4,アネモネさんにしごかれる。
読了目安:5100文字
受付「お前...、服そのまんまで寝たのか?」
シンザン「...うぃ」
教会に参加してたった数刻で鬼と死闘を繰り広げる事になった、怒涛の魔女稼業初日の翌朝。寝室で目覚めて、広間に向かってから聞いた第一声がこれだった。
受付「まさかマントも着けたまま眠るとはな...」
シン「脱ぐの忘れてぁした」
受付「...まだ寝ぼけてるな」
疲労困憊でもう野宿じゃない事もすっかり忘れて眠ってしまった。森の中の辺鄙な土地を抜けて漸く見つかる様な場所に教会があったので、辿り着くまでに野宿癖が付いてしまったらしい。明日からは気をつけないと。
受付「まったくおまえ髪ボサボサだぞ。鏡で身支度してこい」
シン「ふぅ、ここ鏡あるんですか?」
受付「ああ一つだけな。ホラさっさと行って来な」
向かって、僕は燭台置きに乗った鏡を見返した。
シン「...うわ汚ね」
茶色い髪が汚れで黒ずんでいる。汚い。
身に付けていた赫いマントもだいぶ汚れてる。
寝床部屋に戻ってから、マントを置いて衣服を着替えなおした。
受付「おーい」
受付「おれは依頼の手紙仕分けてるから、お前はとりあえず顔合わせでもして来な。まだ会ってないやつも居るだろう」
受付さんに従って、目についた人に挨拶をして周る事にした。
シン「分かりました、とりあえず[アネモネ]さんに挨拶してきます」
受付「アネさんは止めとけ、瞑想してっから」
受付「とりあえず昨日会った面子にでも挨拶してきたらどうだ? 今なら大体は広間で飯食ってると思うぞ」
トーチ「応」
ライス「あらおはよ」
褐色の魔女「オウおはよう」
言われてそのまま広間へ向かった。
あれ、一人知らん人が居る。
褐色の魔女「ん? 如何した」
シン「貴方誰ですか?」
褐色の魔女「...なんかもう少し言い方が有るだろ」
黒髪黒肌で長身の男性だ。
褐色の魔女「[ブラウン]だ。こう若く見えても割と魔女歴は長い方だよ、宜しくやろうぜ」
このあと歳を聞いたが見た目相応だった。
彼と握手を交わして、自分も自己紹介を済ませた。
シン「[ブラウン]さん、あの、メガネさん何処に居るか知ってます?」
トーチ「...メガネさん?」
ブラウン「ブフフッ...、お前それ[レンズ]の事かよ?」
周りを見渡してみたのだが、メガネさんは広間の方にはまだ来ていないらしい。と言っても積まれた荷物のせいで遠くまでは見渡せないが。
もうメガネさんは朝食は済ませたのだろうか?
ブラ「お前ら仲良くなるの早えな」
ブラ「アイツなら向こうでいつも顕微鏡と睨めっこしてるよ。そこに行けば基本会える」
ブラ「行くついでに朝食持ってってやってくれ。また徹夜してっからアイツ」
シン「あっメガネさん! おはよう御座います」
メガネ「あ[シンザン]くん。お早う」
昨夜彼が座していた机に向かうと、そこにはやはり顕微鏡と睨めっこしている細身の男性が居た。
メガネ「昨夜は眠れたかい?」
シン「ばっちしです」
どうやら朝から机に向かっている様だ。
シン「あの、メガネさんは寝てないんですか」
メガネ「ちょろっとは寝たよ?」
メガネ「ま、研究に時間を割いて悪いことなんてないからネ!」
うーん、教会の黒い面を垣間見た気がする。
そうやってメガネさんと話しているうちに、話のネタはここ最近の狩り事情についての話題へと転じていた。
メガネ「最近は狼被害の対処に人手が足りてなかったから、キミが此処を訪ねてきてくれたのは願ったり叶ったりだよ」
シン「やっぱり最近多いんですか、狼」
メガネ「多いネ。キミもやっぱそう思う?」
シン「ええ」
シン「あまり詳しくない僕の耳にも入ってきたくらいですから」
鬼と、そして狼に咬まれた人間は、狼に変態わる。"狼化の呪い"とはそういう存在だと言われている。
素早く這い廻り岩をも砕く驚威の身体能力。
腹を刺してもそのまま襲い掛かってくる強靭な生命力。人語を語り人間に化ける驚愕の擬態能力。
更に化けた狼等に一度でも噛まれれば、その人間も何れ狼に成ってしまうと云う、理不尽さ。
そしてその裏には、狼を統率し魔女と同じく魔術を扱う、鬼と云う存在。
それらに対抗する稼業が、供物を用いて魔術を行使する魔女達だった。
教会は人間に化けた狼を探し出し、魔術を用いて狼を狩る。
魔女稼業は狼狩りには不可欠な存在だった。
