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5(下),コレが魔女の仕事

読了目安:5100文字

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素行の不審な旦那に目星をつけてから(のち)、彼の周りの素性は聞き終えていた。


彼は妻と娘を含む三人家族の酪農家で、村の男手だけで建てた少し広めの母屋に住んでいる。そして、酪農作業前の早朝に行う釣りが日課だったらしい。


受付「村長から直に仕入れた情報だ。朝釣りで村から抜けた最中に襲われて、狼に成って戻ってきたと見て間違いなさそうだな」


そんな内容を聞いているうちに、彼の家の前に到着してしまった。


[ブラウン]さんが僕に耳打ちをする。


ブラウン「なるべく自然な態度にしておけよ」


[ブラウン]さんが母屋の中に声を掛けた。

中から一人、人がこちらへ来た。


村の娘「おにいちゃんたちだれ?」


彼らの一人娘だ。


ブラ「お嬢ちゃん、お母さんは居る? それとお父さんも」


母屋の中から先程の奥さんが出向いてきた。


村の女房「...アラ、さっきのかわいい新人さんじゃない」


シン「あ...、どうも」


女房「また会ったわねぇ」


村の旦那「ん? 如何したんだ?」


シン「!!」


ブラ「ああこれは()れは! わざわざ顔を出して頂き有難う御座います。」


[ブラウン]さんが僕が驚いた声を遮って、話を持ちかけた。

扉の裏から急に標的の人が出てきて思わず面食らってしまった。彼は普通の、人の言葉を話していた。


受付「奥様からは新入りが先程話を伺ったそうですが、改めて私共からもお話しを伺って宜しいですかね?」


旦那「話は聞いてる、最近外が物騒だそうで」


ブラ「エエ、それで今、皆様に事情を伺って周っているのです。いや手間を取らせて申し訳無い」


女房「良いのよ、周りは魔女は怖いだなんて言うけれど、こんな可愛い子(しんじんさん)が居たら断れないわ。いまお茶を淹れてくるわね」


ブラ「有難う御座います。」


僕らは彼ら家族三人と共に、母屋の中へと入った。

彼ら三人をテーブルの同じ方に座らせると、受付さんはその前に対面して座った。[ブラウン]さんは、その側に立ち彼らの気を引いている。


手筈通り先輩二人がその家族三人を部屋一ヶ所へ集めてから、僕はその場を抜けて他の部屋の捜索を始めた。


隣の部屋からは彼らの話し声が聞こえてくる。


女房「あら? 先ほどの若いコは?」


ブラ「彼なら外回りをしていますよ。」


女房「せっかくお茶を用意したのに」


ブラ「そのうち戻って来ますから」


その最中(さなか)である。

裏で暫く家具の下などを探っていると、寝室の寝具の裏に長く硬い毛を見つけた。


狼の体毛だ。

狼が人間に化ける際、獣だった頃に纏っていた体毛はそのまま地面に抜け落ちるのであるが、その際、勘の鈍い狼はその毛を隠さずにそのまま残していくらしい。またその全ては残っていなくとも、毛の一本二本程度なら大抵は痕跡が残っている。狼を探すには一番判りやすい情報だ。


