2,鬼
読了目安:4300文字
受付「何故だ?! どうしてこんな所に人狼が居るんだ!!」
僕ら二人を取り囲んだ農服の人影達は既に、みな狼へと変態してしまった。
人は、鬼に血を吸われると、狼となる。
狼が農服の正体であった。
狼は人を騙す、それが彼らの本能らしい。普段狼は人に化け人語を語るが、それは人を誑かす為の反射的な応答だった。
狼には人の心など、理性など無い。
だから、彼らが道具を使う様な手の込んだ戦略をとるなど、通常は考えられなかった。
受付「もう新入りが呼び止められた時には、既にヤツらは人狼になってたのか...」
シンザン「何で気づかなかったんですか?!」
受付「この辺りに人狼は絶対居ないはずなんだよ!! だから、だとしたら何か特別な」──僕らの頭上を鬼が飛んだ。
鬼が、僕らの上空を飛翔していた。
受付「やはりか...チクショォ、、、」
狼が不穏な動きを見せるとき、その背後にはそれらを指揮する親玉が居る。
教会を訪れてたった数刻、それともう出くわすとは考えすらしなかった。
鬼。又の名を、吸血鬼と言う。
それが人狼達、化け物を生み出した親玉の名である。
空で甲高い不気味な音が響いた。
鬼の吹いた口笛の音だった。
人狼「「ゥヴオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ン!!!!!!」」
すべての狼が、全く同時のタイミングで一斉に飛び掛かってきた。
受付「おい、あれ出せ」シンザン「何ですか!?」受付「供物だよ早くしろ!!」
狼達が飛び掛かるのと同時だった。
鞄の中から鉄表紙の装飾された写本を手渡すと、受付さんはもう片方の手を地面についた。
受付「フゥゥ、、、。 [結界魔術の詠唱呪文]。」
写本の頁が捲れて、宙を舞う。
受付さんが息を吐いたと思うとその瞬間。
ゆらゆらと僕らの頭上を舞う頁が、薄く濁った幕となって僕ら二人の周囲を覆い囲む。狼達の牙も爪も、すべてはその幕に遮られていた。
これが、受付さんの最も得意とする[結界魔術]だった。
受付「舐めやがって! これでもコッチは魔女なんだよ!!」
受付さんは彼の背の大鉈に手を掛けると瞬間、少しだけ途切れていた幕の隙間から半身だけを乗り出し、一瞬で狼の一匹を薙ぎ倒した。
舞う鬼「!!」
受付「テメェ降りてきやがれ!!」
舞う鬼「ふぅん、やるやないか」
宙を舞う鬼は、ただ瞳を細めてこちらを見やっている。
受付「テメェのそのふざけた喋り口ごと潰してやる」
舞う鬼「そんな事言うとる場合か?」
見ると、途切れていた幕の隙間から狼の一匹が中に侵入してきていた。が、幕の天井からさらに降りてきた第二の幕によって、触れた狼の首は切断された。
舞う鬼「ほおぉ、良いね...」
舞う鬼「あの南月も今夜ばかりは中々に見事や。こんな日は、 狩 り に、ぴったしやねぇ...」
受付「馬鹿にすんじゃねえ!!」
宙を舞う、鬼。
気取った髪油とやたら古風な衣装に身を包んだ鬼は、ただただ宙に佇みこちらを見下ろした。
その首元には、鈍い金色をした輪形の飾りが下げられている。
受付「コイツ、飛行魔術使いか」
舞う鬼「こんな月夜に出歩くなんて、よっぽどの慢心か、それとも僕らを見くびっとるのかね、、、」
受付「......クソッ、こっちの状況が教会に通じてないのか...!?」
受付さんがこちらに声をかけた。
受付「新入り、お前大体の魔術は使えるって言ってたよな?!」
シン「きっと使えると思います! やった事は無いですけど!」
受付「......全く、新入りはこれだから手が焼けるゼ」
...きっと使えると信じているが、是が非でも教会に入りたくて口が滑ったなんて言ったらメチャクチャに怒鳴られそうだ。
受付さんが、拳をその口に当てて僕に耳打ちする。
受付「...そうだな、お前使い魔は翔ばせるか?」
シン「使い魔ですか...? いちおう真っ直ぐに向けてなら......」
受付「良し、それでいいから隙を見て教会に翔ばせ。奴に悟られない様にな」
受付さんが結界の外に走り出す。
受付「行くぞ、おれのサポートも忘れんなよ」
シン「さ、サポートって!?」
受付「血の弾でも何でも撃って狼一匹でも仕留めてくれりゃあ良い! 代わりに奴等の攻撃は全ておれが引き受ける」
そんな、いきなり...!? ...いや、攻撃は全て引き受けるとまで言ってくれてるんだ、やるしか無い...!
