フライパン乙女は攻略対象者と出会いたくないっ‼︎
「たのも〜! 『待たせたな。小次郎』」
「『遅かったな。臆したか。ムサシ』っていつも思ってるけど、この合言葉はなんなの? そもそも誰だよ、ムサシとコジロウって」
幼い頃からのコゼットの協力者は文句を言いながらも、キィキィと鳴る蔓を巻きつけた古い扉を開けた。
どんな理由があるのか。絶対、自分の顔は見られたくないと彼は顔半分を黒いローブで隠していた上、目元まで仮面で覆っているという徹底振りなので、コゼットは長い付きあいなのに、いまだ彼の顔を見たことがない。
この扉は誰にでも開かれるものではなく、部屋の主が承諾した相手でなければ開かない仕様となっている。
「うん? 聞きたい? これはね。前世で私が好きだった……」
「それって長くなる話? きみのことだから、僕には興味がなくても、勝手に話を続けるよね。早く、入ってよ」
前世のことを話しても、彼はまたコゼットがおかしなことを言い出したと思うだけだろう。
コゼットが部屋に入ると、相変わらず、使いどころが分からない魔法具で部屋が埋めつくされている。一体、彼はどこで眠っているんだろうと考えつつ、コゼットは適当な魔法具を下ろして腰かけた。
「フェルはここ最近、忙しかったの?」
「僕はきみと違って暇人じゃないからね」
一応、彼にも客人を持てなす気持ちはあるようだ。作業台でお茶のようなものの準備をしている。
私だって家の建て直しや自分を必要以上に構ってくる、義母と義姉。そして、土下座してくる妖精のせいで忙しかったわよ‼︎ とコゼットは心の中で叫ぶ。
先程から彼のちくちく言葉に苛々としていたコゼットだったが、自分の目的の為には我慢だと、一度、立ち上がると、彼が戻ってくるまでスクワットを始めた。
「急になにしてるの?」
フェルは異様なものをみた反応をすると、コゼットの前に緑色のスライムのような物体を置いた。
初めて会ったときにも出された物体に、京都のぶぶ漬けのようなものかとコゼットは考えたが、通っているうちに今にもビーカーから這い出してきそうなドロドロとした液体が、薬草茶だったことを知った。
これは飲むゼリーなんだと、コゼットは自分をごまかしつつ飲む。
「知らないの? フェル。筋肉は全てを解決するのよ」
「はぁ? で、今日はどうしたの? コゼットがくるのは僕に頼みごとをするときしかないでしょ?」
コゼットの腹心メイドであるアンナには夢見る少女ですかと呆れられたが、この世界にも魔法を使える人間は存在する。
ただ、魔法能力を持つ者は絶滅危惧種のような存在だ。魔法が使えることで迫害されたり、実験体として扱われる可能性を恐れてか、彼らは身を隠して生活をしている。だからこそ彼らと会いたいと思っても、探しだすのは不可能に等しい。
しかし、コゼットには前世の知識があった。
ゲームのコゼットは怪しい魔法具店を好感度アップの買い物をするために利用をしていたが、新コゼットは怪しい魔道具になんて興味はない。欲しいのは店主の裏に隠れている、魔法使いの存在だ。しかも、ゲームには名前も出てこない非攻略対象者なんて最高じゃないかと、幼い日のコゼットは思った。
コゼットは前世の知識を使って、街でも子供や女性は行かない方がいいと注意をされている裏通りに訪れると、小汚い店の前で屈強そうな男に声をかけたのだ。
「お嬢ちゃん。ここはお嬢ちゃんみたいな小さな子の来る場所じゃねぇぞ」
一見して胡散臭い魔法具店を経営している店主の目の前でコゼットは片手で林檎を木っ端微塵に潰した。
『私のわがままを聞いてくれないと、次はあんたの番よ』
ひげ面の店主を脅し、いやお願いして、こうして、フェルと出会うことが出来たのだ。
*
当時のコゼットの目的は、魔法のフライパンの正しい使い方を知ることだった。
母の日記ではこのフライパンを使って料理を、食べさせた相手の好感度を上げるとしか書いていなかったが、最近の義母たちの様子を考えれば、しっかりとした使用方法を知らないと、いずれ後悔する気がしたからだ。
以前は病弱だった義姉共々、私は王子に会えないシンデレラかとコゼットが嘆くくらいに使用人たちを使っていびられていたが、今では雑巾すら触らせて貰えないくらい過保護になってしまった。義母たちの溺愛ぶりにコゼットは恐れをなし、フライパンの副作用を疑った。
「たのも〜!」
「誰?」
滅多に客なんて来ないのだろう。
扉を開けた黒いローブをまとっている人物は、訝しそうな様子でコゼットを見下ろす。部屋の主がコゼットと同じくらいの歳をした少年であることだけが分かった。
「店主から聞いてないの? あんたのお客さまよ?」
コゼットは目の前の少年の胸元に金貨が入ってる巾着を押しつける。店主から彼に会うには大金が必要だと聞かされたからだ、相手が此方の用件を断れない内に先手必勝で渡した方がいいとコゼットは判断をした。
少年はつまらなそうに巾着を再度、コゼットの手に握らせた。
「あんたと会うにもお金が必要だって聞いたんだけど。お金がいらないなんて、ま、まさか、あんた、私に一目惚れしたんじゃ」
魔法使いは攻略対象外のモブだから、コゼットに惚れないだろうと思っていたが、ヒロインの魅力は攻略対象者以外にも響いてしまうのかもしれない。
美しさは罪というやつだ。
「はぁ? なに、言ってるの? そもそも、僕はお金なんてとったことなんて一度もないよ」
「でも、あの店主、あんたに会うにはって、私に大金ふっかけてきたわよ?」
