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言いたいこと

 他人の優しさに付け込んで、わたしはタイミングがあれば自分の言いたいことを思ったままに言ってしまう。

「でも、本当にそんなことで人間性が培えるんですかね」

「え?」野党のような反論が入ってくるとは思っていなかったのだろう、向後は間抜けな顔になる。

「ただ単に机に向かって先生のお経のような授業を聞いて、理解もしていないことをロボットのようにノートに書き写すよりも、たしかにお金稼いで、いろんな経験して、そうですね、恋愛とかしている方が有意義ではあるでしょう。大方の人間はそっちの方をしたいと思うかもしれません。でもしたいことだけしてもダメでしょう。人生には我慢することも必要なはずです。

 それを学べるのが今の学校です。

 自制して、考えて、感情的にではなく、論理的に考えて物事を見る力を養える。もしも、億万長者だったり、才能にあふれた人間なら、我慢や自制も必要なく、一生したいことだけをすればそれでいいでしょう。でも、この世界のほとんどの人はしたいことなんて十分にできないような人たちばかりです。やりたくもない課題をして、会いたくもない人に出会って、意味の分からない授業を受けさせられ、就きたくもない職に就いて、妥協を重ねて選んだ異性と結婚して、世間体を気にして産んだ子供を育てて、自分に似た凡才な子供を独り立ちさせて、何もやりたいことがなく寂しい老後を経て、死ぬ。それがこの国の人間のほとんどが歩む人生のはずです。そこから逃れるには神がかり的な運や血反吐を吐くような努力しかないでしょう。でもそんな運を持っている人もそんな努力ができる人もこの世界にはほとんどいない。

 だから、人生で必要なことは知識とかコミュ力とか人間性とかよりも自分をだます能力だとわたしは思います。学校でならそれを養える。自分の感性を矯正することができる。

 むやみな夢を見なくて済む。

 人生なんて面白いものじゃない。辛くて、理不尽で、不条理で、不公平なものなんです。でもそんな人生をも楽しいと思えることができる、自分をだませることができるそんな能力が必要なはずです。だから学校っていうのは……」

 その時、向後の顔は悲しげな表情だった。まるで十分な教育を受けられず、今日食べるご飯にもありつけない恵まれない子供を見るような。

 ああ、そうだよね。こんな風にひねくれた見方をしている女なんて、かわいそうって思うよね。でも、わたしはこれが真実だと思っているから。

「なんか、すみません。長々と話しちゃって」

長く話したことを謝った。向後の夢を否定するような発言をしたことは謝らなかった。

 いたたまれなくなり、わたしは肉を取るためにコンロの方へ走った。向後と話すことはもうないと思ったから。

 わたしはおかしい。そんなことはわかってる。本音を話すといつも人が離れていく。

 本音は隠さなきゃいけないのに。

 わたしの本音はいつも人を傷つける。

 向後と離れたあとは沙也加と美穂のもとで談笑した。時々、先輩方からどんな授業の単位が取りやすいか、今後【メーテー】がどんなイベントを催すか、大学生活でこんな面白いことがあったという話をされた。愛想笑いが大変だった。その間も向後と話すことはなかった。

 宴もたけなわとなり、グループのメインMCとなっていた王寺が、「みんなでライン交換しよう」と提案してきた。その提案に皆が共鳴する。わたし個人としては遠慮したかったが、数の利には逆らえない。

一気に十数人とライン交換した。書かれている名前が本名ではなくニックネームで書かれている人がほとんどだったので誰が誰やらわからず、アイコンの写真で確認するしかなかった。王寺のアイコンはというとサングラスをかけたチャラいものだった。しかも名前の表記が王寺ではなく王子だということにもイラつきを覚える。

 気まずさMAXの向後とも交換した。律儀にも向後善人とフルネームで表記されている。アイコンの写真はディズニーの絵柄だ。ディズニーが好きな奴に悪いやつはいない。わたしはそう思っている。しかしわたしと向後は水と油、犬と猿、与党と野党。正反対で相いれないもの。

 性格が悪く、物事をひん曲がった見方で見るわたしと、性格が良く、物事を純粋な心で見ることができる向後はおそらく住む世界が違う。同じことをしても同じ感情を抱かない、そんな二人。

 ドラマの趣味が多少合ったからって根本的なところでは食い違っているとわたしは思う。

 向後はわたしに対して好意を抱いていたみたいだが、さっきの発言からわかるようにわたしは向後の考えを否定するような存在だ。一緒にいてはならない。だからああやって突っぱねるような言い方をした。向後は正しい。素晴らしい人間だ。文科省はこういう人間を量産したいと思っていることだろう。だからこそ向後のその価値観を変えてはいけない。そう思ったからわたしは向後から距離を取りたいと思った。

 第一、あんなことをいう女とお近づきになりたいと考える男なんているわけがない。もしそんな奴がいるとしたらそいつはかなりの変人だろう。


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