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神は祟る  作者: 安芸
第三章 神と人間
18/25

関係の修繕

 続きです。

 なにげにフジ神の出番は多いです。

 

 

 タカマは手拭いで刃の血の汚れを拭き、剣を鞘に収めた。

 ハルトオはタカマの防寒具を拾い、雪と泥を払ってから手渡した。


「ああ、すまん」

「大丈夫かい」

「この通りね」

「でもさっき、怪我が完治していないって」

「嘘も方便だろ。ああ言ったほうが敵の動きが大雑把になって油断を誘える」


 タカマは受け取った防寒具を着込みながらも、ぶるっと震える。怪我は完治したとはいえ病み上がりの身だ、この寒さはこたえる。

 ハルトオにも寒くないか訊ねようとして目線を上げたところ、そこにあったのは目尻を釣り上げた怒り顔だった。


「……なぜ不機嫌なのだ」

「……心配したのに」

「俺を、心配したのか」

「普通するだろう。私を庇ってひとりで無茶をして――なにをにやにやしているんだ」


 ハルトオの指摘にタカマは手で口元を覆ってそっぽを向いた。気が今頃になって高揚してくる。


「だからどうしてそこで赤くなる」

「……見るな。放っておけ。ちょっと嬉しいだけだから……」


 不審そうに顔を覗き込もうとするハルトオの額を軽く押しやる。ハルトオが文句を言う。

 二人がわあわあと小競り合いをはじめたところで、呆れたようにシュリが割って入る。


「じゃれている場合か。どうする、ダダク殿の宅へはこのまま行くのか。ケチがついたからやめるのか」


 ハルトオは躊躇した。眼が自然にシュリの足元に放置された山刀に吸い寄せられる。


「里人があんな調子では、ダダク殿のお宅を訪ねたところで、穏便に済みそうにないな。罵られるぐらいはどうってことないが、怪我人が出るのはいやだし……どうしようか。困ったね」


 白い雪に赤い血の痕。死人が出なかったのはさいわいだが、次があれば、わからない。

 欲しいのは、確かな情報。それを早急に得るためには……。


「そうか」


 ハルトオは思わず柏手を打った。


「困ったときの、フジ神様だ」

「待て。神は呼ぶなと言っただろう」

「呼ばないよ。ソウガのもとに坐すからちょっと助言をいただくだけさ」


 タカマは思わずハルトオの手首を掴んだ。


「やめておけ。神の助言は高くつく」

「大丈夫」

「……あなたは本当に言っても聞かない性質のひとだな。おとなしくて慎ましいかと思えば、時々無鉄砲で、大胆で、見ているこちらがはらはらする」

「そうかな」

「そうだ」

「手を放してくれないか」

「ひとりで無謀をしない、先走らないと約束するなら放してやる」

「わかったよ。あなたもたいがい心配性だ」


 タカマと行動を共にするようになって、晩秋から初冬へと少し季節が進んだ。さほど長い時を一緒に過ごしたわけではないが、色々あって、お互い信頼を寄せるようになっていた。はじめの頃の遠慮もあまりなくなり、しょっちゅう些細な問題を引き合いに、角を突き合わせている。

 昨夜、ハルトオは生い立ちと、なき故郷での生活をかいつまんで語った。タカマの口は固かったが、無理に訊くことはやめておいた。

 いつか、自分から話してくれるのを、待つつもりだった。


「さがって、跪いて静かに」


 シュリは神と同席することを拒み、さきほどの襲撃の一件をワセイ殿とレンゲ様に報告してくると言って、さっさとこの場を離脱した。

 ハルトオは胸に手を置き、呼気を整えた。不思議と緊張がない。心が凪いでいる。


「智謀の神フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神よ。お訊ねしたいことがございます。私の声が聴こえるならば、どうかお応えください。繰り返します」

「繰り返さずともよい。聴こえておる」


 一陣の強い風が吹いた。地吹雪となり、雪煙がほんの束の間、視界を覆う。それがおさまったあとに凛然と佇んでいたのは、フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神。十文字名の神だった。

 薄茶の糸のように細い長い髪を根元で結い、薄茶の覇気を秘めた瞳、表情は皆無、着物は藍染、帯は朱金。この空気も凍てつく寒さの中でも、すこぶる軽やかな出で立ちだな、とハルトオはひそかに感心した。


