だれかの反省会
彩音さんが逃げ出した後、居酒屋の空気は最悪でした。この時代の言い方を借りるなら最&悪とでもいうのでしょうか。
誰が悪いだの、タイミングが遅いだの、チームワークがなっていないだの。皆が口々に思いのたけをブレストしていました。
しかし、ものの数分で収束。感情豊かなこの方たちも、こと仕事の場では感情の抑制をしなければいけないと考えるのでしょう。
さすが、わが社に身を置く人たちです。
さてさてこれからどうするか。逃げ出した彩音さんを追いかけるのは誰が得策でしょうか。彼でしょうか、沙也加さんでしょうか。
そもそも彩音さんはどこに行ったのでしょうか。
沙也加さんの考えだと、地元の児童公園が近いのでそこにいるかもしれないということでした。昔から嫌なことがあるとそこに逃げ込むんだそうです。
その場合、彼を行かせるのはいささか不自然というもの。また、彩音さんの感情がどうなっているかも判然としない今の状況ではまともな会話ができるかもわかりません。
先ほど台本通りにトイレで突き放すような言い方をしてしまったとはいえ、ここは気の知れた沙也加さんになだめていただくのが最高善なのでしょう。
結果として、沙也加さんに彩音さんを追いかけてもらうよう頼みました。先方の身内にフォローをお願いするのはなんだか気が引けます。
しかし残念です。
事前に聞いていた情報を参考にして、好きなドラマや曲を勉強させてシンクロニシティ効果を狙いましたが、あれは有効だったのでしょうか。
現代女子が喜びそうな単語をピックアップして、それをもとに数時間に及ぶ会話のロープレをしましたが、それはうまく生かすことができたのでしょうか。
スティンザー効果によると席の位置は正面よりも斜め前に座るほうが親密度が上がるということですが、どうせやるなら隣に座らせたほうが効果はてきめんだったかもしれません。しかしそれもまた過ぎた後ではどうしようもありません。
あわよくば今日のうちに決められるのでは、と思っていたのですがそううまくはいかないものですね。
ビジネスにはトラブルがつきもの。試される力はそのあとにどう対応するかです。
さて、これを今月の案件にするか、はたまた他で補填するか。
わたしは上司の顔色をうかがいます。
うん、大丈夫そうですね。あの人はいつでも凛としたたたずまいで最適な解を導き出します。
いまが攻め時ではないのならわたしはそれに従うだけ。
短期なのか中長期なのか、それを見極めるのもまた営業の腕の見せ所です。