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グレン大全集

ダークナイト

 ダークナイト


 大陸の西北に小高い台地と周辺の断崖により周辺諸国から地理的に隔離された小国があった。大陸大横路と、大陸大縦路からは程よく離れているため、その存在は周辺国にしか知られていなかった。

 しかもこの小国は、この台地からは決して版図を広げないよう神々に誓約をしていたため、歴史をにぎわすことはほとんど無かった。

 そんな小国には、太古の秘儀、秘宝が伝わるという。

 その中には、魔道三大祖の一人、大魔道皇ブハグイッチンスより賜った王国の危機を知らせるという魔鏡もある。

 周辺諸国の侵攻は早急に察知され、侵攻を主導した者は王であろうと一介の策士であろうと、すぐさま名指しで処刑宣告の伝書を受ける。

 これまでの歴史の中で、五度、公に死刑宣告が執り行われた。

 死刑執行人は、小国でダークナイトと呼ばれる特殊騎士職であった。

 この国のダークナイトは、当代随一の剣士が任命される。

 任命された者は、太古の秘儀をほどこされ、剣技、体術はそのままに、その他一切の記憶と感情を消され、代わりに身体能力は飛躍的に強化され、漆黒の甲冑を身にまとい、黒鋼の刀国宝黒影刀を帯刀し、いついかなる時も王のそばにまるで影のように侍る。

