数谷先生の挑戦状<解答>
「答えは『ようこそ阿吽高校へ』ですよね? 数谷先生」
自力で解いたわけではないにも関わらず、得意満面にばーんと暗号の回答を突きつける縁熊に数谷先生は大して驚いた様子もなく「そうか、一応理由を聞こうか?」と気だるげに尋ねる。
「この数字が現しているのは、五十音ですね。『1』は最初の『あ』、『50』は一番最後の『ん』……それに当てはめて、五十音の何番目かに当てはめれば『ようこそあうんこうこうへ』という、挨拶代わりの答えになるんですよね?」
自信満々でそう伝える縁熊の後ろで、俺はこの暗号を解いた時のことを思い起こす。
数谷先生が「小学生でも解ける」ではなく「小学一年生」と強調するのも、これなら納得できる。小学校に入って一番最初に習うそれ、ひらがなの表を見ればすぐにピンと来るだろう。他の先生から「簡単すぎる」と言われるのもそれなら納得だ。
どうだ? と考えながら数谷先生を見ればあっさり「はい、正解」と全くやる気のない拍手を送る。
「この手の、数字を文字に当てはめるタイプの暗号はSPIとか公務員試験でもたまに出るからな……それじゃ、俺からの賞品はこれだ」
ダラダラ語る数谷先生は、机から何かビニール袋を取り出す。「商品ですか!?」と目を輝かせる縁熊が、その中身を確認するが現れたのは、大量のお菓子やお茶――の包装紙だった。
「……何ですか、これ」
「いや、俺の娘が学校でベルマーク係になっててな……マークの部分だけきちんと切り取って、それだけ俺に返してくれないか?」
「え、は……?」
「残りの包装紙はお前たちにくれてやる。えーっと、あれだ、季節限定のパッケージとかコラボパッケージとかあるからそういうのをDIYとかで有効活用してくれ、それが俺からの賞品だ」
「いや、それ完全にベルマーク切り取りの手間を俺たちにやらせてるだけでないですか!」
「違う、これは立派な商品だー」
力強く言い切る数谷先生だが、完全に棒読みだ。……面倒な作業をこれ幸いとばかりに、俺たち生徒に押し付けるつもりだな……じとっとした目を向ける俺と縁熊を前に、数谷先生はちょっと申し訳なさそうな顔をしながら「すまん」と呟く。
「娘が大量のベルマークをたった一人で切るのが、あんまり大変そうだったから……俺の暗号は比較的簡単だし、他の先生たちはちゃんとした賞品を用意しているから、その……ごめん、頼む」
しょんぼりした様子の数谷先生に、俺と縁熊は顔を見合わせる。
数谷先生は、いつもダルそうで授業中に関係ない話を挟むこともしばしばだが娘の話をする時だけはどこか優しい。どこにでもいる普通の父親、娘を思う普通のおじさん。そんな、人間的な面を見せられればそれを無下に断るなんて選択できるはずもなく……
「……わかりました。このベルマークはきちんと、俺たちのクラスが綺麗に切り取って先生にお返しします」
返事をする俺の隣で「えっ!?」と声を上げる縁熊に、言い含めるように俺は口を開く。
「これから後、四人の先生の暗号も挑戦するんだろ? だったらこの数谷先生の頼みも引き受けた方がいいだろうし……クラスのみんなは俺らで説得しようぜ」
「うー……さんしーがそう言うなら……わかった、その代わり後の四人の先生の暗号解読にも絶対協力するのよ! わかった?」
やや不満げに、それでも数谷先生のベルマークをしっかり受け取った縁熊に俺は「はいはい」と苦笑交じりに返すのだった。