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6(一),ここが、[都心部]。

読了目安:4900文字

トーチ「そういやお前魔術の開発は上手くいってんのか?」


シンザン「......[アネモネ]さんの特訓のせいでそれどころじゃないです」


受付さんと[ブラウン]さんの狼狩り任務に付いて行った日から、また(いく)らかのにち日が経った。

僕は[アネモネ]さんに抱きかかえられながら周囲を見回すと、教会内の広間に、先輩魔女ら数人が机を囲んで休憩を取っていた姿が(かろ)うじて見えた。


状況を説明すると、今は全身ボコボコになっていた僕が丁度[アネモネ]さんに抱きかかえられて、皆の集うお堂内の長椅子へ無事届けられたところである。勿論(もちろん)狼に襲われたとかでも何でも無く、また教会のすぐ外で[アネモネ]さんに特訓(シゴ)かれていただけで在るが。


長椅子に座ってからも、未だ僕を抱えたままの彼女の腕が窮屈である。

こうも毎度特訓の(たび)に雛鳥みたく軽く抱き上げられるばかりなので、自分の小ぶりな体格になんだか悲しくなってくる。


ブラウン「良いじゃねぇか、コッチはご褒美無しでひたすら書物整理だ」


シン「...胸にうずめられる代わりに毎日脚の骨折られるのとドッチが良いと思います?!」


アネモネ「脚なら治したじゃないの」


シン「って言って毎回加減してくれないんですよ?!??」


と、[アネモネ]さんの胸にうずめられながら力説している。


ブラ「その(ザマ)で言われても説得力ねーよ」


シン「じゃあ逃げる時に骨折られそうになったら代わりに救けてください」


ブラ「ヤダ」


薄情なものである。


アネ「そろそろ続きやるわよ」

シン「エ? オンぎゃあぁぁあ?!??」


そう言ってまた教会の入口まで吹き飛ばされる今日この頃であった。


トーチ「コレはひどい。」




ライス「あら調子はどう?」


外で気絶していたら[ライス]さんが手当てをしに来てくれた。


シン「今日は(あご)を二回ハズされましたよ、そろそろ顔の形が変わりそうです」


相変わらず今日も顔面は包帯グルグル巻きである。前が見えない。


ライス「...フフ、でもそろそろ筋力(からだ)の方も仕上がってきたんじゃない?」


シン「身体が仕上がりきるより先に[アネモネ]さんに殺されそうですよ」


シン「...ウワ、さっき吐いた血ぃ踏んじゃったよ......」


顔の形がしかめっ面のまま再形成されて治りそうに無い。


ライス「あそう言えば。アナタに頼みたい事があるんだけど」


ライス「アナタ、[都心部]には行ったことある?」



------

[都心部(としんぶ)]は、この地で最も多くの人間が住む村である。

いや、村と言うよりは、これはもはや巨大な地帯と言った方が良いかも知れない。


地帯の外周全てを一周するほどに測れぬ程の長さの水堀、狼除けの為だ。そして、水堀周囲の橋渡しをしている関所を越えると先には、

石で舗装されて泥にまみれない道、凝った装飾の建ち並ぶレンガ製の家の数々、商売の為だけに建てられた様な造りの店やたち替わりに客が訪れる露店、そして、先々に点在していると判るほどに多くの街灯が街道沿いを淡く照らしている。


こういった村以上に人間が多く住む規模の広大な地帯を、”都市”と言うそうだ。

初めて[都心部]と()う都市を訪れて、()れからと云うものの僕は圧倒されっぱなしである。


僕はいま教会内で消費した物々の補充を済ませる為、受付さんに連れられ、自教会(ぼくらのきょうかい)と懇意にしている他教会(よそのきょうかい)へお使いに来ていた。

必要な物は消費した供物や修繕用の消耗品、狩りの道具など様々だ。その補充が済んだら、自教会の近辺では得づらい食料などを街の売屋(うりや)や他教会でも補充する予定だ。


受付「これとコレと()れを(しばら)()つ分だけと、あとは銀の弾は残ってたりはするか?」


他教会の魔女「いや...、弾は自教会(コッチ)でも残りは少ないな」


受付「...うぅむ、そうか。[呪い除けの薬]の方は?」


魔女「そっちはまだ多少は残ってる」


受付「じゃあそれも積んどいてくれ」


魔女「ああ。だが薬だって出来の良いやつは減る一方だ、大切に使ってくれ」


受付「判ってる」


ここの教会の内装を見ると、石壁と木の柱は少し年季が感じられるが手入れはしっかりされている。[郊外の教会]という名の教会で、[都心部]内の(はず)れには在るが歴はそれなりに長いらしい。


