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とある日の記憶1,アネモネ流の飴と鞭

読了目安:4200文字

---某日(ぼうじつ)の教会にて


シンザン「うわ。」


新米魔女の[シンザン]が教会に参加してから少しばかりの日が経って、彼が教会の広間を区切って用意された作業部屋で作業をしていると何処からともなく[アネモネ]が現れるのが通例であった。そんな中この日も、作業部屋に用意された机で資料を漁りながら魔術の学習をする[シンザン]の姿を、[アネモネ]が覗き込んでいる。


ただ、作業部屋とは言ったものの結局は積み上がった荷物が仕切りの代わりになっているだけで、ここも(ただ)の広間の一角であり実際は部屋と呼べる様な代物でも何でもない。

その例の広間の一角では、椅子の後ろから[アネモネ]に覗き込まれた[シンザン]が大げさに身構えをしている。


アネモネ「何。」


シン「きゅ、急に覗き込まないで下さいよ...」


(はた)からしてみればやはり大げさに身構えている。


[シンザン]が参加したばかりのこの(ごろ)の教会生活といえば、廊下を歩けば[アネモネ]に絡まれ、魔術研究は[アネモネ]の見張りでダメ出ししか貰えず、広間で飯を食っていたら唐突に特訓の続きが始まるといった事などばかりで到底気の休まる生活では無かった。


眼鏡をかけた青年の魔女[レンズ]の話によればこのような事は、この[辺境の地の教会]に新人が参加するたびの日常茶飯事の範疇(はんちゅう)で、その度に半ば教会から追い出し目的かの如く唐突怒涛の特訓(シゴき)が始まるのだと彼は語る。

その話を聞いた[シンザン]は口を開けたまま唖然としていたが、結局今現在でも意地だけで何とか教会の座に居座り続ける事が叶っている。


アネ「...」


シン「......」


シン「あの...」


アネ「なに?」


シン「...その、見られてると集中できないです......」


[シンザン]は書物をめくる手を止めて、真横から様子を覗き込んでいた[アネモネ]の方を向いている。いや、止まっていると表現する方が適切か。若干顔が赤くなっている。


アネ「集中力が足りてないだけ」


シン「......ウィ」


気を切り替えたいのか、席を立つ[シンザン]。


アネ「あら。何処へ行くの」


シン「ちょっと書物を取りに行こうかと」


シン「......えと、如何して着いてくるんです?」


アネ「さぁね。何の書物探してるの」


シン「あ、えっと、ダウジングに関する魔術の本をと。」


[アネモネ]の一緒に机の(そば)を離れるその素振(そぶ)りを見て、[シンザン]は書物のもとへ案内してくれるのかと彼女の後ろをついて行った。


教会の幅広くも入り組んだ廊下を、[シンザン]を先導するかの如き[アネモネ]。一方で話題に困ったのか、それとも彼女の歩くその後ろ姿を見てからか、彼女の後方をついて行く[シンザン]が何やら話題を切り出した。


シン「[アネモネ]さんっていつも姿勢が良いですよね...。歩くときとか」


アネ「()びたって何も出ないわよ」


シン「えっ? あイヤそんなんじゃなくて、むしろちょっと不自然なほどにっていうか......、アッいや違和感あるって意味でもなくてですね...」


結局、言葉選びがヘタな[シンザン]が言葉を詰まらせて口籠(くちごも)っている。そんな姿を気にせずに[アネモネ]は言葉を続けた。


アネ「魔女は全員こんなモノよ。警戒を解かない者は姿勢も高くなる、場数を踏めば気も引き締まるわ」


アネ「魔女稼業は気が抜けないもの」


それを聞いて[シンザン]は答える。


シン「そうですね、気を抜くと受けた依頼もちゃんとこなせないでしょうから。モチロン、僕にも依頼が来たらチャンと気を抜かずにこなしますよ!」


[シンザン]はそう快活に応えるが[アネモネ]は応じない。


シン「......あの、[アネモネ]さん?」


アネ「貴方、この(ごろ)の特訓の事はどう思ってる?」


例の特訓(シゴき)の事だ。


魔女稼業に特訓は付きものである。

教会で行うのは何も魔術研究だけではない。魔女とは狼を狩る者であって、元来は魔術の真理を極めるような学者の(たぐ)いなどでは無かった。

つまり、元来の魔女とは狼と闘う者の事であり、つまりは武術の研鑽(けんさん)が必須なのである。


必須であるのだが。

だがその実、[アネモネ]が施す武術の特訓は(はた)から見ると、[アネモネ]が[シンザン]を一方的にボコすだけにしか見えないと云った様相であった。まあ本人達もそう思っているであろう。