「我に何用だ」


 敢えて、挨拶もせずに用件を述べる。


「この里の昔の様子を――実情を――知りたいのですが、それを知るためのよい手段はありますか」

大楠(おおくす)に訊け」

「大楠、ですか」

「あの道をいったところに、樹齢二千年の古木がある。そなたの求める答えの役に立とう」

「さっそく行ってみます。ありがとうございました」


 そのまま一礼して立ち去りかけたハルトオの背に、「待て」と声がかかる。


「我の助言をただで済ますのか」

「だって、あなたは私の学問の師で、私はあなたの弟子です。困ったことがあれば頼れと、おっしゃったではないですか。昔――私がオルハ・トルハを離れるときに」


 無言のまま、フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神の表情が微妙に変化する。物々しい感じが失せ、厳格な印象はそのままに、近しいものを見る眼となる。

 ハルトオはフジ・ヤコウ・ゴウリョウ神の足元に膝をついた。


「不肖の弟子で申しわけありません」

「なにを謝る」

「諸国を旅して時間が経つと、オルハ・トルハで過ごした日々が夢のように思えて……どの神々とのご縁も遠くなったように思えたのです」

「名を預けただろう」

「はい。でも、私、怖かったんです」


 フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神の眼が鋭く細められた。


「……あの一件のためだな」


 ハルトオは無意識のうちに腹を押さえた。


「それもあります」

「だが、そなたは彼奴を罰することを望んでいないと言って我らを止めた。気が変わったのか。そうであれば、我らは動くぞ」

「いいえ。それはだめです。その件とは関わりなく、私が怖かったのは……」


 心の内側を覗き込む。

 神国オルハ・トルハは遠く、ひとの世はあまりにも欺瞞に満ちていて、危険はすぐ隣にあり、安らぎの地はどこにもなかった。


「……私が怖かったのは、神々につれなくされることです。呼んで、応えてもらえなかったら悲しい。忘れられていたら、寂しいではないですか。私は……ただの、なんの取り柄もない人間なので……私が思うほどには、神々は私のことなど考えていないに違いないと、そう思うようになってしまったんです」


 言いながら、自身で納得した。

 神々は恐ろしきもの。

 恐れ敬う存在であり、安易に使役してはならぬ。

 幼き頃の教えを反復しては言いきかせ、いつしか他の聴き神女同様、神々との間に一線を引いていた。


「でも……この間、オルハ・トルハで過ごした日々の夢を見たんです。あなたも、出てきました」

「ほう」

「それで、ふっと思ったんです。もしかしたら、疎遠になったように思うのを寂しいと感じるのは、私だけじゃないのかな、って」

「なぜそう思う」


 ハルトオは腹部に掌をあてたまま、笑んだ。


「ソウシ・イラツメ様もカゲツ・タカネ様もあなたも、呼べば来てくださった。二文字名の神々は私が呼ばなくてもしょっちゅう顔をみせてくださいますし、守ってくださいます。そしてどなたも、私に非道な要求はなさらない……」

「神が皆、そなたの味方と思うな」

「はい」

「だが、そなたを慕わしく思う神も少なくない」

「あなたも、ですか」


 フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神は腕を組んだ。


「我の教えを憶えているか」


 ハルトオは緊張した顔で首肯した。


「知力は最大の武器となり、盾となる。どんな知識も無駄なものはひとつもなく、ただし、知識は蓄えるだけでは得たことにならない。必要なときに必要な力が使えてはじめて、意味を為す。そのためには精神と肉体も鍛えることを疎かにしてはならず、つまるところ、智・心・体はひとつであることを学び、精進することが大切だ、と教えをいただきました。なかなか、万事が万事そううまくいかないことも多いですが、精進はしております」

「そうか」


 どことなく弾んだ声。

 あまり滅多に見られない柔和な微笑がその口元に浮かんでいる。

 ハルトオは小さくなって詫びた。


「あんなによくしていただいたのに、恩義も忘れ、勝手に恐れ、素気ない態度をしてしまい、すみません……」

「よい」

「あの」

「なんだ」

「……ソウガを、よろしくお願いします」

「わかっている」


 フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神はハルトオに手を差し伸べ、ゆっくりと立たせた。


「口ではうるさいだの、鬱陶しいだのと言っても、あれで結構寂しがり屋なので、知己の方が傍にいるのは嬉しいと思うのです」

「……あの御方には困ったものだ。そなたにかまけると、己のことはほとんどかまわなくなるゆえ、我が世話を焼くしかあるまい。たとえ迷惑だと睨まれ、邪険にされてもな」


 呼びだしてこのかた、フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神はソウガの傍を離れない。

 ソウガが「あれは喧しい」と苦言をこぼしたのをきっかけに知ったのだが、「侍る」と言う宣言通り、あれこれと細かな面倒を見ているようだ。

 フジ・ヤコウ・ゴウリョウ神は真顔に戻って口調を改め、言った。


「心せよ。大楠には、姿なき神が宿っている」


 更に続ける。


「そなたが暴く真実は、決して気持ちのよいものではない。覚悟することだ」




 BGMはGREEEENのベスト。なんだか、結構合いますね。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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