 その責務は、王家に仇なす者を天下にかかわらず誅する。

 すなわち、王家に逆らうものはたとえ自国の識者であろうと、他国の王だろうと問答無用で殺するという、平たく言うと暗殺者である。

 王のそばからダークナイトの姿が消えると、死人が出る。

 それは公然の秘密であった。

 そんな小国に賢王と名高いウンロダート王の御代があった。

 治水を得意とし、台地に田畑を増やし、国民の生活は著しく豊かになった。

 そんな賢王には二人の王子が居た。

 兄の王太子イルファは陰険で粗暴、何かというと妖しい識者を集め、太古の秘術を試していたという。

 なぜ賢王からこのような輩が排出されたのか。そう人々の口端に上るほどであった。

 弟のダフォル王子はそんな兄を何とか諫め、あげ奉り献身的にサポートをしていた。

 十代で国王軍の将軍を任命されるほど武勇にも優れ、かつ聡明で秀麗であった。

 この王子が王太子であったなら、そう国民のだれもが思っていた。

 そんなダフォル王子が二十歳になる前の週の夜だった。


『ぐうぉーお』

 聞きなれぬ獣のような雄叫が、王宮内に響き渡った。

「父王陛下!」

 真っ先にその叫び声の発した部屋、王の寝所へ駆けつけたのはダフォル王子であった。

 鍵のかかった両開きの大扉を力いっぱい引っ張ったが、びくともしない。

「父上、返事を!」

 扉を引っ張り、又は叩きながら、ダフォル王子は叫び続けた。

 しかしその足元、大扉と床の隙間より、不吉な赤黒い液体がにじみ出てきた。

 一瞬たじろいだダフォル王子だったが、そのまま今度は大扉へ体当たりをかました。

 その時にはすでに騒ぎに気付き衛兵たちが十数名駆けつけていた。

 その中の一人が大斧を抱えていた。

 ダフォル王子はその大斧をひったくると、扉と扉の隙間に打ち込んだ。

 バキンと音がすると扉はゆっくりと開いた。


 どーん。

 扉が開くとともに、扉の取手より下から賢王ウンロダートの上半身がゆっくりと、仰向けに倒れてきた。

 まるでそれまで扉に背を預け座っていたかのようだった。

 その頭頂部は、ザクロがはじけた様に裂けていた。

「父上―」

 グワンと大斧を投げ捨て、ダフォル王子は父王の亡骸に駆け寄り膝をつき抱きかかえた。

 あまりにも無残な父王の姿に、ダフォル王子はその躯を抱きしめ泣き叫んだ。

 しかし、そのダフォル王子の慟哭は、長くは続かなかった。

「弟よ、見たぞ。貴様が父王の頭をかち割ったのを」

 その声は、冷気を帯びたナメクジのように、人の耳に嫌悪とともに這い込んできた。

 父王以外は誰もいないはずの、寝所の奥から発せられた呪いの言葉だった。

 ダフォル王子が視線を送った先に、兄の王太子イルファが立っていた。

「兄上、父の寝所で何をなさっておられましたか」

「聞こえなかったのか、お前が父王を殺すところを見ていたのよ」

 ダフォルの問いを遮るように王太子イルファは言い放った。

「まさかっ!」

 確かに父王がおられた扉のすき間に斧を穿ったが、両腕に残る感触は金属の留め金が断ち切れるものであった。

 人の頭をかち割れば感覚で分かる。

 金属とは全然違う、間違えようがない。


 しかし、投げ捨てた斧を見ると、確かにその刃には赤黒い血痕がある。

「私が、私が父王を、殺したの、か・・・・・・」

 ダフォル王子は膝をついたまま、その場で天井を仰ぎ、その瞳孔は目まぐるしく乱れ動き、その口からは声にならぬ何かが発せられていた。

