独白
タカマの身の上話をちょっとだけ。
実は、この神は~はシリーズを予定しているのです。タカマについてはこの物語ではあまり多くを語るつもりがなかったので、ほんのさわりだけ。不完全燃焼な形ですみません。
「俺の故郷は北のヒルヒミコだ。本当の名を、タカマシギラと言う」
背中で息を呑む気配。ややあって、ハルトオが困惑した声で呟いた。
「六文字名?」
「ああ」
「……まさか、あなたの身分は、公主様のご一族か」
「まさか」
タカマは一笑し、だがすぐに笑いを引き取った。
「俺が高貴な身の上に見えるのか?」
「見えないこともないさ。あなたは自分のことは一切喋らないし、武人並みに戦い慣れしているものの、どこか悠然と構えている。心配性で口喧しくて、お節介なのに、余計な詮索はしない。第一、所作に卑しいところがない」
「褒められて悪い気はしないが、あなただって似たようなものだろう。俺になにも訊かなかったじゃないか」
「ひとには訊かれたくないことがあるだろう。それにいまは私のことはどうでもいいんだ。それで? なぜ六文字名なのに、三文字名を騙っているんだ」
「俺の一族は特別でね。外では、本当の名を名乗ってはいけないと、掟で定められている」
タカマの声がぐっと低くなる。
「地の環の血族、と言えば、あなたにはわかるかな」
肩におかれたハルトオの指が、肉に喰い込む。
「以前、ひと伝えに聞いたことがある。“祟られしもの”、“祟り憑き”が最期を迎えるため堕ちる場所……一説にはオルハ・トルハの真下にあるって……その地を取り囲み、二度と外界へ出てこないように、見張る役目を司るひとたちがいると」
「“滅却の白”、俺の一族はそう呼ばれている。“祟られしもの”が“祟り落とし”を果たせなければ、皆、やがてはここへ堕ちる。この地へ堕ちたものは、“亡きもの”とされて、俺たちの手で葬られる。元がなんであろうと関係ない。命はもとより魂魄まで滅ぼす。例外はない。ところが、仲間のひとりがへまをした。擬態した“亡きもの”に喰われたんだ」
ハルトオの声が嫌悪に歪む。
「喰われたら、どうなるんだ?」
「乗っ取られる。力尽きるまで祟る。狂っているから、普通の人間じゃあ歯が立たない。おまけに、六文字名の血は特別に濃いから、力が増幅する。この祟りは、奴のものだ」
地下に吹く湿気った風に額の髪があおられる。そこに隠された、痣。
ハルトオが遠慮がちに尋ねる。
「その……仲間って、友達だったのか」
「物心つくときには、隣にいたな」
「それは、辛いな」
「辛いが、仕方ない。奴は地上に逃げた。追うしかない。止めを刺せるのは俺たちだけだ。この祟りを解けるのも、奴の死のみ。だが居場所が掴めなくてな、知らせがあるまで待つしかない」
「知らせ? では、一ヶ所にとどまっていなくていいのか」
「どこにいても通じる技があるんだ。詳しくは言えないのだが」
ハルトオがそっとくっついてくる。うまい慰めの言葉がみつからない、というような幼い所作に、タカマの口元がほころぶ。
「あなたに会ったのは、奴との交戦後、一族の命を下されて放り出された直後だ。奴がどこへ行ったのかわからないから、ばらばらに散らされた。俺は、幸運だったな」
「どうして」
「あなたに――あなたとカジャに、会えた」
ハルトオの突っ張ったような声が、耳元で響く。
「あなたはおかしい。そりゃ、あなたの命を助けるのに一役買ったかもしれないが、私たちのせいでひどい迷惑を被っているんじゃないか。そんなに大変な役目があるのに、こんな面倒に巻き込まれるなんて、とっても不運だろうが」
「いや、俺は嬉しい」
タカマはくっくと笑って言った。
「あなたが次から次へと色々やってくれるから、気がまぎれる。それに、いままで知らなかった神について学べること、祟りや、この世界のこと、あなたのことも、知ることが嬉しい。いつまで共にいられるかわからないが、こんな俺でもよければ、もう少しつきあわせてくれ」
「こちらこそ、よろしく頼む。さあ、もう降ろしてくれ。だいぶ楽になった」
言って、ハルトオが身じろぎし、背から降りる。
「まずはカジャを助けよう。カジャがあんな態度を取るには理由があるはずだ」
「……確かに心配だな。あの子は幼いながらもあなたを守る気持ちが強いから、なにか、あなたを盾に脅迫されたのかもしれない」
「私もそう思う」
「急ごう」
次話、伝承の真実が明らかに。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。