懐に仕舞っていた瓶の蓋を開けた。
蓋から血の匂いが漂い、指先には魔法陣が現れる。
舞う鬼「...作戦会議は終いか」
舞う鬼「浮魔術の詠唱呪文。」
更に翔んだ鬼に合わせ、狼が鬼の下に隊を組む。
僕は構えて、受付さんの攻撃に合わせ血の弾を乱れ撃ちながら、隠れて血の使い魔を翔ばした。
僕の得意魔術は、血を供物としたものだ。
けれど、供物用の血は試験用の分しか持ってきていなかった。無くなってしまえば自分自身の血を供物に使うしか無い。
果たして供物は保つのだろうか?
受付「新入り、魔法陣が崩れかけてるぞ! ちゃんと腕構えて、指先の魔法陣の確認怠るなよッ!」
受付さんは大鉈を狼めがけて片腕で振りながらも、常に逆の腕の指を構えて次の魔術詠唱に備えている。だがそれを前にしても鬼は、だらとした態度で軽口を叩く余裕ぶりを振りまいている。
鬼「......ほんま此奴らの引率は大変やったよ。なんせ此処まで遠いのに此奴らの足の遅さったらもう...」
狼達「「ゥヴルルルルル」」
受付「クソッ、こいつらも恐らく何処かの農村から攫われたヤツらだ」
最近、鬼による人攫いが多発していた。鬼の食欲が増したのか、はたまたただの気まぐれなのか、しかしその件数は近年は増加の一途を辿っている。
それが原因で、狼の数も急激な増加の道を辿っていた。
鬼「しかもどいつもこいつもどこの村のもクソ不味い血だったが、まあ、しゃあないわ。これも尊い犠牲って奴よ」
受付「何が尊い犠牲だ、テメェらは食事を食い散らかしてんのと変わらねぇとでも思ってるんだろうが!!」
鬼「さあどうやろか」
受付「答えてみろコウモリ野郎!!」
鬼は答えない。
舞う鬼「ああそうだ、それと」
舞う鬼「そんな虫くらい僕にもわかるよ」
!!
隠して飛ばしてた使い魔を潰された......!!
受付「ッ?! おい新入り! お前、使い魔あとどれくらい出せるか!?」
シン「受付さん! 代わりの"供物"が用意できれば、幾らでも飛ばせます!!」
受付「! なるほど、なら代わりはコレで良いな!!」
受付さんが狼の亡骸を蹴り飛ばすと、突き飛ばされたその胴体が目の前に転げ落ちて来た。その狼の死体からは、未だ多く血が滴っている。
受付「作戦変更だ、それの血使って翔ばせるだけ使い魔を翔ばせ! 次の供物はおれが是が非でも用意する」
舞う鬼「させるか...」受付「やれ!!」
シン「[血魔術の詠唱呪文]......!」
狼の死体に手をかざして呪文を唱え、血の使い魔が足元から八方散り散りに飛ぶ。
舞う鬼「やらせるな!」
狼と鬼は散り散りになって血の使い魔を追う。
受付「油断したな」
舞う鬼「...何ッ」
受付さんが大鉈片手に、鬼の間合いを詰めた。狼達が散り散りの使い魔達に目掛けて飛び出した今、鬼の周りから狼達は離れ去っている。
攻撃を仕掛けるなら今しかない。
舞う鬼「まぁ」
舞う鬼「そんななまくらいモン振り回しても、僕にはまあ届かへんけどなァ、僕ぁかなり速いよ......。なんなら今からお前らのかかぁの首、攫って此処に並べたろか?」
受付「おれの前から逃げられンならな!」
なんと受付さんは持っていた大鉈を奴に投げつけた。
舞う鬼「阿呆なん?」
鬼は大鉈を紙一重の位置で避ける。
しかし、奴の背を通り抜けた瞬間大鉈が輝き出し其処から、幕が降りてきた。
狼の首を切断する程の、鋭い幕だ。
シン「!! [血弾の魔術の詠唱呪文]!」
僕は魔術の攻撃を重ね併せた。
鬼は、幕と血弾を避けながら爆速で翻し、更に宙へと飛んだ。
舞う鬼「おお危ない、もう唱えとったか──」
舞う鬼「──!?」
其処で、鈍い怒号が響いた。
音の出所は受付さんの手元からである。
受付「!? 外したッ!?」
銃声だった。
銀の弾一発で使い切り前提の、燧石式の木柄の短銃だ。受付さんが外套に仕込んでいた物であった。
だが、それも避けられてしまった。
舞う鬼「成る程」
舞う鬼「まんまと魔術の囮に引っ掛けられて、隙に本命を撃ち込まれかけた、そう云う訳か。陳腐なネタやが騙されたわ」
舞う鬼「だが、それ以上に僕の方が速かった」
受付「くッ...!」
舞う鬼「惜しかったな...」
鬼が、少しの笑みを溢している。
舞う鬼「さあ如何する魔女共。次の一手は何や?」
どうする...?!