 衛兵たちはどうしたらよいかわからず、小声で隣の者と囁きあった。

「静まれ!たった今より、余が国王である。ダークナイト、何処に居る!」

 王太子イルファが、これまで誰も聞いたことが無い覇気を含んだ声を発した。

「はっ」

 廊下の奥より、影が揺らいだと思ったら、そこに黒騎士が現れた。

「貴様は何をしておった。先王ウンロダートがたった今この愚弟、ダフォルによって殺されてしまったではないか!」

 黒騎士はおぼつかない足取りで、亡き王のもとへ駆け寄り、漆黒の兜と面頬を脱ぎ棄てた。

 傍らに佇むダフォル王子を睨みつけると、憤怒の形相で捕えようと手を伸ばした。

 その背後から王太子イルファが、ダークナイトの首を一閃、弾き飛ばした。

 キン。

 首を飛ばされたと思ったダークナイトは、寸でのところで身を翻し、王太子イルファの剣先を、抜刀した国宝黒影刀で弾いていた。

 ダークナイトの表情には、明らかな狼狽の色が見られた。

 忠誠を誓った国王が亡くなり、秘術が解けていたのだ。

「皆の者、見たであろう。たった今このダークナイトはこの国王で有る余に刃を向けた」

 冷酷な眼差しで、ダークナイトを見据えた。

「王太子イルファ殿下、お待ちください。私はこの国に、王家に忠誠を誓い九年ダークナイトを務めてまいりました。決して殿下に刃を向けたのではございませぬ」

 ダークナイトは片膝をつき頭を垂れた。

「捕えよ」

 忠義を謳う者への返答は、無常の一言で帰ってきた。

 その場に冷たく反響するその声は、まるで井戸の底から聞こえてくるように冷たく重い。

 その口調は、眼差しと同じく冷酷で、絶望をはらんでいた。

 イルファは左手を上げ、1回だけ軽くひねった。

 それは周囲の近衛兵にダークナイトだった者を捕縛させる合図だった。


「さて、愚弟よ。お前の命はたった今、余が救ってやった。乱心したダークナイトだった者からな」

 イルファの口調はどこか明るい。

 口端は上がっているのか。

「魔道の者を呼べ、すぐに余のダークナイトを誕生させる。一刻も早くだ」

 王太子イルファは空いている片腕を高々と上げ、空中で彼にしか見えない何かをゆっくりと握りしめた。

 しばらくすると、ザラザラと衣擦れを発しながら黒い影のような魔道の者が六名やってきた。

 やってきた以外の表現がうまく当てはまらぬ。

 歩くでも走るでもなく、黒い影が床を這ってザラザラと移動してきたのだ。

 腰をかがめているのか曲がっているのか、みな低身長である。

 黒紫のビロード生地のローブを、顔が隠れるほど深くフードを被る様は闇そのものを纏いし者のようであった。

「お呼びですか殿下」

 しわがれた、それでいて脳内にはっきり響く不思議な声を発したのは、一番先頭を這いずっていた魔道の者だった。その者がフードを外し恭しく一礼した。あらわになった顔は、声とは不釣り合いな精気にあふれた四十代くらいの男で、姿勢を正したのか気が付けば、近衛兵よりも大きな偉丈夫であった。この男が魔道の長のようだ。

「ダークナイトの秘術は解かれたぞ。父王が崩御されたことによって。そして、たった今、余が玉座についた」

 そこまで一気にイルファが語ると、魔道の長は何かを察した。

「……では陛下、秘術の準備を始めましょう」

 偉丈夫が片手を軽く振ると、膝丈くらいの黒い五つの影、五人の魔道の者のうちの二人が、これまたむくりと起き上がったと思うと、魔道の長と同じくらいの大男となり王太子イルファに一礼をし、その動作のまま消え去った。

