何やってんの?」

「んー、ライン」

「え、誰と?」

「王寺さんと」

「それって大丈夫なの?」その大丈夫には、しれっと返信なんかしてあっちが勘違いして美穂を好きになって挙句の果てにはストーカなんてものになっても大丈夫なの? という意味合いが込められていたが純粋無垢な美穂はそんなことは考えちゃいないだろう。

「大丈夫だよ。あと、王寺さんは先輩だからさ、出席日数なくても単位取れそうな授業教えてくれるのよ。わたし的には助かるよ」

「そうなんだ」

 美穂にメリットがあるのなら文句はない。ただ、あのチャラ男は絶対に下心があるはずだ。定期的に確認しておく必要があるな、これは。

「とりあえず、早く授業決めよっか」

「そうだね」

 わたしたちは無駄に大きな授業早見表をテーブルに広げて、必須課程のものから興味があるものを一通りチェックしていった。

 わたしには唯一、これだけは取りたかった授業がある。それはかねてから興味のあった「宇宙の科学」という授業だった。

 深遠で幻想的な宇宙について学べて、単位もとれる。こんな贅沢なことがあるだろうか。即決で履修登録した。

 できれば沙也加と美穂も一緒に受けてほしいと思ったが、その時間は二人とも別に履修したい授業があるようだったのであきらめた。

 そんなこんなで大学生活二日目が終了した。恋愛にはうつつを抜かさず、勉学に励む色気のない学生生活になりそうだとわたしは思った。

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