舞う鬼「ほおれこっちや」
瞬間、視界が光に包まれた。
舞う鬼「何ッ!?」
受付「!! [結界魔術の詠唱呪文]!」
鬼は爆速のまま姿勢を崩して堕ちた。すると何処からともなく降ってきた受付さんの大鉈の太い頭が、鬼の背から腹を貫き鬼を地面に叩きつける。
瞬間、鉈の上から受付さんの唱えた魔術製の幕が降り、鬼を地面に磔けた。
舞う鬼「オォ、くるし...」
?「鉈、拾っといてやったぞ」
僕達は振り向いた。
受付「[光使い]!」
其処には、[光使い]と呼ばれる金髪の若めの男性ほか、複数の人間が構え入って立っていた。
光使いの魔女「新人の前でアダ名で呼ぶのは止めろ」
受付「悪かったよ、[トーチ]。」
彼は、名を[トーチ]と云うらしい。
受付さんと新たに来た魔女たちは目で合図を済ませると、少しの時間で残りの狼達を掃討してしまった。
[辺境の地の教会]所属の、主力魔女たち。これが僕の入団した教会、名を[辺境の地の教会]と云う教会に属する、通称"教会魔女"の実力であった。
受付「結界を解除したら胸に杭を打つ。新入りはそれまでに屍体処理用の焼却火の用意でもしておけ」
彼等が話し始める。
受付「狼、ちゃんと目配せ通り十三匹狩ったか?」
トーチ「...いや、最初から一匹足りなかった」
受付「......それはマズイな」
一匹見逃していた。
隠れ潜んでいた狼の一匹が木立から飛び出して、結界を食いちぎって死んでいった。
結界に隙間が空いたと思った瞬間、眼に留まらぬほどの速さで鬼はその中を抜けていった。
舞う鬼「サヨナラ、この借りは絶対に返すわ...絶対に」
捨て台詞と共に。
舞う鬼「最後に勝つのは我々だ」
鬼は、森へと消えていった。
トーチ「逃げられたな」
受付「まあ良いさ。奇襲を受けて生き延びただけ上々だ」
本当にその通りだ。正直、死ぬと思っていた。
それでも生きてる。
受付「あとおまえ」
シン「?」
受付「おれの名前は受付じゃねぇ、[ガイド]だ。よォく覚えとけ」
シン「エー、受付さんの方が覚えやすいです」
受付「覚えとけ馬鹿ヤロ」
コツンと、少しだけ小突かれた。
シン「受付さんだって[トーチ]さんのこと、アダ名で呼んでたじゃ無いですか」
受付「おれは良いんだよ古参だから」
シン「鬼に気づけなかったのに?」
受付「なんだと?」
シン「......何でもないですぅ」
入団を取り消されかねないので、今の発言は撤回することにした。
登場キャラ紹介
・シンザン 教会に参加した新米の魔女。血の魔術が得意な様である。よく調子に乗りがち。
・ガイド(受付) 教会の先輩魔女。ガタイがゴツい。シンザンにあだ名で呼ばれている。
・トーチ 教会の先輩魔女。若めで金髪の成人男性。よく無愛想だと人に言われる。
・舞う鬼 主人公等の前に立ちはだかった鬼。