 一同は驚きと共に得体のしれない畏怖をこの魔道の者たちにいだいた。

「陛下のダークナイトには、どなたを任命いたしますか。その者をここへお連れください」

 その声はやはり、しわがれた老人の声であった。

 王太子イルファは、爛と瞳を輝かせ、剣先を弟ダフォル王子に向けた。

「あの者が、余のダークナイトである」

 一瞬の静寂の後、さすがの近衛兵たちもざわついた、しかし兵たちは成り行きを見守るしかなかった。

「ダフォル王子が当代随一の剣士。そう仰るのですな」

 魔道の長が念を押す。

「そうだ、余はダフォルが負けたことを見たことがない。そうだな、誰ぞダフォルが膝をついたのを見た者はおるか」

 周囲をゆっくりと見渡しながら、満足そうに頷く。今度の静寂は王太子イルファがまた語り出すまで続いた。

「だれも異論は無いとな。では老師、さっそく儀式を行ってくれ」

「では」

 魔道の長は先ほどと同じく片手を振ると、ダフォル王子の両脇へ二つの黒い影が移動をし、また二人の大男へと変貌した。

「ダフォル殿、貴殿を黒影塔へお連れする。その間に願いを一つ思い浮かべよ。秘術の代償とし、その願いを魔道の名のもとに叶えてやろう」

 魔道の長はダフォル王子の左耳にそう囁いた。

 ダフォル王子のうつろな瞳に映る魔道の長の口元は薄笑みを湛えていた。

 二人の魔導士に挟まれたダフォル王子はその場から音もなく消え失せた。

「では陛下、我々も儀式の場へ急ぎましょう」

 残った一つの影がむくりと立ち上がり、魔道の長と王太子イルファを挟むように並ぶと、三人はその場からこれまた消え失せた。

 残された衛兵たちはただ立ちすくむだけだった。


 賢王ウンロダートの葬儀から七日後、王太子イルファは正式に戴冠し国王となった。

 その傍らには二本の黒い柱のように、黒紫のビロード生地のローブを纏った偉丈夫と、漆黒の甲冑を全身にまとい、艶消しの黒い面頬で顔の大半を隠され、微動だにしない騎士が侍っていた。

 魔道の長と、新しいダークナイトである。

 この二人に守られて新国王イルファはこの世の春を迎えていた。

「狂王子だ、愚息だと余を蔑んできた愚民ども、絶望せよ。愚王のように死という簡単な罰では許しはせぬ」

 そう呟いた。


 国民へ新国王の挨拶をしに、城のバルコニーに姿を現したイルファ王は、こう切り出した。

「親愛なる余の民たちよ。先王ウンロダートの不幸な死は、深い悲しみであり大きな失望である。余は父と弟を一晩で失くした。聡明な弟ダフォル王子の凶行は今も信じられないが、余の目の前で起きたこと、余が証人では覆るはずも無い事実だ。ダフォルの極刑は免れぬ」

 城外の広場に集まった国民から、深い悲しみのため息と、すすり泣く女の声が聞こえてくる。

「余は先王のように使えぬダークナイトは要らぬ。本当の当代随一の剣士にこの国の守護を任せることにした。—ダークナイトよ、これへ」

 イルファ王は仰々しく新ダークナイトをバルコニーの最端へ招き入れた。

「最強の剣士にして、キングスレイヤー、父殺し。この男こそ我が剣、愚弟ダフォル王子、こ奴が新たなダークナイトよ」

 漆黒の甲冑の騎士の面頬を、イルファ王は無造作に剝ぎ取った。

 そこに現れた秀麗な顔つきはあのダフォル王子のモノであったが、いつもそこにあった明るい笑顔はなく、表情が、感情が、皆無であった。

 剥ぎ取られた黒い面頬の方が、よっぽど表情があるように思えた。

 もはや本人の意思は、どこかに消し去られてしまっているようだ。

 広場からはいくつもの悲鳴が上がったが、イルファ王は構わずダークナイトのお披露目を続けた。

「ダークナイトよ、初めての任務を与える。下に降りてあの者の首を刎ねよ。その者の罪は、そう、職務放棄だ」

 イルファ王はそう言って、広場の奥の一角を指さした。

 そこには、先日近衛兵に連れて行かれた先代のダークナイトだった男が、五人の衛兵に囲まれ両手を縛られ立たされていた。

「その男が先王のそばから離れたために、余の弟は父王を殺してしまったのだ。奴さえ職務を全うし、その男の弟子である我が愚弟の襲撃を防ぐことが出来れば、今も余は王太子でいられたものを」