戻って、家族三人の横に立つ[ブラウン]さんの背を(つつ)いて耳打ちした。


シン「[ブラウン]さん、これ...」


[ブラウン]さんが受付さんの方を向いて、視線を落として頬を()く。

異変発見の合図だ。


女房「アラ戻ってきたのね。お茶要る?」


シン「あっありがとうございます」


受付「──という事で、お三方にはこの紙に些細な事でも良いですから、何か気に掛かった事を書き連ねてほしいのですがね」


受付「もちろんお嬢ちゃんもね」


一人娘「んー?」


そう言って受付さんは、三人それぞれに一切れの紙を手渡した。只の紙切れにしか見えない。


旦那「...っツ!!」


女房「あらあなたどうしたの?」


旦那「いや、なんだか紙に触ったら手の痺れが」


受付「あーこの紙は高級品なんですよ。高級品の紙は触ると気触(かぶ)れたりする人も居るそうで。」


旦那「へぇ高級品なのにねぇ」


この紙には、希釈した水銀が染み込ませてある。


この一連のやり取りを見てからか、いつの間にかに握っていた自分の拳がひどく震える。


[ブラウン]さんがこちらへ向けて、視線を落とさずに反対の頬を掻いた。

行動開始の合図だ。


受付「それじゃあダンナさんには書いてもらった事の内容について聞きたいんですが──」


ブラ「ここからは長くなりますので、奥様とお嬢様はこちらに」


女房「向こうの部屋行けばいいの?」


[ブラウン]さんが二人を誘導する。

机を囲んで事情の聞き取りを受けていた家族の旦那以外を、[ブラウン]さんが部屋の外へ連れて行った。


旦那「どうしたんです?」


受付さんが腰の道具に手を掛けた。

視線を上げた時には、気が付けば向いに座していた旦那は(あご)から後頭部にかけてを棒杭(ぼっくい)で貫かれ顔を壁に(はりつけ)られていた。


気付けば、全てが終わっていた。

全てが一瞬だった。


旦那を(かた)る狼「あっ ごぽポ...、......ヴォオオオオオオオオオ!!!!!!」

受付「おい、今のうちに全身(はりつけ)にするぞ」


壁の向こうから声が響いて聞こえる。


女房「えっ? 今のなんの音ですか?!」


ブラ「どうやら狼が出た様ですのでお二人には御避難願います。」


女房「お二人には避難って、、、二人?! "二人"ってどう言う事!? それに今の音さっきの部屋から」


ブラ「避難先は(わたくし)が案内致します。」


戸の裏へ声が消えてゆく。

[ブラウン]さんが家族二人を無理矢理戸外(こがい)へ連れ出した様だった。


この流れる様な一連の手筈が、魔女の稼業の極意であった。

新米の自分が着いていくには余りにも素早い手筈だ。悩む余裕さえも無い。


シン「......どうやってこれを説明するつもりなんですか?」


受付「[シンザン]、あの二人を説得する言葉を探すのは後だ。今はコイツを処理する方法を考えよう」


受付「お前はこの家からなるべく近くで、この狼の死体を焼却出来るだけの場所を確保してこい。ちゃんと燃え移らないだけの空間がある場所だぞ」


そのあとすぐに家を出て周りを見渡したが、既にあの二人は[ブラウン]さんに連れて行かれた後の様であった。


シン「早く、焼却場(しょうきゃくば)を確保しないと...」



独りで井戸場の近くに屍体を焼く場所の確保をすると、村長との話を済ませた受付さんが早足でこちらに向かって来るのが見えた。


受付「[シンザン]! 村長に詳しく話を聞いたら、実は数刻前に村外で獣らしき影を見た村人が居たらしい」


シン「...え? それって」


受付「アア。きっと今回の依頼の発端になった野良狼(のらおおかみ)だ。まったく大切な事は初めに言ってほしいモンだが」


受付「[ブラウン]はまださっきの被害者達の()()の最中だ。だから念の為に、今から俺たち二人で村人の安否確認と、各家屋への避難誘導を同時に行う」


村人の数が減ってる、(ある)いは、村人の数が()()()いれば、それは新たな狼が村内に紛れ込んだ可能性があると云う事だ。そのため出歩いている村人を住居まで誘導しつつ、家屋内に各世帯の家族が全員揃っているかを確認する。


受付「良いか、住居まで誘導する際は村人を必ず”二人一組”にして、”見知った顔の者同士”か確認させるんだ。(やつ)に潜伏させる隙など与えるな、判ったな?」


シン「は、ハイ!」


狼が、また村人を騙って紛れ込むかも知れない。

それまでに避難を完了させなければ......!


そこからというもの、僕は村中を走り回っていた。

農作業をしていれば無理矢理にでも説得して作業を中断させ、道具を(ほう)ってでも家屋へと帰らせた。


シン「ここは危険です! 一緒に退避しましょう!」


村人「はっ、ハイ...!」


今も村人の一人を説得しているところだった。

そんな中。

その最中(さいちゅう)に村人らしき人が森の方角から走ってきた。


その彼の腕を見た。


シン「貴方大丈夫ですか?! 腕怪我してるじゃないですか!」


村人らしき「見て判らないのか?! 狼に襲われたんだよ!!」


狼の引っ掻き痕だった。

爪の攻撃から狼になってしまう事例も中には存在する。


村人らしき「向こうの山中、つい先程(さっき)だ。多分これからコッチに来るぞ...! ...っツ!」


シン「...傷を受けてからまだ時間は経ってない、なら狼に成る(まで)にはまだまだ猶予があるはず......」


シン「野良狼(ヤツ)が来る迄に早く避難を完了させて、狼に成る前に薬を投与しましょう......!」


[呪い除(のろいよ)けの薬]。

()から傷を受けた者が狼化の呪いに侵されるには、それ迄の日数には猶予があった。この薬は、狼化の呪いの標的となった者がそれ迄に呪いを祓う為の、唯一とも言える手段である。