メガネ「そういえばひとつ聞こうかと思ってた事があるんだけど」
メガネ「キミは何故魔女になろうと思ったんだ?」
僕の教会に来た動機が気になったのだろうか。少し、自分の身の上話を話すことにした。
シン「自分が魔女になったのは」
シン「祖母が、失踪しちゃったんです」
僕の祖母は、魔女だった。
物心ついた時からずっと一緒に生活してきたが、ある日祖母は唐突に居なくなってしまった。そして僕の祖母が魔女だと知ったのは、祖母が失踪してから暫くが経ってからの事だった。
シン「仕事場だから入るなと言われていた離れの小屋に、祖母が居なくなったときに初めて入ってみたんです。そうしたら、魔術に関する書き物が幾つか残っていて、それで祖母が魔女だと知ったんです」
シン「それで、祖母も何処かの教会に参加していたんじゃないかって思って」
魔女がどんな者達なのかさえよく知らなかった。
祖母を知るには、実際に魔女に成る以外に方法など無い。
自らの経緯はそんなところだ。
メガネ「祖母が魔女だったのか。......なるほどね」
シン「そうなんです、教会に参加すれば何か祖母の手掛かりが見つかるかと思って」
そこで、メガネさんが一つの意見を出してくれた。
メガネ「人探しがしたいなら、確かに[血の魔術]を扱うのは悪くないアイデアだと思うネ。血や体液を扱ったダウジングとかも考えられるし」
ああ、そっか。人探しがしたいなら魔術で探せば良いのか。
あまりにもマヌケな見落としだったので、この見落としの事は言わないでおこう。
シン「でもどうやって魔術で人探しをすれば良いんです?」
メガネ「例えば被験者の血を水に垂らしたら、水面の血がその被験者の方角へ流れる魔術を創ってみるとかね。始原的な魔術だろうから始めたてでも会得しやすいと思うよ」
シン「その被験者の血ってどうやって集めるんです?」
メガネ「あ、そこはまあ、気長にやることだネ!」
どうやらダメそうだ。
メガネ「まあまずはその人の住居身辺を探してみるのはどうかな? 髪の毛くらいなら、もしかしたら部屋の隅っこにでも残ってるかもしれないよ」
シン「!」
そうだ、確かにまだ判らない。
隅まで探せば毛の一本くらい残ってるかもしれない。まだそんな魔術は使えないが、教会での仕事を覚えて暇が出来てくる頃には、帰宅して手掛かりを探す機会も得られるかも。
シン「確かにそうですね! そこから始めてみます」
少し先の見通しが立ってきたかも知れない。
メガネ「アネさんに会ったら話をしてみたら如何だい? そろそろ彼女も食事時だろうし」
メガネ「キミも仕事を覚えてくる頃には、長めの休暇も貰えるんじゃないかな」
さっそく机を借りて魔術を試していると、向こうに食事を終えた受付さんと[トーチ]さんがやってきた。
せっかくだし先程考えた魔術を先輩達に披露しようと、試しに魔術を行使してみた。
トーチ「新入りの様子はどうだ?」
メガネ「彼、中々面白いよ」
受付「そうかぁ?」
シン「...ぁ、た助けてメガネさぁん!!」
受付「...」
メガネ「ね?」
失敗に終わったが。
受付「どうした」
シン「魔術を開発してみようとして道具借りて魔術試してたら」
シン「机が、ばッ爆発しちゃって!!」
受付「...お前ってヤツは......」
見事に木っ端みじんである。
トーチ「何でダウンジングを開発しようとしたら机が爆発するんだよ」
シン「何もいじってないのに何か爆発しちゃって」
そんな事を話していたら、朝食を取りに来た[アネモネ]さんが横を通りがかった。
長めの休暇の事、話してみようかな。ちょっと気が早いだろうか?
アネモネ「何です?」
シン「その、ちょっと気が早いとは思うんですけど...」
シン「そのうち仕事を覚えてきたら、休暇も貰いたいなと思いまして」
[アネモネ]さんが此方を見やった。
アネ「休暇なら皆に毎晩与えてるじゃない。息抜きでもしたいのかしら」
シン「えっ? んまぁ、そういう気持ちもチョットはありますけど」
アネ「...フム」
[アネモネ]さんが、僕の前へ立った。
アネ「つまり」
アネ「...ご褒美が欲しいって事?」
シン「...ふぇっ?」
身長差の所為で視界に胸しか入ってこない。
おかげで、眼前の胸圧が凄い。
トーチ「あっアイツ死んだな」
幸せすぎて死ぬって事か??
