新たな友達、美穂
「やっぱりみぽりんともなると休みとか少ないんだ」
「そうなんですよ。マネージャーが全然休ませてくれなくて。まじでブラックですから。労働基準法ガン無視ですよ」
「芸能事務所といっても民間企業だもんね。売り出してるタレントには馬車馬のように働いてもらいたいのが普通だよね」
「まあ、事務所のおかげで仕事があるわけだから文句も言えないんですけどね。あ、この期間限定のおいしいですね。なんていうんでしたっけ」
「パエリアよ。確かにここのはおいしいわ」
「ああ、確かスペインの料理ですよね。この前、撮影で行った時に食べたんですけど、そこのは本場だからか、日本人の舌に合わせて作ってないからか、なんとなく生臭い感じしましたもん」
「やっぱ外国の料理でも日本で食べるのが一番ね。偏見かもだけど」
沙也加とみぽりんの二人は初対面だということを感じさせないほどのガールズトークを繰り広げていた。最初にみぽりんに声をかけられたわたしはというとずっと地蔵になっていて二人の会話の行く末を眺めることしかできなかった。やはり二人ならまだしも三人ともなるとわたしのコミュ力の低さが垣間見えてしまい、ただの傍観者になり果ててしまうのは情けないものがある。しかし二人はそんなことを気にするでもなく、わたしにも会話を振ってくれるし、かわいい笑顔で愛想も振りまいてくれる。ふたりは根っからのコミュ力の高さをもつ天才だな、と思いながらわたしは期間限定でもないオムライスを口に運んでいた。
もしもこの席が食堂のど真ん中で人目に付く場所だったら即座にみぽりん見たさのグルーピーどもが大挙したのだろうが、この席は幸運にも店の端っこで木の陰で隠れた人目につかない場所だった。時折、みぽりんの朗々とした美声にこちらを振り向く人がちらほらいるくらいで今のところ騒ぎにはならなそうだ。
「彩音さんは大人っぽいですね」
成長期の野球部並みの速さでパエリアを平らげたみぽりんはそう言った。
「わたしが……大人っぽい?」
「そうですよ。見た目も出で立ちも何というか、醸し出すオーラも他の人とは違う印象受けましたもん」
そういう風に言ってくれる人は今までに何人かいた。落ち着いてるだの、しっかりしてるだの、真面目だの。しかしそんなものは裏を返せば暗くて陰気で遊び心がないと言い換えられる。人の良し悪しなどちょっとしたとらえ方で大いに変わってしまう。
「わたしはわたし自身、大人っぽいだなんて思ってないよ。どっちかというと子供っぽい部分の方が多いし。ただそれを表立って出さないだけ。要は自分を出すのがへたくそなのよ。アイドルのみぽりんからしたら分からないだろうけど」
半ば突き放すような言い方だったかもしれないが、みぽりんは臆することなく、
「アイドルだってそういう時ありますよ。そういうことの方が多いかもしれません。アイドルは直訳すると偶像って意味ですから、要は幻想なんですよ。存在しないものになりきって、嘘という幻想を振りまいて、この世界にいるはずのないものを体現する。要は嘘をつく仕事です。自分の考えなんて言っちゃダメなんです。自分のしたいことなんてしちゃダメなんです。ファンのためじゃなく会社のために働いて、身の丈に合ってないほどのお金をもらって、笑いたくもないのに笑って、……ある一定のレベルまでいったアイドルには人権なんてないんですよ。そしてアイドルっていう職業も嘘をつくだけならまだしも人から愛されようとしている分、詐欺師よりもたちの悪い仕事ですよ」
そうやって語ったみぽりんはなぜか嬉しそうだった。今まで思っていたことを誰かに吐露できたからか、それともそういったアイドルという普通ではない職業についている自分をかっこいいと思っているからか。わたしは前者だと思った。この少女は自分のポジションや地位や名誉を語って、悦に浸るほどに程度の低い人間ではないと思った。自分のいる場所を客観視でき、その自分の置かれている立場がどういうものであれ、心の底から楽しめるほどにできた人間だと思えた。
「彩音さんは、授業とか決めました? 決めてないなら一緒に決めましょうよ」