 イルファ王はそう吐き捨てた。

 ダフォル王子は、いやダークナイトは面頬を顔に装着し直すと、イルファ王から離れ、バルコニーの奥へ、部屋の中へと消えていった。

 しばらくすると、広場に面した城の扉が開いた。

 ガシャン キー 逆光のせいか部屋の中は真っ暗で何も見えない。

 その闇から、さらに黒い影が現れた。

 漆黒の鎧をまとったダークナイトだ。

 重たい鎧を着けているはずなのに、足音一つしない。

 闇を纏った幽鬼が、静かに滑り歩いているようだ。

 沢山の群衆の中をどのように移動したのか、ダークナイトは、ダークナイトだった男のすぐ脇へ、いつの間にか達していた。

「ダフォル殿下、お目覚めを。ウンロダート王をあなたは殺していない」

 二人の衛兵の槍柄に押され、膝をついた体制で元ダークナイトの男が新ダークナイトへ語りかけた。

「黙れ!」

 右の衛兵が、石突で男の右わき腹を突いた。

 男は顔をしかめたが、縛られた両腕でわき腹を守るように体をねじり、それでも喋り続けた。

「私は拘束されたのち、正気に戻りました。そして、あの日見たことを完全に思い出したのです!」

 現ダークナイトに必死に訴えかけた。

「殿下は無実です。私が証言いたします。目を覚ましてください。ダフォル殿下!」

 男は体の痛みに堪えながら、大声を張り上げダフォル王子へ訴えかけます。

 先ほどの衛兵が、いい加減にしろと男の後頭部を突いた。

 男はバランスを崩し、額を石畳に打ち付けた。

 額を石畳に付けたまま、ついに男はもう動こうとはしなかった。

 ダークナイトは片ひざを折り、元剣術の師であるその男の耳元へ顔を寄せ、何かを唱えるとむくりと起き上がった。

 その瞬間、ダークナイトの周囲に冷気が放たれた。

 ダークナイトは、ついに腰に帯びた大刀黒影刀を抜き放ったのだ。

 刀身は淡いモヤが掛ったように闇がまとわりつき、刀身自体は黒い光を放っているようだった。

 王家の敵は山でも切る。

 と謳われる宝刀である。

 ほとんどの人々はダークナイトが処刑を遂行するのを初めて見る。

 通常暗殺とは、秘するものであるからだ。

 男は観念したのか、はたまたダークナイトの秘術で動かなくなったのか、あれっきり額を石畳に付けたまま微動だにしない。

 ダークナイトが大上段に黒影刀を振りかざし、一刀のもと男の首を刎ねた。

 刀身は黒い光を帯びながら男の首をなんの抵抗もなくすり抜け、首下の石畳さえ通過し、円を描きダークナイトの腰の鞘に収まった。

 その流れる所作は、健在時のダフォル王子のそれを上回る美しさがあるのに、周囲にまき散らす得体のしれない恐怖と威圧感に人々は声を失った。

 男は力が抜けたようにだらしなく胸から崩れ落ちた。

 あまりの速さで首は胴とつながったままのようだ。

 男はきっと切られたことに気付かず、死を迎えたのだろう。

「よくやった、我がダークナイトよ」

 イルファ王はバルコニーで上機嫌に叫んだ。

「かつての師を一刀で躊躇なく殺すとは、ひどい男よ。まぁ、父王を殺す恐ろしく残虐な男だからな、こいつは」

 イルファ王は侮蔑の目でダークナイトを見下ろしていた。

「役目が終わったら、さっさと戻ってこい」

 ダークナイトは男の躯に目もくれず、また音もなく開いた扉の暗闇に戻っていった。

 切り捨てられた元ダークナイトの躯は、いつの間にか現れた二人の魔道の者の外套の陰に飲み込まれ消えた。


 それからイルファ王の元、粛清の嵐が始まった。

 元々期待をされていなかったイルファ王には政敵が多かった。

 前王の主だった重臣は、ダークナイトがイルファ王の元を離れると、ひとり、また一人と消えていった。

 イルファ王が戴冠して3か月が過ぎようとしていた。

 すでに七十八人もの人間がダークナイトに討たれた。

 その中には、ダフォル王子の御学友も何人かいた。

 イルファ王の誘いを断った婦女子もいた。

 そうなるともう、イルファ王の周囲には媚びへつらう者か、粛々と任務を遂行する者かのどちらかしかいなくなっていた。

 その様な国では政は機能せず、腐敗が進む。

 汚職が蔓延し、人々は疑心暗鬼に陥っていた。

 王への貢物と称し、地方官は農民や商人から法外な税を巻き上げ私腹を肥やしていった。

 その様な有様になった国を憂い、とうとうキャプスロック大将軍がイルファ王へ進言をしに謁見の間へ足を運んだ。

 イルファ王は玉座に女性を招き入れ、色とりどりの果物をつまんでは口に運び、種を床に吐き出していた。

 種の散らばった床に、大将軍は膝をつき頭を垂れて願い出た。

「王よ、国民は飢えております。地方官は己の私腹を肥やすために法外な徴税を行っております。これを正すため、兵の派遣を許可していただけないでしょうか」

 イルファ王は大将軍を一瞥もせずに答えた。

「将軍よ、民が飢えて、なーにが悪い。奴らは余を狂王子だ、愚息、愚兄だ、と罵った愚か者どもではないか。王になる者をそのように罵った罰を、王になった余が与えて何が悪い」

 ここまではイルファ王の口調は極めて冷淡ですらあった。

 しかしそこからイルファ王の顔つきが急変し、キャプスロック大将軍を睨みつけた。

「さては、貴様も余にたてつくのか!なら、貴様も王家に仇なす者よ。余の剣ダークナイトの錆となりこの広間のシミとなれ!」

 イルファ王は玉座から立ち上がり、両目が飛び出んばかりに見開き、キャプスロック大将軍の顔に唾をまき散らして喚きたてた。

「おいダークナイト、仕事だ!王家に仇なす者をさっさと切り伏せよ」

 見開いた眼は将軍を睨みつけたままイルファ王はドスンと玉座に腰を下ろした。

 そして右手をだらしなく挙げた。

 その合図で、玉座の陰からより濃い影が立ち上がった。

「ダフォル王子・・・」

 大将軍は、変わり果てた王子の姿に次の句が言えず言葉を飲み込んだ。

 幼き頃は、木剣で稽古をつけたものだ。

 将としての講義もしたし、共に戦場にも出た。

 頼もしい将となったことを喜んでいたのに、なつかしい思い出も、今は空しいだけだ。

「大将軍、足掻いても良いぞ。ただ、我が愚弟の腕前は余より軍閥のお前の方が知っておろう。」

 イルファ王は、両掌で肘置きの先端を握り、首を突き出し、“にたー”と口角を上げ笑った。

「やれ!」

 イルファ王はその滑稽な体制のまま、足だけをバタバタを踏み鳴らし、今か今かと待ち構えていた。

 ダークナイトは黒影刀を引き抜くと、右足を引いて体を右斜め後ろに少し傾け、刀身を右後ろに隠すように下げて構えた。また刃は地面と水平にして柄を腰骨辺りに置くと静かに一呼吸置いた。

