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神は祟る  作者: 安芸
第二章 非業の地
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囚われの身

 第二章開始です。

 ハルトオはまっすぐに里長のもとへ通された。

 里長の住まいはなぜか里の一番外れにあり、尖端を斜めに削いでやすりをかけた、高さのある竹の二重柵で厳重に囲われていた。

 ここまで案内してくれた若い衆は、ハルトオを神域を侵した冒涜者というよりも、まるで遠来よりの客人という丁寧な態度で扱った。


「ここでお待ちください」


 しばらくハルトオは座敷の下座につき、正座して里長が現れるのを待った。

 室には火鉢が置かれ、温かい。板の間に獣の毛皮が敷かれ、梁は太く、漆喰の壁には手折りの壁掛けが吊るされている。上座の小卓の上には手焼きの壺に一輪の赤い椿が挿され、彩りを添えている。

 簡素だが趣味がいい。とハルトオが思ったそのとき、人の近づく気配がした。

 横に滑る木造りの扉が開く。


「お待たせしました」


 ハルトオは顔を伏せ、武器も戦意もないことを示すために、両掌をひらき、前に突き出す姿勢をとった。


「顔をお上げなさい」


 ハルトオは従った。


「名をなんと申します」

「ハルトオと申します」

「私はこの里を預かる者のひとりで、里長のレンゲです。そなたはなぜこの里に連れてこられたか、わかりますか」


 レンゲは五十代くらいの、眼の美しい、やつれた面持ちの女性だった。頬がこけ、ひとつに結った髪に艶はなく、痩せていて、上背よりも小さく見えた。

 里長と言うには、やや貫録にかけている。

 だが口にはださず、ハルトオは畏まって額を床に擦りつけた。


「禁足地に迷い込み、神域を穢してしまったこと、深くお詫び申し上げます」 

「その結果、どうなったことと思います」


 ハルトオは拳を握りしめた。緊張するあまり、胃がぎゅっと絞られるようだ。


「お聞かせ下さい」

「神がお目覚めになられたと、報告がありました。いまはまだうつらうつらとしておられるようですが、ここ数日のうちに完全に意識を回復されるとのことです。このままでは、この里はおろか近辺の集落まで、いいえ、下手をすれば西国全域にも害が及びかねません」

「それほど強い神なのですか」

「九文字名の荒ぶる神――祟り神です」


 ハルトオはぞくっとした。

 戦慄が身の内を奔る。九文字名。それも、祟り神とは。


「永の歳月眠りにつかれていた分も、神力は蓄積されているはず。覚醒後は、いったいなにが起こるのか、私でもわかりません」


 ハルトオは言葉を失い、俯いた。その沈黙を反省と見たのか、レンゲの口調が少し和らいだ。


「そなたの傍に神らしき御方がいらしたと聞きましたが、もしやそなたは、聴き神女ですか」

「……はい。なりそこないの身ではありますが」


 ハルトオはレンゲにごく簡潔に故郷を火山の噴火で失ったこと、身寄りのない身であること、放浪の旅を続けていることを話した。


「若い身空で苦労をしたのですね」


 声に憐憫が混じる。


「寒いでしょう。こちらへ、もっと火の傍にお寄りなさい」


 言って、レンゲはハルトオを手招きし、傍にいったハルトオの手首をぐっと掴んで引き寄せた。耳元に、口を近づける。


「お逃げなさい。ここに留まってはなりません。私のようになりますよ」


 囁きは真剣で、切羽詰まった感があった。


「逃げるのです、いますぐに。皆の注意は里の守備固めに向いているから、いまならば間に合う。抜け道を教えます」

「お待ちを。ひとりでは行けません。連れがここにいるのです。私より先に怪我をした若い男と小さな娘が連れてこられたはず。ご存じありませんか」


 レンゲははじめ言い澱み、だが認めた。


「報告は受けています。連れの男は死にかけているようです。娘の方は、嫁候補でしたが祟り憑きのため隔離されました。もはや会えませぬ」

「会えないとはどういうことです」


 ハルトオは息を荒げた。

 レンゲは取り乱すハルトオを抑えるように強く肩を掴んだ。


「聞きなさい。ひとのことを心配している場合ではない。そなたが一番危険なのです。さあ、立って。私について来なさい」


 レンゲはすっくと立った。

 ハルトオは立たなかった。カジャを想う。とてもひとりで残していけるわけがない。タカマもそうだ。あの土砂崩れに遭った際、彼は庇ってくれた。そしていま、死にかけているという。置き去りになど、できない。