ここの入口の先に並ぶ供物の品々は訪れた者にも見てとれるほど整理されていて、何もかもが雑多に積み上げられたウチの教会とは大違いである。魔女達の服装も心なしか小綺麗だ。これが”都会っぽさ”ってヤツか。奥にはやたら派手な髪の色に染めた魔女の女の子も居る。

…あ、コッチに手を振ってくれた。


シン「都会の魔女はかわいいなぁ...」


受付「なに鼻の下伸ばしてんだ、ホラ、シャンとする」


シン「ンあぃ」


受付「さ、残りの用事も済ませるぞ」


シン「アレ、もう行っちゃうんですか?」


受付「おまえ遊びに来てんじゃないんだから...。さ、行くぞ」


シン「へぇい」


受付「おれは別のところ行ってくるから、おまえは[中央街]の方な」


シン「え別々のとこ行くんですか?」


受付「食糧は要所で仕入れんとまだまだ足りん。駄載馬(うま)はおれが連れてくから、おまえの方は食糧仕入れたら、今朝通った[都心部]入り口の関所まで届けてもらうよう依頼しとけ。帰りはそこで合流しよう」



それから幾つかの買い物を済ませる為それなりの距離を練り歩いたが、それさえ全く苦にはならなかった。

郊外の麦畑と牧地以外、どこを歩いてもその両脇には凝った建物ばかり。見事に平たく並べられた石床の通りの上を、踏む石を選びながら歩けば道のりも全く退屈にならなかった。


シン「えぇと、残りの買い物は、ニンニクと灯辛子ふた袋、石鹸とブラシとあとは...」


そんななか残りの買い物を済ませつつ道の先をゆくと、ひとつの教会があった。勿論、知らぬ教会だ。


教会はこの地に幾つも点在している。それも此れほど人間が多く住む地帯なら尚更であるが、だが狼被害の多い現場から遠く離れれば、その実情は様々である。


中央街の魔女「ええ? 狼狩りですか...? いやぁウチではそういうのはやってないんで......」


市民「な、貴方たち魔女でしょ?! うちらの地域近くまで狼が出てるんですよ!? なんとかしてちょうだいよ!!」


教会の前を通ると、何やら教会の建物の前で魔女らしき男性と1人の老婆が言い争っている。教会の様相は、中央の()んがった高い屋根、建物外周を囲うかの様な水盤式の噴水と、いかにも教会らしい外装の教会である。


名を[中央街の教会]と言った。


なお、僕の参加している例の教会の名は、[辺境の地の教会]と言う。


魔女「そんな、まぁここ[都心部]内にまで入ってくるなんて事は...」


市民「実際近くに出てるんですよ!?」


魔女「と言われましても実際出てくるまでは」


市民「出てからじゃ遅いでしょうが!!」


教会は発足当時、狼及びその親の鬼へ対抗するため発足された組織ではあった。だが、次第にその報酬や利権のみを求め、やがて地位が高まると狼狩りなどという危険な仕事は引き受けなくなる一派も多くなっていった。のちに聞いた話では、他の危険の少ない依頼にも多額の報酬を求めて、悪質なモノでは地域護衛と称したみかじめ料で生計を立てる一派まで現れる始末だったらしい。


そのような経緯から内容の是非を問わず敬遠される事も度々(たびたび)生じていた教会であったが、その様な意味では[アネモネ]さん率いる[辺境の地の教会]は、教会という組織の発足当時から"狼を狩る"という教義を変わらず保ち続ける、非常に古典的な教会一派であった。