それこそ、平民が暮らす給料半年分を情報力として渡すしかなかったのだ。おまけに彼と会った時にも渡せと金銭を要求してきた。
少年はコゼットをみて、納得した様子で頷いた。
「なら、今頃、店主の私腹を増やしただろうね」
「なんですって‼︎ あのひげ〜っ‼︎ 渡したのは、私のなけなしのお小遣いだったのに。あのひげはよっぽど新鮮な林檎ジュースになりたいようね」
「まぁ、いいや。入ってよ」
コゼットと入り口前で押し問答していることに疲れたのか、少年はコゼットを家の中に案内する。
「触ったら危ないものもあるから、珍しいからって触れないでよ」
「はいはい」
「……で、少年、あんたの名前は?」
「今後、僕はきみとは関わりたくないし、言わなくていいんじゃないかな」
「もしかしたら、会いたくなるかもしれないでしょ? あんたが攻略対象者なら、今ごろ、ヒロイン様の魅力に屈服しているはずよ!」
「魅力?」
「あっー‼︎ もうっ‼︎ 私の名前はコゼットよ。これで教える気になったでしょう?」
「……僕の名前はフェルだよ。それで、きみは林檎ジュースにしたい店主から、僕の情報を買ったんでしょう? あの店主も駄目だな。女の子に脅されたくらいで、この場所を教えるなんて」
フェルはため息を吐くと、コゼットに手を差し出す。
「なに? 私と握手でもしたいの?」
「違うよ、きみ、持ってきたんでしょ? 魔道具。鑑定しないときみは帰りそうにもないし、特別にみてあげる」
コゼットはフライパンを少年に手渡した。
「店主から聞いたかもしれないけど。これが魔法のフライパンよ。使い手が作った料理を食べると、相手のことを好ましく思うの」
コゼットがフェルにフライパンを渡すと、彼はフライパンに手をかざしてゆく。
「……きみはこのフライパンで傾国でもしたいの?」
「どういう意味?」
「このフライパンは魔道具というよりも、危険な呪物だ。このフライパンで料理をしたものを相手が食べ続けたら、きみのことが好きな気持ちしか残らない廃人が出来上がるだろうね。きみが一国を乗っ取ろうと思えば、侍女にでもなりすまして、王族の口にでも料理を入れたらいい。簡単に一国すら落とすことができる」
この話を聞いたコゼットはぞっとする。皇太子は人形のような美青年という攻略情報があったが、ゲームのコゼットが皇太子ルートでは料理を食べさせて人形のようにしたんではないかと思い当たったからだ。
「……なるべく、使わないようにするわ」
「その方がいいね。きみが使い続ければ、気づいたお偉方によってきみが消される可能性が高いし」
「フェルはなにも言わないの? 私がこのフライパンを持ってることについて」
良識のある人間なら持っているのも危険だから、フライパンを手放すか、使えないように壊せと言ってくるだろう。
「きみは自分の得になることしか使わなそうだけど、相手を廃人にしたいとまで思わないだろう?」
こうして、フェルとの縁を得たコゼットは、その後、フライパンのメンテナンスや愚痴をいう為に、彼の家へと通っている。
*
「このフライパンの殺傷能力をあげてほしいの」
「なんて?」
「だから、フライパンの殺傷能力をあげたいのよ」
フェルは頭が痛くなったように手をローブの額部分に当てる。
「どうして? って聞いていい? 聞きたくもないけど」
「フェルは世情に疎いから知らないかもしれないけど。第二王子のことは知ってる?」
「うん」
「その人から妖精に近づく男を徹底的に排除しろって言われたのよ。もしも失敗すれば、私の命の方が危ないわ」
部屋の温度は一定に保っているはずなのに、コゼットは第二王子のことを口にしただけで、寒くなってきた気がする。
「それにもしもよ? 相手に逆恨みをされても怖いじゃない。だったら、最初からとどめをさした方が相手の為だとも思ったのよ。どうせ、第二王子がぞっこんだと知りながら妖精に声をかけようとした命知らずですもの。早いか遅いかの差だと思うし」
「……いつからきみのフライパンは、武器になったの。それに、きみよりも高位な相手ならどうするのさ」
「第二王子も責任はとるって言ってくれたわ。隣国に逃げ、いえ行こうとしたら妖精にとめられたし。だったら、またフライパンを改造するしかないじゃない」
相手の好感度が上げられるなら、下げられもするのでは? と追加効果を加えてくれたのはフェルだ。
しばらく向き合っていたふたりだったが、折れたようにフェルはため息を吐く。
「だったら、フライパンで叩いても殺傷能力はなくして、気絶するだけにしよう。記憶も消せばいいだろう? くだらないゴシップ紙に『フライパン殺人事件』なんて、容疑者にきみの名前をみるのも嫌だし」
「ありがとう! フェル‼︎ これで、フライパンを遠慮なく使えるわ‼︎」
「……ほどほどにね」
*
コゼットが帰ったあと、フェルが呪文を唱えながら、古い扉を触ると、金や宝石を持ちいた豪華な扉に変わる。ドアノブを開ければ鎧を着た青年が、彼に文句を言ってきた。
「どこに行ってたんですか!」
フェルは男の言葉には答えずに黒いローブと仮面を手渡す。
「フェルゼン様‼︎ 護衛をあれほどつけろと何度、言えばいいんですか。貴方はこの国の」
「……そんな大きな声で言わなくても、分かってるよ」
男に面倒くさそうに返したのは、黒髪に金色の瞳を持ったこの国の皇太子フェルゼンだ。
コゼットはあれほど関わりたくないと言っていた攻略対象者と自ら、進んで関わっていたことを未だ、知らない。
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