6(二),都会の余熱と冷めた人
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そんな訳で、僕はいま受付さんと[中央街の教会]を再び訪れている。
目的は、[中央街の教会]への挨拶と言うか、要は他の教会の近くで活動をする事を形式上で許可取りに行くのである。
正直、狼騒動をほっぽって建物に戻ってしまう者等に挨拶などしたくもないが、形式がそういう形式なのだから仕方ない。
教会の前を訪れて、一人の男性と目が合った。
中央街の魔女「オマエは...」
シン「あ、この間の」
前回、教会前で市民の老婆と問答をしていた人だ。
気は乗らないが彼と握手を交わして、僕らは教会の中へと入った。
堂内の奥では、それなりの身なりをした細身の男性が僕らを待っていた。
中央街教会の当主「ああ君らが例の」
受付「何だ、まだ通書などは送ってないはずだが」
当主「隣の彼のことなら聞いたよ、ウチの教会の前で狩りの依頼を引き受けたって」
受付「お前...、よりによって他所の教会の前でか......」
シン「え。あ、すみません?」
受付「まったく」
教会の当主が続けて話す。
当主「私は彼と話を付けてくる。その子の案内宜しく」
魔女「はい」
受付さんはその当主に連れられて、教会の奥へと向かっていってしまった。
僕は今、最初に会ったその魔女のオジさんと二人きりになっている。
シン「......」
魔女「......」
シン「...あの」
魔女「なんだ」
シン「案内してもらえますか」
魔女「フン」
この教会の内装はと言うと荘厳華麗を描いた様な感じで、いかにも皆が想像するような教会らしい教会といった様相であった。棚には、凝った装飾の施された売り物がズラリと並んでいる。
魔女「案内すると言ってもウチらは狼狩りはやってねえ。正直案内する事なんて無いんだがな」
魔女「金も掛かるしな。人死にを考えれば狼狩りは”割り”に合わん」
そして案内をする彼の発言といえば”利益が第一”的な言葉ばかりで、頼る人らをまるで見ていない様な物言いであった。
村での任務で僕を助けてくれた、受付さんや[ブラウン]さんとは全然違う。
軽率だったが、思わず口を出してしまった。
シン「......教会って然う云う機関でしょう」
魔女「あ?」
シン「教会って狼を狩る機関でしょう? 僕は、先輩達からそう教わりましたよ」
魔女「機関じゃねェ、稼業だ。生き銭を稼ぎに死にに行くヤツが何処にいるよ」
魔女「オレ一人が勇敢に死んだところで如何なる。何の生活の足しにも為らん。誰が魔女に対して餞別なぞ送るか」
薄情な人だ。
だがこうも思う、世知辛い話だと。
魔女「フン。羨ましい限りだな。[辺境の地]の奴らは、都心部の教会等と違ってどこ行っても己れの好き勝手に振る舞える様だ」
[辺境の地]とは、僕らの教会が拠点を構える地域一帯の事だ。
シン「何のことです」
魔女「[辺境の地の教会]の奴らは、礼儀も遠慮も無えって事だよ。土足で他所まで上がり込んで来るなんて、ちゃんと新人を教育して無ぇようだな」
なッ、何だその嫌味な態度は。僕が他の教会前で依頼を引き受けたのは軽率だったのかも知れないが、それでも僕の未熟さを教会の責任にしないでくれないか。
魔女「強い魔女が好き勝手に活動しまくるから、教会の印象が悪くなるんだよ。おかげで弱い魔女が食いっぱぐれる」
シン「...何の話ですか? 僕が無礼を働いたのなら謝ります。でも僕の無礼を、僕の教会の所為にすり替えるのはやめてくれませんか」
魔女「ガキの癖に威勢が良いじゃねぇか」
明らかにケンカを売られていた。
言い合う自分らの脇で作業をしている他の魔女らは、知らぬ顔で今も作業を続けては居ても、皆横目でこちらの様子を伺っている。
要は、中央街の教会は僕らの競合他者なのだ。いま考えれば僕はその者らの前で仕事の依頼を引き受けていたという訳だが、この時の自分にはまだそんな思慮深さなどは無かった。
シン「名前は何て言うんですか」
魔女「あン?」
シン「名前を知らないと、次に言い返しに来るときに貴方を探せないじゃないですか」
魔女「......ブフフッ、随分豪胆な物言いだな。誰が新参者に名前など教えるものか」
シン「...ええと、じゃあ、イヤミさん」
魔女「......何だって?!」
彼は驚いて聞き返してきた。
シン「だって名前教えてくれないじゃないですか」
魔女「誰が嫌味さんだ?! オレの名前は[スーネオ]だ!! 二度とその唐突珍妙な呼び方で呼ぶな!?」
シン「すっ、すみません......」
…ちょっと流石に軽率に名付けすぎたかな。
当主「おい、お前たち如何した?」
スーネオ「あ、いえ...」
奥から、受付さんと教会の当主が戻ってきた。どうやら受付さんがこれ迄の経緯の説明をしていた様だ。
自分にはまだ理解できない様な、そんな小難しい金銭面の話を続けている。
当主「それで自治組合からの報酬の支払いはどう取り次いだんだい? 狼騒動と言えど今のところは只の噂に過ぎん」
受付「狼が居なければ報酬は零で良いと頼めば済むだけの話だ、自治組合には然う説得した」
