二人旅・2
「なんの用だね」
ハルトオは丁寧に頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。少々お訊ねしたいのです。私はハルトオ、この子はカジャと申します。これからソウ山を越えようと思うのですが、山に坐します神に拝礼してから入山したいのです。どうか神名を教えてはいただけませんでしょうか。それから、ソウ山は禁足の地があるとも聞きました。その場所と守護する山岳民のことも、できれば情報をいただけるのでしたら、ありがたいのですが」
「これから山越えだって。その小さな子供を連れてかね」
「はい」
男たちは顔を見合わせた。ハルトオとカジャのさして荷物のない軽装をじろじろと見てどちらともなく「無茶だ」と呟く。
「悪いことは言わない。やめておきなさい」
「そうだ。せめて春になるのを待ちなさい。こんなに寒くなってからでは野宿は厳しい。山で凍え死ぬのが落ちだ。第一、四文字名からしてあなたの出身は南国だろう。寒さは苦手のはず。どうして西国にいるのかはわからんが、ソウ山を越えるのは初めてではなかろう。あの山は弱いながらも気難しい神が多く、霧もよく出て視界も悪い。子供を連れた女の足ではきついよ」
女と見抜かれてハルトオは内心ちょっと驚いた。
「南国から西国に入ったときは、商人たちが使う輸送山道を登ってきました。今回はそんな遠回りをしてはいられないのです」
「その子は三文字名だ、この西国出身かね」
「はい」
「親子か、と聞くのは失礼かな」
「いえ」
姉妹で通してきたが、そう見られても不思議ではない。
ここで下手な嘘をつくことはやめておいたほうがよさそうだ、とハルトオは腹を決めた。
「……ニタの奴隷市でこの子を見かけたのです。顔の醜さを指差され、嗤いものにされているのがかわいそうで引き取りました。いい養い親がいればと思い探していたのですが、顔の傷が徐々に悪化しはじめて、おそらく祟りではないかと思うのです」
祟り、と聞いて男たちはぎくりとした。
ハルトオは手を伸ばしてカジャの頭を撫でた。
「ですが、こんなに幼い子が神に祟られるような悪い行いをしたとも思えません。たぶんちょっとした神の悪戯なのでしょう。うつる病でもないですし……とにかく、早いうちに祟り落としの神泉に連れて行きたいのです。この西国にも神泉はあるのでしょうが、私はどこも知りませんし、教えてもらったところで泉の使用許可を願えるようなつてもない。さいわい、私は南国に一ヶ所知っている場所があります。あちらならつてもあるので、いまはそこに向かう途中なのです」
話を聞き終えて、男たちは目配せした。
「事情はわかった。だが、とりあえず今日はここで休みなさい。もう正午になる、山の日没は早い。いまから私たちの話を聞いて入山するのでは遅すぎる。今夜は早寝して、明日の朝早く発ちなさい」
ハルトオはかぶりを振った。控えめに辞退を申し出る。
「お気持ちはありがたいのですが、泊めていただくには及びません。私も小村の出なので余所者を厭うことが自衛の手段であることは承知しております。大丈夫です、野宿は慣れていますのでお話だけ伺えれば、それで十分です」
「幼い子を連れた若い女性が賊とも思えんよ。変な気遣いはいいから来なさい。ちょうど昼時だ、一緒に食事をしよう。それに、うちの息子がその子をかまいたくてしかたないようだ。うちにいろと言ったのに、屋根の上にいる。危ないから屋根には登るなといくら言ってもききやしない。まったく困った奴だ」
ハルトオはカジャに訊ねた。
「こう言ってくださっているが、どうする。一晩お世話になるかい」
「……ハルトオが行くならカジャも行く」
ハルトオは頷いて向き直った。
「では、お言葉に甘えて母屋ではなく納屋の隅でもお貸し願えますか。この子、手足にも発疹が出て人前に出るのを嫌がって……あの、わがままばかり言ってすみません」
話がついた。
ハルトオは入口門を跨ぐ前に、両手を胸の前で交差して深々と頭を下げ、土地神に拝礼した。トカゲ、スズメ、コオロギ、他……この村は小さき神々の祝福がある。
そして男たちに連れられてハルトオとカジャは村へと入った。
家々はコンクリートと木材を上手に併用した造りで、暖かく頑丈そうだった。牛舎や厩舎、山羊・羊小屋、豚小屋、鳥小屋、備蓄庫、倉庫などがあり、井戸や水場、大きい炉もあって、生活は豊かそうだった。
そのままハルトオとカジャは村の女衆に紹介され、意外にも快く迎え入れられた。村長を務めているというイチザの父、イドリの家に世話になることになった。家屋は平屋建てで、入ってすぐのたたきと、続く茶の間には囲炉裏端があり、その奥に床の間が二つ、厨房、厠は外だった。
昼食はイドリの妻ミホトが拵えた。米を水で煮て卵と刻んだ野菜を混ぜた雑炊と、串に刺して火で炙り塩と薬味をふったキノコ焼き、それから熱いお茶だった。カジャは温めた牛乳に蜂蜜を溶いてもらって大喜びだった。
食事のあと、さっそくイチザとキズミが誘いにきた。カジャは一旦ハルトオの身体の陰に隠れたが、嫌がっている様子でもない。
「一緒に遊んでくれるって。遊んでおいで。私は大人同士色々お話があるから、ここにいてもつまらないよ」
「行こうぜ」
「大丈夫、いじめないって。面とか手袋とかも取らないよ。約束する」
イチザとキズミはそれぞれ手を差し伸べた。
カジャは動かずじっと両方の手を見ている。
「カジャ」
「え、なに」
「名前。私、カジャ。あなたはイチザ。あなたはキズミ」
これを聞いて、イチザとキズミはいっぺんに笑顔をつくった。むんずとカジャの両手首を掴み、ハルトオの背後より引っ張りだした。
「おまえ、細いなあ」
「もっと食わなきゃ。大きくなれないぜ」
ハルトオはひらひらと手を振った。
「カジャを頼むよ」
「まかせとけって」
威勢のいい掛け声とともに子供たちは表へと飛び出していった。
「ハルトオっていい響きだねぇ。四文字名はきれいな名前が多くて羨ましいよ。私は南国は行ったことがないけど、いいところかい」
「格別よくはないです。暖かいだけで」
「あははは、そりゃそうか。やっぱり人間が集まるところなんてどこも一緒だね」
子供って、すぐ仲良くなれますよね。
うらやましいです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。