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神は祟る  作者: 安芸
第一章 祟(たた)られしもの 
8/25

戦闘山岳民族チャギ

 第一章終了です。

 ひゅっ、と弓弦の音がして、一本の矢が近くの木の幹に突き刺さった。

 少し休息をとっていたハルトオとタカマは真っ先にカジャを庇い、素早さでタカマが勝った。二人が腰を浮かせてその場を離れた拍子に、次々と矢が射かけられる。一瞬の差で難を逃れたが、それで終わりではなかった。

 タカマはカジャを抱え、ハルトオは腫れあがった足を無理に動かしながら、道なき道をいった。枯れて茶色く変色した笹藪を掻きわけ、凹凸のある山道を下って行く。

 村人から逃げるのに必死だったため、辺りに注意がいってなかったのだが、ようやくハルトオはそれを捉えた。

 不気味な木彫りの印。おそらくあれが“チャギの眼”だ。


「チャギの民だ」

「なに」

「このソウ山の山岳民だよ。彼らの土地に入ってしまったんだ。急いで出ないといけない」

「出口は」

「わからない」


 挫いた足が地表に盛り上がった根を踏む。ハルトオはつんのめった。転倒する。タカマは急停止し、四つん這いになったままのハルトオの手首を鷲掴みにする。奔る。矢の嵐が頭上から降り注ぐ。ひとりの射手の姿も見えないことが、殊更気味悪かった。

 どのくらい経ったのか。もはや体力の限界だった。ハルトオはふらつき、とうとう立てなくなった。息が切れて眩暈と吐き気がした。水が欲しいと心底思った。

 そこへ、突如地面が揺れて、土砂崩れが起きた。

 咄嗟に、タカマはカジャを胸に庇い、ハルトオの腰を引き寄せた。避ける間もなく、三人は泥の波に一気に押し流された。



 冷たい水に喉を潤されて、意識が戻った。

 神の艶やかな美貌が至近距離にある。口移しで水を与えられたのだ、と察してハルトオは動揺した。すぐに飛び退きたかったが、身体がいうことをきかなかった。


「おとなしくしろ」


 抱きあげられ、水際まで運ばれる。

 巨大な滝壺だった。天空から轟音と共に注ぐように落ちる瀑布は壮大で、気圧された。

水飛沫に白く泡立つ滝壺は円形で、面積も広く、水は緩やかに大きくうねって一本の河となって下流へと続いている。

 神が手で水を汲み、それをハルトオの口元に運ぶ。飲めないでいるうちに、指の隙間からこぼれてしまう。


「なぜ飲まぬ。欲していたではないか」


 二度目は、口をつけた。神はハルトオがもういいと言うまで繰り返した。それから怯むハルトオをひと睨みで抑えつけ、顔と首を洗い、手と足をすすぎ、泥と血を落とした。無数の傷に水は滲みたが、さっぱりした。


「ありがとうございます……」


 気恥ずかしく思いながらも、生き返った心地だった。

 ふと、呼ばれた気がした。

 ハルトオは心の一点を澄まし、近辺を探った。なにか、強い視線を感じる。


「――ここは神の気配がします」

「ああ。水底で眠っている」


 ハルトオは神の返答に違和感を覚えたが、このときはそれがなんなのかわからなかった。


「カジャとタカマの行方をご存知ですか」

「連れ去られた」

「誰に」

「後ろにいる者どもに」


 はっとした。周囲にまぎれもない監視の眼がいくつも存在するのがわかった。ごく自然と、殺気も含まれている。


「助けなきゃ」

「どうしてほしい」


 ハルトオは迷った。できるだけ、神の手を煩わせることは避けたい。だが。


「足の痛みを除くか」

「……怪我をするたびあなたに治されていては、痛みに疎い人間になりそうで怖いです。でもこの足では歩けないので……」

「だろうな」

「どうか、私を彼らのもとに連れて行ってくださいませんか」


 神は面白がるように笑むと、ハルトオを軽々と持ち上げ、童子のように左腕の曲げた肘の上にのせた。


「連れてゆけばよいのだな」


 ハルトオは神の肩に掴まった。絶対の安堵感。それから枯れ木立に向かい、呼びかけた。


「チャギの民の方々に申し上げます。私は害意なき者。ただの旅の者です。あなたがたの土地を侵してしまったことはお詫びします。どうか私の連れをお返しください」


 返事がない。代りに、一本の矢が飛来した。ゆるやかな放物線を描いて落ちてきたそれを、神は無造作に空中で掴み取り、ハルトオに差し出した。矢には文が括られている。


「……ここは神域で禁足地だから早く出ろとのことです」

「出るか」

「いいえ。ただ相手の言うなりになるなどいやです。確かに領土侵犯は罪でしょうが、問答無用で矢を射かけるあちらも悪い。考えたら、腹が立ってきた」


 ハルトオは下腹部に力を込めた。眼が敢然と据わる。そして口をひらいた。


「チャギの民に告ぐ。いますぐ私を仲間のもとへ連れて行け。さもないと、この神聖な場で歌って踊るぞ。言っておくが、私は音痴だ。それもとてもひどい音痴だからな。おまけに踊りもへたくそだ」


 それでも反応がなかったので、ハルトオは適当に一曲やりはじめた。調子の外れた歌が大音量で響く。神はおかしそうにくっと笑い、一方、チャギの民は仰天した様子であたふたと次々に現れた。


「よせ」

「神が起きる」

「静かにせんか、ここをどこだと思っとる」


 ハルトオは男たちをつぶさに観察した。赤茶の染料で染めた上下にわかれた着物は、袖口や裾口が絞ってある独特の形で、履物は獣の皮足袋だった。それぞれ幅広の重たげな山刀を携帯していて、他に矢筒を肩から下げている者もいる。総じて体格がよく、敏捷そうで、陽に焼けていた。

 しばし、険悪に睨み合った。

 男たちは全部で十三人いたが、そのうちのひとりがハルトオの薄い胸に気づいた。


「あんた、まさか女か」

「……だったらなんだ」


 急にどよめきが沸く。男たちの目つきが変わった。目配せが奔り、互いの間で首肯が交わされる。意見がまとまったらしく、髪に白いものが混じった一番年嵩らしき男が進み出た。


「あんたの仲間は我らの里で預かっている。不法侵入の廉で男は殺してもよかったのだが、祟り憑きだったため、とりあえず捕らえて隔離した。小さい娘の方は、一族の掟により、嫁とするため連れていった。あんたは禁足地に入ったばかりか、神の坐す水場も穢した。本来、いますぐ首を狩るところだが、あんたが女ならば話は別だ。あんたも里へ連れて行く。おとなしくついて来い」


 ハルトオはソウガに降ろすように頼み、びっこを引いて歩きかけ、すぐにうずくまった。神の怒りのこもった凝視の前に意地を張るのをやめ、渋々と痛みを取り除いてもらう。

 だが、こうしてソウガの神としての力を頼れば頼るほど、その存在を遠く感じることに切なさが募った。

 夕刻、空が鮮やかな茜色に染まる頃、ハルトオは前後をチャギの男衆に挟まれた恰好で、ソウ山のチャギの秘密の隠れ里に入った。




 ハルトオの性格が好きです。控え目なのに、時々大胆不敵。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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