受付「街のいち市民が実際に狩りの報酬を払うとも思えんし、なら自治組合に報酬を頼るならば、他に方法はあるまい」
当主「まったく、君らの事はよく知らんがとんだ孝行人だね。噂話相手にタダ働きカクゴなんて、言葉通り取り越し苦労だ」
受付「”狼は狩る”がウチの教義だ。必要かもしれないから来たに過ぎん」
当主「まぁここらでの聞き込みは許可するが、余りウチらを巻き込まんでくれよ。僕らは武闘派じゃないんでね、死人は出したくない」
話が済んで教会を出てから、あの教会当主の言葉を少し思い出した。
死人は出したくない、か。
[スーネオ]さんには、生き銭を稼ぐのに死にに行くのがおかしいと言われて反発はしたが、実際依頼で死にかければ僕もそう思う様に成ってしまうのだろうか。
受付「あとは狼を見つけるだけだな。......おまえなに身構えてんだ?」
シン「え? これから狼狩るんですよね?」
受付「まだ気張りすぎだ...。おまえ教会内でなにかあったのか?」
シン「イイエ、なにもありません!」
受付「あんま気張るな、狼狩りはまだまだ先だ。まずは、狼の証拠を集めんとな」
受付「とりあえずその、以前に教会前で騒いでたとかいう婆さんに話聞くのが早いか。そいつを探しつつ狼の目撃情報も一緒に聞いて回ろう」
そうして[都心部]の街中を練り歩いていた折の話である。
一人の物売りが声を掛けてきた。
中央街の物売り「装飾品はいらんかね。碧い琥珀を使った特注モノだよ」
受付「何だお前は。供物にも金にもならんモンなんぞ要らん、ガラクタ売りつけるな」
なんだか物を買うまで付いて来そうな様相の物売りだ。
物売り「いやいや、これ自体は中々貴重な石だぜ。ま、内側にちょっと汚れも混じってるが」
受付「やっぱり安物じゃねえか」
物売り「イヤイヤ、ちょっと濁ってるけどホント良い品なんだって...」
街中にて、物を買わせたい物売りと買いたくない受付さんの間で、問答のし合いが起きている。
物売り「アンタ魔女だろ? そんなにケチケチすんなィ今なら割引してあげるよ?」
受付「"いつも"割引してるの間違いだろ」
物売り「...んだよ金持ってんのにツレない魔女だな。買ってくれたらオマケで"情報"も付けてやったってのに」
受付「...何だと?」
物売り「アンタら[都心部]外の魔女だろ、今の時期にわざわざ部外者がここに来る理由は一つ。ここで起きた狼騒動の目撃情報を探してんだろ?」
ここにきて急展開だった。彼は狼の情報を知っていると言う。
受付「如何してそう思った」
物売り「ここら辺の住民はみんなその話で持ち切りだよ。それ以外の理由なんて思いつかんね」
噂は、そんなに出回ってるのか。
受付「で? 情報の値段は幾らだ」
物売り「ま、安めに見繕ってこのくらいかな」
シン「......エっ、高!!」
物売り「いやいや、これ以上は値引き出来んねェ......」
明らかにぼったくり価格である。
受付「じゃあそれで良い。はやく寄越せ」
シン「えっコレ買うんですか?!」
受付「そうじゃないと話が進まん」
物売り「毎度ありィ」
こんなにぼった値段の売り物に対しても、受付さんは情報を買うためだけにポンとお金を出してしまった。
さっき受付さんと[中央街の教会]の当主が教会内で話していた話。
『狼が居なければ、報酬は零で良い』
不確かな情報を買うためのだけにも、自教会の資金をポンと支払い、狩りが遂行できなければ報酬は無しで良いと言う。
これが[辺境の地の教会]の狩りへの姿勢なのである。
端から聞けば美談だが、だがそんな姿勢を継続し続けるのは、端から見れば酔狂でしかない。
物売りが話し始めた。
物売り「で、狼は何処に出没したと思う?」
探している狼の目撃情報である。
物売り「......水堀の内側だよ。つまり[都心部]の内地、周りの水堀を越えた人里すぐの所に、全身水でビシャビシャに濡れた狼が居たんだとよ」
受付「...水堀の先に?」
シン「えっそれつまり......」
シン「狼が、水堀の中を泳いで越えてきたって事ですか? だって、狼や鬼って水に入れないんじゃ......」
物売り「だから噂になってんだよ...! 水堀を越えて狼がこの[都心部]内に侵入してきたとなれば、この大都市が安全だという”聖域視”が崩れる。ここには他の村々じゃ為し得ないような”大規模居住”が成立してるんだ。この前提が崩れれば、都市の混乱は必至だぜ......!」
物売りは大ゲサに言う。
受付「ちなみに、その水堀の件の噂も広まってるのか?」
物売り「いいや? オレが特別に仕入れた話よ」
シン「......それ、まさかタダの作り話じゃないですよね、まさかそれで僕らからお金を」
物売り「いやいやイヤイヤ、コレはホントの話だぜ......」
物売り「心配ならオレの話の出元を教えてやるよ。この話がウソだったら其奴がウソ付いてただけだからな、嘘話だとしてもオレは何も知らん」
受付「ッチ、で噂の出元は何処に居るんだ」
物売り「[都心部北方街]方角の母屋だ。北方側の水堀沿いで狼を見たらしいぜ」