「私は行けません」

「辛い目に遭いますよ」


 レンゲの眼は悲しげだった。ひどく心配してくれる心に、ハルトオは胸が痛んだ。


「神域を穢した咎は負います。償いは、どうか私にさせてください」


 だがレンゲはかぶりを振って否定した。


「神の相手は里の聴き神女が務めます。そなたの出る幕はない。けれど、ここに留まると言うのなら、この一件とは別に、そなたは過酷な責務を担うことになるでしょう」

「……私でできることでしょうか」


 恐る恐る、ハルトオは訊ねた。

 レンゲの口から返って来た言葉は、思いもがけない、身も凍るものだった。


「この里に女は二人だけ。私と、聴き神女のツバナという者だけです。そなたは、遠からず里の男衆全員の嫁となるのです。子宮が機能しなくなるまで、子供を産み続けなければなりません。ちょうど、私とツバナのように」


 ハルトオは唖然とした。驚愕に怯む一方、だが頭は忙しく働いた。

 滝壺で、チャギの男衆と対峙したときを思い出す。自分を女だと知って、彼らの態度は急変、あきらかに軟化した。


「女を得ることが、重要なのですか」

「女がいなければチャギの血が途絶えます。そうなれば神を祀る者がいなくなる」

「私を嫁にすると」

「言いました」

「では私は私を盾にします」


 言って、ハルトオは左の袖口に仕込んだ細身の小刀を右手に抜き取り、その刃を右の頸動脈にぴたりとあてた。


「そなた、なにを」


 レンゲはうろたえた。

 ハルトオは姿勢を変えず、語気を強めた。


「いますぐカジャとタカマに会わせてください。それがかなわぬならば、この場で自害します」

「ばかなことはおよし。危ないからそれを寄こしなさい」

「二度は言いません。待つのもいやです。私を二人と引き会わせるか、私を失うか、どちらかです」


 ハルトオが気迫のこもった言葉を区切ると同時に、場の空気が変質した。

 突然、板の間の板の僅かな隙間から、黒蟻がどっと湧いて、列をなし、あっという間にレンゲにたかった。

 レンゲは悲鳴を上げた。

 それを聞いて里長宅の番兵を務める者二人が駆けつけ、「失礼します」と言うなり飛び込んできた。


「うわっ」

「レンゲ様」


 二人が見たものは、黒蟻に全身を蝕まれるレンゲの姿だった。それも、蟻はあとからあとから増える一方で、レンゲは懸命に逃れようともがき、のたうちまわっている。


「貴様、レンゲ様になにをした」

 

 答えたのは、ハルトオではない。


「口を慎めや。ハルトオに手を出すなら我々が黙っちゃいねぇぞぉ」

「そうじゃのぅ、そうじゃのぅ。黙っちゃいられねぇのぅ」


 声は、蟻から発せられた。

 番兵二人はあまりの尋常でない事態に言葉を失い、ほとんど呆けて、それを見た。

 蟻がレンゲを襲うのをやめ、引き潮の如く退いた。そのまま何箇所に集まって、膨れ上がり、巨大蟻の群れと化す。


「ハルトオに死なれたら我らが困るのじゃ」

「我らを困らせてみよ。祟るぞぉ」

「ほっほう。祟る、祟る、祟るぞよ。我ら小さき神の祟りは執拗じゃぞぉ」


 二人の番兵は顔面蒼白となり、腰を抜かした。そのままひとりは泡を吹いて倒れた。ひとりは気丈にも平伏した。

 ハルトオは頑として前を向いたまま動かず、言葉のみ紡いだ。


「二文字名の神々よ、私を気遣ってくださったこと感謝いたします。ですがどうかそれぐらいでお許しを」

「呼ばれもせんのに現れて、迷惑かえ」

「いいえ、このお礼はあとで、必ず」


 巨大蟻はばちんと砕けた。(おのの)いて、レンゲが短く叫ぶ。そのまま、蟻はぞろぞろともとのように床板の隙間へと潜って行き、一匹残らず、姿を消した。

 手焼きの壺は蹴り倒され、赤い椿は踏みにじられて花びらを散らしている。

 ハルトオは恐怖に震えて座り込んだままのレンゲを、まっすぐに見据えて言った。


「カジャとタカマに会わせてください」


 この小話は結構好きです。二文字名の神々が出張ってます。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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