シン「[トーチ]さん嫉妬見苦しいです」
トーチ「お前...余裕ブッこいてられるのも今の内だぞ」
アネ「さ、行くわよ」
シン「あちょ、まだ心の準備が!」
アネ「心配しなくても、準備なら私が直々に施してあげるわ」
アネ「上から下まで、存分にね」
いきなり手を引かれた。
細い指だった。
言われるがままに手を惹かれて、僕は教会最奥の[アネモネ]さんの自室前まで連れて行かれた。
なんだか、耳が熱くなってきた。
[アネモネ]さんが一人で自室の中に入って行く。
アネ「ちょっと待ってて」
どうしよう。
教会に参加っていきなりハジメテを経験する事になるとは全く想定していなかったし心の準備は全く出来てないし何より、[アネモネ]さんとはまだ全く出会ったばかりのそんな程度の関係性だが、まあ向こうがあゝ言っているのだから仕方ないよね。
戻ってきた[アネモネ]さんは、身長を超える大鎌を担いでいた。
シン「エ?」
気付くと、僕の服が縦に両断されていた。
顎の下の床には、首元まで届く巨大な鎌の刃が突き刺さっていた。
目前の石床が鋸鎌の歯で弾け飛んだ爆音に気がついたのも、その時だった。
アネ「私にシゴいて欲しいんでしょ?」
アネ「さ、逃げなさい。」
気がつくと、教会の外に仰向けで、土達の絨毯の代わりと成っていた。
つまり、存分に特訓かれた。
頭の上では、床に突き刺さった大鎌を拾う[アネモネ]さんが見える。
[アネモネ]さんが、鎌の片手間に僕を抱き抱えて言った。
アネ「さ、戻りましょ?」
------
トーチ「...うわ」
シン「なんれふか」
広間に戻ると、ドン引きしている[トーチ]さんが座って居た。
トーチ「お前ボッコボコじゃねぇか...」
そりゃ一人から集団リンチされたんだから、イボガエルみたいな顔してるでしょうな。自分じゃ見えないけど。
受付「うわ」
ブラウン「ウワ」
ライス「あらヤダ、顔が台無しね!」
みな薄情なものである。
メガネ「お疲れ様」
メガネさんが代わりの服を持ってきてくれた。彼は慣れた手付きで僕の顔に応急処置を施しながら語る。
メガネ「入団した時はみんなコレやられるんだよ。全員ボコボコにされる」
メガネ「ま、コレで晴れてキミも教会の一員って事だネ!」
やはりみな薄情なものである。
ちなみに、つい昨日鬼と死闘を繰り広げたばかりだ。
やっぱ辛ぇわ。
ライス「またあんなにボコボコにして。せっかくあんなに可愛い顔が可哀想じゃない」
向こうを向いた[アネモネ]さんは肩に大鎌の柄を乗せ、柄に腕を廻し絡めて大鎌を担いでいる。
背を向けていた[アネモネ]さんが、ほんの少しだけ此方を見いやった。
本当に品の無い話だが、そのときの[アネモネ]さんが少しだけ見せた薄い流し目が、自分の目にはひどく官能的に映って見えたのを覚えている。
アネ「これで懲りて辞めるならそれも仕方無いもの」
アネ「魔女稼業で死ぬよりはずっとマシよ」
急に、寂しげな表情をされた。
もうダメだった。
そんな貌一つで許せてしまう。やはり女性はズルいと思う。
自分の評価が気になった。
シン「あの、[アネモネ]さん」
アネ「なに。また遊んで欲しいの?」
シン「げェ! 違います!!」
シン「そうじゃなくて」
シン「僕は、魔女をやっていけると思いますか?」
アネ「...さあね」
[アネモネ]さんとの手合わせは、それはもうボコボコだった。昨日の狼や鬼との初遭遇戦も、自分の行った事は受付さんの後方からの攻撃支援だけだ。
シン「これから先の死闘で役に立てるか、不安になりました」
自分がこの先の戦いで、まだ狼や鬼と渡り合える保証は無い。
その事を知らしめるのに、手合わせは不可欠だったのである。
[アネモネ]さんが答えた。
アネ「死闘ならもう二度済ませたじゃない」
アネ「ソレで死ななかったんなら、多分、見込み有るんじゃないの」
ライス「あらヤダ、珍しくアネちゃんがデレてるわ! ツンデレってヤツよツンデレ!」
アネ「黙りなさいな」
返ってきた答えは先程の苛辣な手合わせとはうって変わって、非常に静かで穏やかなものだった。
思い返す狼や鬼との死闘が、その事を更に際立たせる。
[ライス]さんが、再び[アネモネ]さんに声をかけた。
ライス「アナタなんであんな彼に入れ込んでるのよ」
アネ「さあね」
アネ「親心って言うのかしらね。こういうの」
まぁようするに、自分の評価はまだ子供だって事らしい。
登場キャラ紹介
・メガネ(レンズ) メガネを掛けた成人男性の魔女。デスクワークが多い。シンザンにあだ名で呼ばれる。
・ブラウン 濃い肌の色をした男性魔女。長身が割と高い。魔女暦も長め。
・ライス ガタイが屈強な魔女。オカマの様に見える。料理が得意。
・アネモネ(アネさん) 長髪長身の女性魔女。シンザンの属する教会の当主を務める。