 丸腰の大将軍に、なす術は無い。

 ダフォル王子の腕前は、師であるキャプスロック大将軍自身が一番よく知っている。

 ましてやダークナイトとなった今のダフォル王子の一刀からは、たとえ武具一式そろっていたとしても、この広間から生きて出られるとは到底思えない。

 大将軍は明確な死を覚悟した。

 ダークナイトが再び動き出したことに、しばらく人々は気が付かなかった。

 ゆっくりと砂山が崩れるように、上半身が前のめりになったと気が付いた刹那

<シッ>

 黒い稲妻が下から円を描きながら回転したように感じたのは、黒影刀の刀身が黒い光を放なっていて、いつの間にかダークナイトの体の向きが反転していたからだ。

 キン

 黒影刀は鞘に戻った。

 〈ふーうぅぅ〉

 ダークナイトが抜刀してから納刀するまで、その場の誰もが息をするのを忘れていたようだった。

 耳目を一人集めていたダークナイトは、気が付けばイルファ王のすぐ脇に立っている。

 抜刀前の滑稽な姿勢のまま静止してた、その突き出したイルファ王の首が、今ゆっくりと 音もなく下へとズレて行く。

 ぼとっ。

 熟れた果実が地に落ちたような、なんとも嫌な音がした。

「王家に仇なす者、それは兄者であったな」

 ダークナイトの黒き面頬の下から、その感情が全く読み取ることのできない抑揚のない声がした。

 ダークナイトは自らその面頬を外し、ダフォル王子が素顔を取り戻した。

 ダフォル王子は、大刀の柄に両手を置きながら、大将軍キャプスロックへ歩み寄った。

「ダフォル王子、これはいったい」

 死を覚悟してたキャプスロック大将軍は、目の前で起こった事象を理解できなかった。

「大将軍、心配をおかけしました」

 そこには、以前と変わらぬ聡明なダフォル王子が立っていた。

「殿下、いったいどうやってダークナイトの秘術をお破りになったのですか」

 大将軍はこれまで仕えた王の数だけダークナイトを見てきた。

 ダークナイトが王命に逆らうことなど、決して無かった。

 ダークナイト自身の親兄弟の殺害ですら、なんの躊躇も無く、淡々と任務を遂行してきた歴代のダークナイトを、この目で見てきたのだ。

 それが、処刑宣告を発したイルファ王の首を刎ねるなど、前代未聞である。

 ダークナイトが暴走したか、秘術が解除されたかどちらかしか考えられない。

「大将軍、混乱されておるな」

 黒紫のマントを深く被った偉丈夫が目の前に現れた。

「わが師、大魔道皇ブハグイッチンスの秘術は完璧である」

 魔道の長である。

「我らは、師の教えを守り、この小国の王家に忠誠を誓う者。賢王ウンロダート王を殺害した男を、王とは認めない。前ダークナイトが見た真実は、我らも見ていた、あの狂王子が父王を殺し、ダフォル王子へ罪を擦り付けたのを」

 そう語ると、いつの間にか現れた五人の魔導士へ向かい直った。

「解放せよ」

 五人の魔導士は外側を向いて円を描いて立っていた。

 その中心の何もないところに、一枚の扉が現れた。

 その扉がゆっくりと開いた。

「お、お前は、ダークナイト」

 大将軍は目を疑った。

 三か月前、広間にて首を黒影刀で祓われた男が、恐る恐る扉から出てきたのだ。

「大将軍、ここは・・・謁見の間ですか」

 元ダークナイトだった男は、きょろきょろと辺りを見まわした。

 そして、首の落ちた体が座る玉座に目が留まった。

「あれは」

「イルファ王のだ。いや、イルファ殿下の躯だ」

 ダークナイトだった男は、大将軍の言葉ですべてを理解したようだった。

「では、ついにイルファがあの言葉を言ったのですね」

「あの言葉?」

「王家に仇なす者を斬れ」

 確かにイルファは言っていた。

「イルファこそが王家に仇なす者、それゆえ我ら魔道の者はダークナイトの秘術は半分しか行わなかった」

 魔道の長が、いつまでも跪いている大将軍の手を持って引き起こした。

「ダフォル王子は父王の仇討ちを望んだ、しかし簒奪者とはいえイルファは戴冠しており王家でもある。むやみに誅すればダフォル王子も王家に仇なす者とされる恐れがあった、そこでダークナイトの黒影刀に任せたのだ。あれは大魔道皇ブハグイッチンスの秘宝、この王家に仇名すもの以外は切り裂かない。王家に必要な者たちの体はすり抜ける魔刀である」

 だからダークナイトだった男の首は繋がっているのだ。

「ダークナイトが黒影刀で切るのは王家に仇なす者だけだ、かといって王の勅命以外人を斬れぬゆへ、固有名詞ではなく“王家に仇なす者”とイルファが言うのを待っていたのだ。そして、ダークナイトが王の勅命で王家に仇なす者として戴冠者を斬り捨てれば、それは罪にはならぬ」

 魔道の長は多少強引な解釈ではあるが、扉から出てきた七十三名と大将軍へ向かって説明した。

 五名は黒影刀に王家に仇なす者と認識されていたようで、実際に首が斬り落とされていた。

 その者たちは、きっと陰で国を裏切っていたのだろう。

「王子、我らは殿下に忠誠を誓います。我らの王へ」

「我らの王へ」

 謁見の間にいる人々がダフォル王子の前へ跪いて胸に手を当てた。

「我らの王へ」

 こうして小国は平和を取り戻した。


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