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神は祟る  作者: 安芸
第一章 祟(たた)られしもの 
7/25

交戦

 ハルトオが頑張っています。

 

      

 赤い額布が風になぶられる。

 タカマはカジャを抱いて急勾配の下りの山道を駆けた。とても怪我人とは思えない脚力で、ハルトオはついていくのにも精一杯だった。

 背後から、猟犬が迫る。狂ったように吠えたてて、どんどん距離を詰めてくる。更にその後方では、大声で罵声が飛び交っている。


「追え、追え」

「岩柱方面へ逃げたぞ」

「あっちはまずい。深追いするな。犬を呼び戻せ、いますぐだ」

「いや、待て――見つけたようだぞ」


 一際甲高い犬の遠吠えが山中にこだまする。


「伏せろ」


 タカマの鋭い叱咤を浴びて、咄嗟にハルトオが地面に身を投げた。その上を標的に食らいつき損ねた猟犬が飛び越える。着地と同時に牙を剥いて襲いかかってきた一頭目を、ハルトオの前に立ち塞がったタカマの短剣が抑え込む。


「いまのうちに行け」

「だめだ、足を挫いた」

「じゃ、下がっていろ」


 タカマは顎をしゃくって倒木裏のカジャを示し、ハルトオは頷いた。足を引きずりながら、どうにかカジャのもとまでたどり着く。

 猟犬は全部で五頭。そのうち一頭は横腹を裂かれた状態で身動きとれずに痙攣している。

 タカマは、血の臭いに昂ってますます獰猛に唸り、土を掻き、飛びかかってくる犬たちを前に一歩も退かなかった。両手に構えた短剣で、残り四頭を相手に互角に戦っている。

 ハルトオは手拭いで左足首を固定した。呼吸を整える。息が乱れていては、なにもできない。ややあって、動悸もおさまった。


「カジャ、ここにじっとしているんだ」

「カジャも行く。ハルトオ守るんだもん」

「うん。だからここで私を見ていて。あと、荷を預けてもいいかな」


 カジャが泣きべそをぐっと堪えて、頷く。

 ハルトオは正しく深呼吸した。姿勢をまっすぐに、天地両極に芯が通るように立つ。両掌を結ぶ。斜めに捻る。一歩を踏み出す。


「我、名を預かりし二文字名の神々にお頼み申し上げる。我が名はハルトオ。我が名の下に幾許かの助力を請う。我、願い上げる。我の声は神の声。我の意志は神の意志。望みはすべてかなうものとする」


 ハルトオの全身が鈍い光の粒子に包まれる。

 風が螺旋を描いてハルトオを取り巻いた。

 タカマはふくらはぎに噛みついたまま離さずにいた二頭目の犬の眼を潰して、眉間に柄の底を叩き込んだ。急所をやられて、ぐったりと倒れる。三頭目と四頭目は足止め役のようで、ぐるぐるまわりを徘徊しては、体当たりや噛みつきを繰り返す。五頭目は背後からの攻撃を断続的に行いながらも、ひっきりなしに吠えて居所を主たちに告げている。

 タカマは得物が短剣では分が悪いと思った。間合いが狭すぎる。あの二人が誰になぜ追われているのかわからないが、追いつかれるのは時間の問題だろう。

 三頭目が地を蹴った。喉を狙っている。地面に引きずり倒すつもりなのだろう。タカマは左腕で庇いながら、右腕を横に突き出した。その方向から四頭目が突進してきて、大腿部に牙を剥いたのだ。更に五頭目が腹部に向かい襲い来る気配。

 どこかやられるのを覚悟したそのときだった。犬たちが、まったく急におとなしくなった。どの猟犬も吠えるのも騒ぐのもやめて、ただ一点を見つめていた。


「タカマ、無事か」


 狐につままれたように、タカマもそちらを見やった。ハルトオが足裏を地面から離さぬ、滑るような独特の歩みで、近づいてくる。一本線の通った姿勢、顎を引き、手を胸の前に結び、なにか眼に見えぬものを従えている。

 全身が淡く輝き、泥まみれなのに、とてもきれいだった。

 いまや犬たちは完全に寝入っていた。


「あなたは、もしや聴き神女か」

「一応ね」

「だが、神々を召喚せずに力だけ行使する聴き神女など、聞いたことがない」

「それができるんだ。ただ皆、疲れるからやらないだけで」


 神呼びよりは、危険が少ないこの技は、(かみ)(おろ)しと言って聴き神女の裏の技だ。神名を呼び、神に直接降臨願う神呼びと違い、神名を以てその力の一部を自身で使役することができる。神の要求に応えることはしなくてよい一方、消耗が激しく、文字通り寿命が縮む。

そのため、ハルトオ憑きの神はハルトオが神下しをすることを極端に嫌がった。


「でも効果はほんのいっときだ。逃げよう」

「走れるか」

「そっちこそ」


 ハルトオがニ文字名の神々に厚く礼を述べて解放した。可視の光が不可視の光となり、消えた。


「ハルトオ」


 カジャが跳ねるようにまっすぐに駆け寄ってくる。

 三人は山深くに逃げ込んでいった。



「逃げられたか」

「くそっ。あいつらを生かしたままじゃあ、殺された奴らが浮かばれねぇよ」

「それもそうだが、祟りは、村はどうなるんだ」

「逃げられないさ。ここから先は、チャギの領域だ。ばかな奴らだ、俺たちに捕まったほうがまだましだっただろうに。首を斬られて、臓物は薬用に引き摺り出されるのがおちだ」

「祟り憑きには似合いの死に様だろう」


 最後を括ったのはキクラだった。ちがいねぇ、と調子を合わせ嗤いながら、武装した村人たちは“チャギの眼”の向こうに消えた娘たちを冷たく見送った。



      

 重いけど、おもしろくて、読みやすい。を、目指しています。頑張れ、私。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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