最初は受け身すら取れずただボコされるだけであったが、この(ごろ)の[シンザン]は幾らかの攻撃は避けられる程には護身に身が入る様になっていた。それでも大半の攻撃には打たれっぱなしなのであるが。


シン「そりゃもう()めてくれってばかり思ってますよ。やられる度に(もてあそ)ばれてるみたいで、何だか自分の事が惨めになってきますから」


アネ「別に、私も貴方に()げてもらいたい訳じゃないの」


アネ「実戦前の体操みたいなモノよ。貴方も身体を動かす前は準備運動くらいはするでしょ」


シン「......ええと、唐突に地面に転がされるアレが、準備運動...?」


アネ「そうよ、抜き打ちのね」


[シンザン]の顔が露骨に()()を曲げた。


シン「そりゃあ特訓(とっくん)は絶対必要だとは思いますけど、[アネモネ]さんの特訓(シゴき)は毎回唐突だしやる中身も厳しすぎるんですよ、しかも実戦形式だし」


シン「しかも、今はまだ教会に参加して数えるくらいの日にちしか経ってないし、他の方の請け負う依頼も一緒に参加したこともまだ無いですし...。実戦形式の訓練はせめて基礎体力が付いてからでも」


そう身振り手振りと一緒にゴニョゴニョと文句を言っている当時の[シンザン]である。


アネ「叩きのめされる(こういう)事を経験するのは早ければ早いほど良いのよ。特に実戦に体を慣らすにはね」


シン「そりゃそうですけど、そうも毎度まいど唐突に特訓が始まっちゃあ、一生気が抜けないというか...」


アネ「まだ魔女の気概と()うモノを理解(わか)っていない様ね」


シン「......え?」


先程も言った通り、アネモネの特訓と云うものは唐突で怒涛である。


アネ「気が抜けないと、気も()()()ない?」


[シンザン]の言い分を聞いていた[アネモネ]は、いつの間にか彼の後ろに着いていた。


シン「...ひゃいッ?!」


背中に悪い触感が(ほとばし)った。

...いや、もとい予感が迸った。


むぎゅっ、と音がしたであろう。


アネ「なら」


アネ「魔女の気構えとは一体如何(どう)いうものなのか。また手取り足取り教えてあげるわ。」


この唐突ぶりにはきっと誰もが驚く。


[シンザン]の背中に[アネモネ]が抱きついたのだ。

今の一言も[アネモネ]が、[シンザン]の耳の真横に顔を寄せて、(ささや)く様に告げたのである。


この様にして。


毎回、最初に彼女(アネモネ)が背中から抱き付いてくる様なときは──


──大体それは特訓(シゴき)の合図である。


シン「?!」


後ろから抱きしめられたと思っていたのに。

いつのまにか[シンザン]は腹を上にして、高く宙に放り投げ飛ばされていた。


シン「──あ」


落っこちる無防備な身体を何とか(ひるがえ)して、彼女の方を見た。

見たとき、彼女は胸元から前に突き出したその(こぶし)の指先で宙に弧を()いて、その拳先(けんさき)()かれた軌跡の中には既に、魔法陣が現れていた。


構えも一瞬であった。


アネ「[縮地(しゅくち)魔術の詠唱呪文]。」


(こぶし)()つ構えであった。

瞬間、肩と股関節へ掌底突(しょうていづ)きをモロに受けていた。

四肢の外れた気がしたであろう。


シン「...お、ォウゥ......」


アネ「如何(いか)なる時も」


アネ「魔女は気を抜いてはならない、魔女に()ったからには」


アネ「魔女として生きるなら、眼前(がんぜん)で話している人間がいつ狼に化けて襲って来てもおかしくはない。魔女(わたしたち)はそういう世界を生きているのだから」


そう言って[アネモネ]は訓戒を続けていても、彼女は手は止めなかった。

