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再開

 しかし翌日のオリエンテーションはそれほどに面白いことは起こらず、授業の取り方や出席方法、そしてレジュメやセメスターなど大学生になって初めて聞くだろう単語の説明を受けただけだった。必須の授業をある程度受ければ、あとは自由に授業を組むことができ、その中には他学部の授業をいれても問題ないということだったので、必然、沙也加と同じ経営学部の授業でも入れることになるだろう。何かを経営しようと思ってもいないのに、友達が一緒というだけで同じ授業を入れるこの思考もどうかしていると思うが、小説家になりたいわけでもないのに文学部に身を置いている時点で、どうかしているのはわたしかもしれない。いや、そう考えるとほとんどの大学生がどうかしているだろう。まあ、本気で勉強するために大学に通っている人間の方が少数派だろう。みんな、働きたくないから就職活動を後回しにしたいから、まだ社会に出たくないからっていう理由でお金を払い学生という身分を買っているだけなんだ。周りの顔を見ればわかる。不幸なんてものがこの世にないかのように、この先もずっと幸せでい続けられるかのような、そんな顔。将来の展望も薄く、未来のことなんて真剣に考えたこともないのだろう。どんなことが起こっても何とかなる。そんなガキみたいな思想が満ち満ちている。

 なんて、これもまたわたしの偏見なんだろうな。でも、そんな風に思っている人間はわたしひとりじゃないと思う。だからこの思考が正しくないなんて、誰も言えないはず。

「会場はここから徒歩三分の河川敷だって」

 チラシを見がら隣を歩く沙也加は言った。

「わたしたちは何も持っていかなくていいの?」

 おそらくは人生初めてのバーベキューにテンションが上がって、私服にも気合が入っている美穂は訊いた。

「ほかのサークルは参加費とか取るみたいだけど、【メーテー】はタダで参加できるみたいよ。だから人気なんでしょうね」

「それで儲けとか出るの?」関西人並みにお金にうるさいわたしはそう訊いてみた。

「大学側が出してくれるみたいよ。【メーテー】ともなると集客力もあってブランド化してる部分もあるから。中には【メーテー】に入りたいがためにこの大学に来る人もいるからね」

 サークルに入りたいがために大学選びをするなんて愚の骨頂かと思うかもしれないが、何の目標もなく、ただ知名度があるからという理由だけで大学選びをする人よりはいくらか自分というものを持っているような気がする。体裁を気にして、見栄を張るために、頑張って上の大学に入るくらいなら、身の丈に合って、やりたいことが明確化されている方が人道的かもしれない。

 天気は時折雲が太陽にかかるくらいの晴れ、そしてガードの堅い女子ならひざ下ほどのチノパンを履くくらいで、ヴィッチなら素足でホットパンツを履いていてもそこまで不自然ではないくらいの気温。この時期にしては少し暖かい今日の天候はバーベキューにはもってこいだった。その影響か、それとも【メーテー】のブランド力なのか、河川敷には二百人近い新入生たちが集まっていた。これだけの人数で一人千円くらい取ったらかなりの儲けが出るというのに。わたしは頭の中で概算し、その儲けで一体何を買うかという妄想まで広げる。

「この人数はすごいね。というか美穂、本当に大丈夫?」

 何の変装もせず、大きな双眸をあらわにし、男ならすぐにでもキスしたくなるだろう唇をさらけ出している美穂を沙也加は心配する。

「んー、多少うるさくなるかもだけど、すぐに収まるんじゃないかな。みんなももういい大人なんだし」

 大学生になった人間をいい大人と評するのは早計に過ぎるというもの。もうすぐ社会人だからという理由だけで節操を持ち合わせていると思ったら大間違い。社会に出ても節度を持って人生を歩んでいる人など果たしてどれくらいいるだろうか。しかしこれもまたわたしの偏見に過ぎないため、わざわざ口に出すのはためらった。

「とりあえず、受付がどこか探そうよ」おなかがすいて早く飯にありつきたかったわたしは二人を率いて、人混みの中へ特攻する。案の定、人の集まっているところに受付があった。しかし受付といっても、自分の名前と学部、簡単な連絡先を記すだけのものだった。おそらくここに書かれた連絡先をほかのサークルや部活に売って、お金を儲けたりもしているのだろう。新歓終わりにラインの「知り合いかも」の人数が倍以上に増えるという話は昔っからある。無意味なつながりが欲しくなかったわたしは嘘の連絡先を適当に書いた。正直者で人間ができている二人はおそらく本当の連絡先を書いただろう。正直者は人から好かれたり、人脈を広げることもできるかもしれないが、得をするとはいいがたいかもしれない。

「え、みぽりんじゃない?」「え、うそ、本物?」「めっちゃかわいい!」そんなミーハーどもの声が聞こえてきたかと思うと、一瞬で美穂は囲まれた。一通り握手をし、笑顔をふりまくと無理矢理に人混みをかき分けてこちらに戻ってきた。何人かついて来ようとしたが、友達がいることが分かり、遠慮からか離れていった。なるほど、【メーテー】の新歓に来るような人はほかの大学生と比べればいくらか節操があるのかもしれない。

「意外に騒ぎにならないもんだね」何とはなしに訊いてみた。

「昭和とかだったらアイドルは絶対的なものだったかもしれないけど、今のアイドルはすそ野が広がりすぎて、そんなにすごい人ばっかりじゃなくなったからね。会いに行けるアイドルなんてのもいるわけだし。それにわたしのファンは同世代というよりは年配の人がほとんどだから。あんまり大学生は騒がないと思うよ」

「そういうもんか」

 一部不適切な発言があったかもしれないが、アイドル本人が言っているんだ。一般のわたしたちが否定することはできない。しかし、なるほど。トップアイドルとはいっても、普通の女の子と変わりないことを今の若者は心得ているから、むやみやたらにちやほやすることはないのか。まあ、人によるのだろうが。

 河川敷にはいくつかのバーベキューコンロやたき火台が各所に置かれていた。そしてそれらの近くに大きなブルーシートが敷かれている。沙也加がその一つに上がるのでわたしたちもそれにつられて靴を脱いで上がる。見るとすでにいくつかのグループがあり、わたしは何学部だとか、どこ出身だとかいう自己紹介が始まっていた。

 さて、どのグループに入ればデメリットの少ない、かつそこまで深く干渉しないでいい知り合いができるだろうかとそれとなく吟味していると、

「あ、彩音ちゃん」

 と声が聞こえてきた。

 音源に振り向くと、そこには――――

「あ……」

 長身でスタイルがいいのに小動物を彷彿とさせるかわいげのあるさわやかな笑顔。ただの一瞬、視界に入れただけで心の奥底を握りしめられるような感覚。

 向後善人がそこにいた。

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