二人旅・3
山は好きです。昔はよく登ったなあ。
世界は、中央に神の坐す神国オルハ・トルハがあり、あとは東西南北、大きく四つに分かれていた。
出身は生国でつけられた名により判明できるようになっていて、東国タキはニ文字名、西国ワキツは三文字名、南国ミササギは四文字名、北国ヒルヒミコは五文字名。身分がどうあれ、六文字名以上は許されず、また、一文字名は罪を犯した者に与えられる特異な名のため、一般には許可されていない。
神名は二文字名から五文字名までが小さき力の下位の神をあらわし、六文字名から十文字名までは強き力の上位の神を示す。更に十一文字名、十二文字名は神の園庭の円卓に集う十二神にのみ許されているもので、その名を持つ神々を神王と称した。そしてただ一神、十三文字名を掲げて、神王の頂点に在る神を、黄輝神と崇めていた。
それからしばらくハルトオは女衆とよもやま話をして、食後の後片付けを済ませると、今度は男衆と肝心の話を詰めた。
炭が赤々と燃える囲炉裏端で、ハルトオは村長イドリと相談役を務めているというキズミの父、キクラの話を聞いた。
イドリはソウ山の稜線が記された手描きの地図をひろげた。村人が春と夏に使うという南国へ降りる山道を、目印とする岩の形などを含めてハルトオに説明した。
炭の火がぱちぱちと爆ぜる。
手焼きの茶碗のお茶を飲み干して、キクラが引き継ぐ。
「ソウ山には鳥の守護神と古き強き蛇神が棲むという言い伝えがある。どちらも名のある神らしいがこの村に神名を知っているものはいない。その神々を祀り、守っているのがチャギで、非情で好戦的、山刀を武器にしている戦闘山岳民だ。山に入って奥へいったら木に不気味な木彫りの飾りが吊るされているのが眼につくと思う。我々はチャギの眼と呼んでいるのだが、そこから先はチャギの支配域だという知らせだ。決して中に入ってはいかん。いや、もっと恐れなければならないのは、神の坐すとされる滝壺だ。ここに足を踏み入れたが最後、生きては山から出られないぞ」
「用心します」
「本当はこの村に聴き神女か聴き神男でもいれば、もっと詳しいことがわかるんだが……すまないね、あまり力になれなくて」
「いいえ、こんなふうに親切にしていただけるだけで十分です。カジャも、久しぶりに同じ年頃の子供たちと遊べて楽しそうだ」
「なにぶん、こんな辺鄙な土地では余所者が珍しくてな。まあ子供は子供同士が一番だ」
ハルトオは崩していた足を揃えてきちんと正座した。床板に拳をつく。
「ただで世話になるわけにはまいりません。なにか私にできることはないでしょうか」
お茶のおかわりを注いで運んできたイドリの妻ミホトが笑い声を立てる。
「若いのにしっかりした律儀な娘さんねぇ。どう、うちの村の若衆の嫁に来ない」
「いえ、それは」
「あら、すぐふられちゃった。さては故郷にいいひとがいるのね」
ハルトオは小さく笑み、そっと眼を伏せた。
表情が陰り、哀しみを滲ませて否定も肯定もしなかったハルトオの寂しそうな姿に、それ以上ミホトは言及できず、肩に手をのせ、「ゆっくりしていらっしゃい」とだけ告げた。
小一話 二人旅 でした。
まずは、平穏な日常世界から、ということで。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。