[シンザン]の倒れ込んだ場所に掌底打ちで追撃をして、彼が咄嗟(とっさ)に避けるとすかさず脚を差し込み、その(かかと)を払い上げる。また体勢を崩して倒れ込んだ所に、払い上げた脚でそのまま[シンザン]の(ほほ)を蹴り倒した。


流れる様に華麗で苛烈(かれつ)な一撃。

つまり、対戦の結果はボコボコで在る。


アネ「魔女稼業が気を抜けないとはこう云う事よ。化けた狼は不意打ちの場を選ばない。貴方の隣に立つ狼にとって、貴方が気を抜いたその瞬間が不意打ちを仕掛ける瞬間(タイミング)になる」


アネ「唐突な不意打ちには必ず対応出来るようにしなさい」


地面に血ヘドを吐いて飛込み(ダイブ)した[シンザン]の(ザマ)は、それはもうお気の毒にと云った感じである。幸い、あれだけキツい一撃を食らっても起き上がる気力だけは残っていた様であるが。


アネ「前よりは反応は良いけど、もっと早く応戦なさい。あれじゃ私が本当に狼だったら死んでるわ」


だが気持ち的にはそろそろ限界だった様だ。


シン「...もうウンザリです」


アネ「あら」


シン「もうウンザリです! どうしてソンナいっつも僕をイジメるんですか?! ...その、もうチョットは手加減もください!」


八割(がた)泣きっ面である。

そんな懇願に、彼女はサラッと答えた。


アネ「死なないだけ手加減してあげてるじゃない。毎回、()()()()()()()付けてあげてるのに」


シン「...え。」


シン「......助けてメガネさぁん!!」


とか言って仲間に助けを()いに行って、結局翌日にはまたボコされるのが近頃(ちかごろ)毎日の[シンザン]の日課(ルーティン)であった。


[アネモネ]の()と鞭の割合は、大体はこんな程度である。


アネ「...まったく、子育ても大変なものね」



------

メガネ「まぁまぁソンナ泣きながらご飯()()まなくても...」


シン「ヤケにならなきゃやってらんないですよ! もう僕の心魂はズタボロです...」


ライス「心魂というか、主に情緒(じょうちょ)ね」


今回の特訓で[シンザン]が得た教訓はと言えば、"この教会(ココ)では気を抜いても気休めにはならない"と云う事くらいだった。なのでこれからは少しは気を休められる様に、もう少しくらいは顔の面も厚くなった方が良いだろう。


ちなみにそこの長机に突っ伏して(ひね)くれ(かえ)っている[シンザン]だが、幸いなことに事情を聞いた他の魔女達にヨシヨシと(なぐさ)めてもらっていた。その[シンザン]のあまりのショゲっぷりに、流石の教会の古株()もチョットだけ心配をしてあげている。(なお)、[ライス]に応援要員としてムリやり徴収された[トーチ]だけはイヤイヤの対応ではあったが。


ライス「教会辞めたくなっちゃった?」


そんな中でそれを聞いた[シンザン]は一言。


シン「...ええと、まぁそれはまだ保留にしとこうかな......」


トーチ「どうせ辞めないのはアネさんへの下心とかだろ?」


シン「!? ち違いますよ!! 日々の研鑽のためです!!」


ブラウン「毎日俺らに泣きついておいてよく言うぜ...」


日々の研鑽の為であろう。



……多分。



登場キャラ紹介

・シンザン 新人魔女。祖母を探すため教会に参加した。アネモネへの下心から教会に(とど)まることを決意。

・アネモネ 教会の当主。シンザンを特別可愛がっている。ペット扱いとも言う。

・他の面々 教会に属する先輩魔女たち。シンザンのめげずに頑張り続けるその姿に、(なか)ば呆れている。

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