だが[呪い除けの薬]を精製するには、供物として狼自身の血肉が必要である。村人が狼の死体を拾える状況など稀だ。

更に言えばその調合は難しくて、物によっては非常にその練度の差が激しいものだ。


それ故にその薬は、特に練度の高いものは非常に貴重な存在である。


村人「わ、私はどうすれば...」


シン「今から三人で、僕の先輩達の所へ薬を貰いに行きます! あなたも農作業は止めて、僕に着いて来て下さい」


村人らしき「俺は、これから如何なるんだ...?」


シン「最低でも数日の猶予は有る。だから、貴方は必ず救けます」

そこで村人が再び口を開いた。


村人「あの」


村人「ところでその方は誰方(どなた)なのでしょうか?」

シン「え」

村人らしき狼「ヴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


毛むくじゃらに成って横に割れた口先と、縦に割れた瞳孔が僕の眼前に在った。

振り返ったその時、村人らしき狼は僕の眼前で裂けた口を大きく開いていた。


受付さんが鬼の形相でこちらへ走って来たのはその時だった。


受付「[シンザン]ッ!!」

受付「......[結界魔術の詠唱呪文]。」


僕の眼前の狼の顔に、何本もの光る(くだ)が深く突き刺さった。

受付さんの魔術による、結界を巻いた筒状の"吹き矢"である。


顔をやられた狼は、拍子抜けする程さっさと農小屋の屋根に()退()いた。

そんな着地際(ちゃくちぎわ)を、結界の筒の矢が狼の心臓をひと突きで仕留めてしまった。


新参者の自分には全て、今日の何もかもが一瞬の出来事の様であった。


倒れた獣の屍を見返した。


村人らしきと見えた者は既に人などでは無く、狼だったのか。

傷を受けたばかりだからまだ人間だと油断しきっていた。化けている内に、自傷して怪我人を(よそお)ったのだ。森の中から走ってきた時点で最初から警戒するべきだった。


受付さんが来てくれなかったら、なんて考えると鳥肌が立っては消えなかった。


ブラ「おいオマエら大丈夫かッ?! 何が在った!?」


遅れて[ブラウン]さんもこちらに合流した。

少しして、受付さんが僕へ再び口を開く。


受付「...この、大馬鹿モンがっ!! おれらは深刻に考えるなとは言ったが、()して油断して良い訳では無いぞ! 村人を二人一組にした理由をしっかり思い出せ!」


狼は元はと言えば人間である。人間は噛まれれば狼と成り、狼と成れば再び元の人間に化ける。

つまり”生前の人”に化けるのである。村人を二人以上で行動させたのは、”元村人”でない狼は村人には化けられない為だ。


受付さんは、僕を少しだけ叱ると利き手の反対で僕の肩を軽く抱いた。

そんな中でも僕は、腰が抜けてその場に尻餅をついて座り尽くしていた。


受付「...おい、立てるか」

シン「あ、ありがとう御座います...」


手を引かれて立ち上がった。


受付「はぁ、先が思いやられる...」

ブラ「フ、まったく誰に似たんだかねェ」

受付「なんだと?」


暫くして、状況を[ブラウン]さんに説明した。


ブラ「...チッ、元凶の狼が潜伏してやがったのか」


ブラ「これだから狼は鬼より恐ろしい。油断すれば、其処に狼が居る」


ブラ「まあ、だがよく在る話さ。歴の長い魔女(おれら)の中でもな」


それから僕らは各村人の家屋を訪れ、皆に飲み水を与えて周った。幸い、もう村人に化けた狼は一人も居なかった。魔女(ぼくら)は役目を終えたという事だ。


気がつくともう日が暮れている。夕日を越してさらに夜宙の一つ先には、うっすらと南の月も浮かんで居た。


ふと、帰還する前にもう一度村を見た。

彼らの家を出たあと、遺された家族二人とはもう出会わなかった。


掛ける言葉など無かったが、そう言い切れる自分が薄情に思える。


ブラ「なーに項垂(うなだ)れてんだよ、新入り」


シン「あ、いえ...」


ブラ「俺ァ村に来る前も言ったぜ、恐れは人を立ち止まらせる。己れの行動を疑う必要なんてない」


二人が僕に声を掛ける。


受付「...この地には狼被害(おおかみひがい)に苦しんでいる村が、たった今も未だ多くある。おれ達の教義は、彼らを狼被害から解放する事だ」


受付「その先の再建は、彼ら自身に任せよう」


受付さんは、続けて言った。


受付「[シンザン]。おれはおまえを叱ったが、仕事の出来が悪かったなんて言ってないからな」


受付「...おまえは相当上手くやってくれてる」


シン「......、ありがとう」


ブラ「なんだよ新入り、もう力量不足に悩み出してんのか?」


ブラ「お前にゃそう云うのはまだ早えよ。そうやって悩むのは、俺達古株の仕事だ」


そう言って、彼が僕の肩にもたれ掛かってきた。

少しそれが馴れ馴れしくて、少しだけそれが嬉しかった。


シン「[ブラウン]さん、チョット重いです」

ブラ「コレが魔女としての歳月の重みってヤツよ」


月夜の帰路につく三人であった。



登場キャラ紹介

・シンザン 新米魔女。まだ教会の任務には不慣れ。

・ガイド(受付) 先輩魔女の一人。見た目に反して意外と優しい。

・ブラウン 先輩魔女の一人。見た目はまだ若いと自分で思っている。

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