魔女「それに、ここ[都心部]付近では狼が出る事もほぼ無いですから、狼と対峙した経験がある者も少ないもので。狼は非常に危険な存在ですから...」


市民「危険って、アナタたち魔女でしょ!? 命張るのがアンタらの仕事でしょうが!!」魔女「申し訳ございませんウチではそういうのは」


駄目だ、市民と[中央街]魔女の間で()()()ごっこが発生している。これじゃ、魔女のいる意味がない。


シン「......、あの、その狼たちはどこら辺で出たんですか?」


魔女「あら、お客様どうされましたか? お求めの品があるのでしたら、どれも入荷の問題などは御座いませんが」


シン「あなた方が狩らないのなら、僕たちが狩ります」


魔女「なんだ、同業者かよ」


僕が魔女だと分かると、この男は途端に態度を変えてきた。


市民「ちょっとアンタも魔女なの!? ホント何なんだいおタクらの対応は! 教会と言ったらいつもいつも...」


魔女「ああ、暫くずっとこんな感じなんだよ此処んところ。来るやつが言う事はみんなコレばかりだ」


そんなこと聞いてない。だがこの人らに狩る気が無いのなら、僕たちが代わりに狩るしか無い。


シン「...ちなみに、その狼の話はどう云う経緯なんですか?」




受付「おう、お疲れ。ちゃんと品物ぜんぶ届けてもらえるよう依頼したか?」


シン「...えっと、すみません、依頼引き受けて来ちゃいました」


受付「......ハイ?」


[都心部]入り口にて受付さんに再会したとき、僕の話を聞いた受付さんはまるで水鉄砲を喰らった獣のような表情をしていた。


これが、僕が正式に引き受けた初の依頼の経緯である。



------

受付「...と云う事らしい」


トーチ「...お前なぁ」


教会に戻って、そこに居た皆に今回の経緯を説明している。

......まあ、説明と云うより説得と言った方が正しいだろうか。


受付「で、それを引き受けて来ちまったのか...」


シン「はい...」


事の経緯はちゃんと説明したつもりだ。[都心部]に狼が居るかも知れない事、狼の噂に怯えてる人らが居る事、そして、その彼らの言葉は[都心部]の教会の耳には届いていなかった事も。


シン「でも、受付さんも引き受けちゃダメだと言うんですか?」


受付「そうじゃない」


それでも受付さんの態度は慎重であった。


受付「第一、その分じゃ本当に狼が出たのかも判らんじゃないか」


シン「でも、自分らが引き受けないときっとあのまま放置ですよ。それに[都心部]の他教会へ解決を頼み込みに行くのもなんか違いませんか? だって、もう僕は魔女なんだし」


受付「...うーん」


ブラ「[ガイド]お前言い負かされてんじゃねーかよ」


受付「いま反論考えてんだよ...」


受付さんはウンウン唸っている。


受付「だが、そんな親切を続けるといつか身を滅ぼすぞ」


シン「やっぱり受付さんも彼らと同じ事を言うんですね」


受付「だから、違うと言っとろうが!」


このときの自分は何か間違った事をしたとは(つゆ)も思ってはいなかったが、自教会の他の多くの者は、僕の引き受けた依頼の経緯には否定的であった。実際このあと、この依頼が教会に参加して早々の大仕事になったのであるが。


受付「まったくどうしたものか...」



「引き受けたらいいじゃないですか」


魔女は皆、狩りには慎重である。だがそれは──


シン「[アネモネ]さん!」


──[アネモネ]さんを除いての話である。


トーチ「アネさん、それ本気すか」


アネ「狼を狩る者を引き留める理由など無いわ。」


受付「しかし都心部(あそこら)はウチらの管轄じゃ()いですよ、しかもここからはかなり遠い。その土地に何か手を出したら、奴ら何と言い掛かりを付けてくるか判りませんぜ」


アネ「日陰でなら何とでも言わせておけば良いわ。奴らには、この教会に難癖を付けられる程の器量は無いもの」


アネ「魔女とは狼を狩る者の事を言うのよ。"魔女で無い"者には誰にも口出しなどさせないわ」


流石だ、格好良いや。魔女としての貫禄を感じる。


...ん? でもその言い草だと市民も口出し出来なくないか?


受付「そうまで言われちゃ、私もやってやるしかありませんな」


ここで受付さんに話を振られた。


受付「で、依頼の報酬の話は何かしら付けてきたのか?」


シン「あ」


受付「まったく、だと思ったよ...」


肩をポンと揺すられた。


受付「まあ、報酬の件はおれが(はなし)付けに行ってやるから、お前は依頼遂行の事だけ考えときな」


そして彼が振り向く。


受付「いいか? だがな、こう言うのには優先順位って云うものがあるんだ。この地にはたった今も狼被害を受けてる村が多くある。それも、とても数え切れない程に」


受付「本来は、そう言う者らを先に救けてやるんだ。優先順位があるとはそういう事だ」


受付さんたちがこの依頼に否定的だったのは然う云う理由である。僕の至らない所で在った。


受付「...さ、クヨクヨし終えたら準備に行ってこい、民がお前の活躍を待ってるぞ!」


シン「! はい!」


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