1(下),試験に合格しました。
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幼い頃、祖母から南方の月の言い伝えをよく聞いた。
祖母はよく仕事をしながらその片手間に、南方の月の言い伝えを忌々しそうに僕に何度も言い聞かせていた。
その言い伝えを何度も言い聞かせる祖母は、まるで目の敵の話でもしているのかと思える程に、僕にはギラついて見えた。
祖母「南方の月の模様には呪いのしるしが描かれている」
どうやらあの月の荒れた表面の陥没痕には呪いの印が書かれていて、それがこの地に呪いを運んできているらしい。
あの月は自分の周りの大きな星々を妬んで、この地にも災いをもたらすのだと言う。
祖母からそんな話を何度も聞くうちに、その月の模様が何か恐ろしい顔の様に見えて、僕には宙に浮く月が自分をずっと見つめているかの様に思えてしかたなかった。
だがこうやって僕に甚大なトラウマを植え付けた祖母であったが、そんな祖母でも僕には掛け替えのない存在である。色んな話や知識を知っていて、勇敢で、かっこ良く憧れの存在だった。
森の中から一人で薪を担ぎ、奥地から水を汲み運び、工夫した食事を提供してくれた。とある日に行った狩りの競争では鳥一匹だった僕に対して、鹿や猪など総数十二匹を捕まえ大差で勝利した祖母であったが、そんなお茶目なところも僕が大好きな要因であった。
そんな祖母がある日いつもの様に狩りに行くと言い、そのまま帰ってはこなかった。
受付「お前、どれくらい魔術が使えるんだ?」
シンザン「え?」
受付「だから、どれだけ魔術が扱えるんだって聞いてんだ。魔女を名乗って教会に来るからには、それだけの力があるんだろう」
あれから教会の奥に通された僕は机一つ挟んで、先程の受付のおじさんと対峙していた。
ここは、教会内の広間の一角だろうか。
シン「大体の魔術は使えると思いますよ」
受付「そんなわけないだろ...。お前ホントに魔術使えるのか......?」
シン「使えますよ」
あのあと教会内で魔術が使えるか試験をすると言われ、何か仰々しい儀式でも始まるのかと考えていた。だがいざ中に入ると、積み上げられた雑多な荷物に囲まれその広さを感じられない空間で、受付さんに質問を受けるだけであった。
座った椅子も少しガタついている。
シン「何か試験があるんじゃないんですか?」
受付「こんな人数だからな。本当は複数人でお前の魔術を測りたいんだが、人手が足りんから今考えてる」
こんな人数だと言われても、周りは荷物ばかりでその先は見渡せない。まあ足りないと言うからには足りないのだろう。
受付「まあ、初歩的な魔術が幾つか見られれば良いか」
受付「おい新入り。これをやってみろ」
そう言うと、受付さんは山積みの荷物の隙間に手を突っ込んで瓶を抜き出した。
瓶の中には血が入っている。
受付「いくぞ、[結晶魔術の詠唱呪文]。ほれ」
受付さんが呪文を唱えて瓶に手をかざすと、指先の周りに魔法陣が現れる。瓶の中の血は凝固して、硝子の内の血が赤い水晶へと変化した。
物の状態を変化させる魔術である。
シン「受付さん魔女だったんですか!?」
受付「そりゃそうだよ、教会なんだから。」
受付「教会なんだから魔女しか居ない。あそこに座ってる男だっておれだって、ここに居るヤツは全員魔女だよ」
受付さんが顎で指図した向かいを見ると、高々と並んだ荷物の隙間の先に、顕微鏡と睨めっこしている眼鏡の男性がいる。あの人も魔女なのか。
それにしても、驚いた。あのガタイの良い受付さんもまさか魔女だったなんて。
こんな事を言ってはなんだが、自分の想像では魔女は小柄で薬の臭いがする様な人ばかりだと思っていたので、受付さんはそのイメージからは浮いた様な立ち姿であった。
受付「教会に普通の人間が寄り付くわけなかろう、お前さては中々の田舎者だな? 全くよくそんなんで教会に入ろうと思ったもんだ」
シン「入りたかったんです」
受付「入りたかったと言ってもだな...」
受付さんはしかめっ面をしている。なんだかカメムシの背中みたいな形相になってきた。
シン「これでも最低限の知識は持ってるつもりです」
受付「そうかい、で、さっきのは出来るのか? 供物はこちらで用意した血だし、魔術が行使出来るならこれくらい何とかして出来るだろう」
そう言うと、受付さんはもう一本血の入った瓶を僕に手渡してきた。
これが俗に言う"供物"である。
魔術は我々人間には普通行使できない。貴重な薬草や新鮮な血など、魔術的な意味合いのある"供物"があってからこそ、我々魔女は魔術を扱う事ができる。
シン「いきますよ! ......[血魔術の詠唱呪文]。」
僕が呪文を唱え魔術を行使すると、供物に捧げた血は凝固していき机の上に赤いナイフが現れた。僕が普段の狩りに使っている形状だ。
受付「おお、お前は血の供物が得意なようだな。その魔術も中々使いこなせてるじゃないか」
シン「実はそうなんですよ」
褒められたのが、少しだけ嬉しかった。
