あいつらが同じ大学に
すべてのプログラムが終わると、ドーム並みに広い会場からは七千人近い学生たちが蜘蛛の子を散らしたように出てくる。この中からアナログで探すのは困難だと思い、わたしは携帯の通信アプリを開き、「神代沙也加」のトーク履歴を出す。律儀にフルネームで登録しているところがまた沙也加らしい。
『とりあえず食堂の方に行っとく』と送信する。
ここから食堂までは百メートルほどある。さすがに全国に名を馳せる大学というだけあ
って、一学年の人数も多ければ、それを収容する敷地も広い。ここまでくるともはや一つの町のようにさえ思える。
入学生が通る道の両側ではチラシ配りでクラブの勧誘をするもの、大声を張り上げてサークルの勧誘をするものが所狭しと並んでいる。なぜこうまでして仲間を増やしたいのだろうか。人は一人では生きていけないとはよく言うが、周りに人が多すぎるのもまた生きづらいものがあるのに。
断ることも面倒だったので、目の前に出されるチラシは一通り受け取った。手書きで書かれたゆるキャラが痛々しいと思っていたとき後ろから、「あれ?」と男の声が聞こえた。わたしへの声とは思わなかったので気にせずに歩いていたが、「やっぱり、彩音ちゃんだ」という声には振り向いた。
そこには、あの忌まわしき夜を想起させるメガネピアスが立っていた。何をコンセプトにしているのか法被を着て、メガホンを首からかけていた。
「彩音ちゃん、この大学入ったんだ」メガネピアスは臆することなく近づいてくる。今すぐに逃げ出したかったが、それだとこの前と一緒だと思い、何とか踏ん張る。
「ああ、お久しぶりです」ひきつった笑顔だと自覚している。
「いやー、この前はびっくりしたよ。いきなりヒロの顔叩くんだもん」
「その節はお騒がせしました」屈辱的だが頭を下げる。
「いやいや、いいよ。ヒロが酔ってたのも悪いし、叩いて正解だよ」文脈から考えて、ヒロという男があのヒョロ男だということが分かる。
「ヒロも気にしてないしさ、また飲みに行こうよ」
そう言ってメガネピアスはチラシを差し出してきた。そこには【飲み会サークル ノンべー 新入生歓迎会 四月二日 十八時~】と書かれていた。そのわきに描かれている酔っ払いサラリーマンを模したオリジナルキャラはひどくセンスが悪かった。
「行けたら、行きます」と絶対に行く人なら言わないお決まりワードをつぶやいて、わたしはその場を後にした。
なんで、あいつがこの大学にいるのよ。ああいうチャラついた奴は名前も知らない三流大学に行くのが普通じゃないの? それとも、これもわたしの偏見? どっちにしても飲み会になんて言ってやるもんか。あの日の経験がなければ興味本位で行っていたかもしれないが今のわたしは経験則から学ばせてもらっている。酒を飲む場なんてろくなもんじゃない。
でも――
あのひょろ男がいたということは、もしかしたらあの人も――。
ふと思い出す。
が。
だからなんだというのだ。
わたしは頭を振ってあの日の記憶を彼方へと消し去る。
会えたからって何かが変わるわけでもない。無意味な交友関係ならないほうがいい。
今までもそうやって生きてきたんだから。