「彩音さんじゃなくていいよ」自分から歩み寄ろうと思えたのは沙也加以来かもしれない。「親しみを込めて彩音って呼び捨てでいいし、敬語もなくていいよ」
「いいんですか? じゃなかった、いいの?」
「友達になるんでしょ。敬語なんてのは、必要以上に人に歩み寄ったら面倒ごとが増えると考える日本人特有の悪しき風習なんだからさ」
「じゃあ、彩音も沙也加もみぽりんじゃなく、美穂って呼んでよ。みぽりんって呼ばれるとアイドルやらなきゃいけないって思っちゃうからさ」
「ああ、わかったわかった。美穂ね」
「いやー、彩音とか沙也加はアイドルに対して偏見とかなくて良かったよ。わたしがアイドルって知った時点でみんなバカにしてきて、踊ってだの、歌ってだの要求してくるからさ面倒だったのよ。でも二人ならそういうのがなさそうで安心したよ」
子供のように純粋な笑顔で美穂は頼んでいたコーラのストローを加える。ズズズという下品な音を出してコーラを飲み干すところを見てもわたしたちの前でアイドルを演じているということはなさそうだった。
「で、彩音は授業決めたの?」
「まだだよ。今日はバイトがあるから、明日、決めようかなって思ってる」
「じゃあその時に決めよう。沙也加も一緒に決めようよ。他学部だけど授業何個か被れるものあるよね」
「んー、それはいいんだけど……」沙也加はわたしの方へと視線をやる。「明日は新歓のバーベキューがあるって言ったじゃん」
「ああ、そうだっけ」明日のオリエンテーションは午前中に終わってその後、昼頃に【メーテー】の新歓バーベキューがあることはチラシで知っていたし、それに行くとはさっき了承したものの、わたしの中でのプライオリティはすでに美穂との授業選択の方が上になっている。よし、新歓は断ろうと思ったのだが、そのワードに美穂が引っ掛かった。
「シンカンって何ですか?」
「新入生歓迎会の略よ。主にサークルや部活が新入生を呼び込むために実施するイベントのことを言って、大学ならどこででも行われるものよ。その種類は様々で、居酒屋での単なる飲み会、屋外のバーベキュー、多目的ホールを貸し切ってゲームやスポーツなんかをするところもあって運営する団体の特色が出たりするものよ。まあ、わたしたち新入生からすれば授業が始まる前に友達を見つける場でもあるから行って損はないところかな」
おそらくは国語辞典よりも分かりやすい沙也加の説明を聞いた美穂はなぜか目を輝かせる。
「それ、わたしも行きたいです!」
意外な発言に飲んでいた水を吹き出しそうになる。
「え、美穂も行くの? うーん」
これがその辺の女子大生なら一緒に行こうと誘っただろうが、相手はテレビに引っ張りだこのアイドルみぽりんだ。乱痴気騒ぎを生業とし、常時発情期の猫のように気が荒らぶっている男子大学生も来ることは必須。そんなところにみぽりんを連れて行くなど猫の群れに蹴鞠を放り込むようなもの。弄ばれてお終いだ。
だがそういった沙也加の思惟など気にせず美穂は、
「バーベキューってやったことないの。屋外で肉を焼くという意味の分からないあの行為。一度やってみたかったのよねー。それに未成年だからお酒も飲まされることないでしょ」
「うーん」
お酒問題に関しては身をもって体験しているので、飲まされることはないと断言することはできない。大学生の辞書に未成年者飲酒禁止法という文字はないのだ。
沙也加はあらゆる要素を加味して思案する。
「うーん……、【メーテー】だから大丈夫かな。よし、一緒に行こっか」
「やった。彩音も行くでしょ?」
【メーテー】の評判や、みぽりんのアイドルとしての立場、そして意外なバーベキューへの憧れを加味して沙也加が導き出した答えなんだ。それに否定の意を示す理由はない。
「うん、行くよ」
そう言うと、美穂の顔はさらにほころび、
「いやったー!」
と、一二〇デシベルほどの大声で叫んだ。
その声に周りの人が反応し、「あれ、みぽりんじゃない?」「ほんとだ、やっぱかわいい」「うわ、写真撮らなきゃ」という声がちらほら聞こえ、わたしたち三人はそそくさと退散したのは言うまでもない。