受付「...自信の方も中々だな」
受付「ま、いずれ鬼狩りもするならこれくらいは出来ないとな。......よし、お前ついて来い。狩りの試験に出掛けるぞ」
シン「え、もう参加できるんですか!?」
受付「バカたれ、狩りって言ってもただの獣狩りだ、狼じゃない。そこでお前の力を見る」
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シン「ん?」
狩りの試験の場まで何とか受付さんに置いていかれぬ様、森の中の荒れ道をついて行く道すがらだった。何やら怪しげな視線を感じてふと目を横に見いやると、しょぼくれた農服の人が複数人、木陰からこちらを覗っていた。
彼らは瞳を丸くしてこちらを見つめている。
…そのうちの一人と目が合ってしまった。
?「............。......ちょっと、ちょっとアンタ! そう、そこのアンタよ」
農服姿のおばぁさんだ。
老婆「アンタ、よく見たら教会のモンやないか」
まずい、向こうから声をかけてきたと思ったら、そのまま捕まってしまった。何やらババ臭い香水を振り撒いたおばぁさん含め、数人の農民らしき人達から唐突に質問攻めを受けてしまった。
この間も受付さんはどんどん先へ行ってしまっている。
農服達「アンタねぇ最近は狼も出るわで畑も踏み荒らされて、只でさえ物騒だってのに。ヤタラとウロウロしてくれるやないか」「お前さん新参モンかね? こんな夜更けにコソコソ出歩いて、まさかワシらの作物盗ってくつもりじゃ無いやろね!?」
メチャクチャ怒鳴られた。どうやら、こんな夜更けに出歩いている僕らは怪しく見られているのかも知れない。教会の者と言えども気を許してはくれないのか。
マズイぞ。このままだと受付さんに置いて行かれる。このおばぁさん達は僕をココに引き止める気満々だ。
受付「何やってる、早くついて来い!」
僕は、わかりましたわかりました、とだけ言ってその場を逃げ出した。
老婆「おおい、アンタら本当に信用できるのかね!? おおい、ぉぉぃ...、......。」
おばぁさんらはすぐそっぽを向いて戻っていってしまった。
シン「......何だったんだろう」
受付「新入り、任務中はあまり教会外の者には関わるな。余り不用心だと足元を掬われるぞ」
言われた事の意味はよく解らなかったが結局は言われたように、僕もそそくさとその場を後にしてしまった。少なくとも、あのおババの香水に隠れた脂臭い臭いは、僕をその場から離れさせるのに十分な威力であった。
そんな事よりも僕は、これから受ける試練の事で頭がいっぱいだった。
この後すぐに、魔女の試験が始まる。僕がのちに教会の魔女を名乗れるかもコレ一つで決まってしまうのだ。もし巨躯の怪物か何かと闘えと言われたらどうしようか。
このあと、一体どんな試練が待っているのだろうか。
シン「ホントにただ動物を狩っただけじゃないですか!」
受付「だからそう言ったろ」
ホントにただの動物狩りだった。化け物か何かと対峙させられるんじゃないかと予想していたけどそんな事はなく、ただ普通に、森の野生動物を捕えさせられただけだった。
教会公認の魔女の試験と聞いて半分はワクワクしていたが、正直を言うともう半分では不安と緊張で胸がいっぱいだった。だから、その両方をいっぺんに取り上げられた気分だ。
受付「ここら辺は変なもんは出ないからな、新入りの腕を見るには丁度良い」
受付「まあある程度お前の魔術も見られたしな」
ドキっとした。正直この狩りで、魔術を使う機会はそこまで多くはなかった。野生の動物を見つけたあとにやった事と言えば、その流れでただ動物を捕まえたそれだけであった。
ぼんやりと、これでダメだったらどうしようかなんて考えると、不安が心に押し寄せてきた。果たして僕はこの試験に合格できるのか?
受付「合格だよ」
シン「マジですか!?!!」
受付「...ん?」
飛び上がりたい気分だった。
祖母が居なくなってから初めて家を捨てこんな遠くまで来たが、まさか見つけた教会一つ目でいきなり参加できるとは。あの教会は、散々もの村々をたらい回しにされた挙句にようやく見つけた一つ目の教会だったから、だから教会に参加出来なかったらなんて考えるだけでもうゲンナリしていたがソンナ杞憂はもう吹き飛んだね。やったぜ、なんて。
そう思っていたのに。
受付「...おい新入り、いま伏せろ」
シン「なんですかぁ?」受付「馬鹿野郎伏せろ!!!」
何が何だか解らずとりあえず伏せると、後ろから大量の矢が異色を放ちながら、猛速で僕らの頭上を掠めた。
振り返ると、月夜に照らされた数多くの人影があった。
シン「......あ」
シン「さっきのおばぁさん、、、」
その先頭にいたのは、つい先ほど見かけた農服の者達だった。
彼らの瞳孔は、縦に細く割れていた。
受付「クソォ......、彼奴ら、人狼だったのか、、、」
狼。又の名を、人狼と言う。
一瞬の出来事だった。
いつの間にか僕達二人を取り囲んでいた大勢の農服達は滲み寄りながら、次々と狼に変態していった。