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神は祟る  作者: 安芸
第三章 神と人間
17/25

思惑に沈み

 小二話連続投稿です。

 タカマがやっとかっこいいです。

 翌日から、ハルトオは家宅訪問し、先祖代々伝わるという口伝を聴いてまわった。

 里長レンゲの命により、チャギの里全体にハルトオへの協力が呼びかけられた。里には六十世帯、およそ二百人が暮らしていたが、口伝が残されていたのは二分の一にも満たなかった。

 ハルトオはシュリの助力を得た。シュリを仲介役として、タカマを護衛に、一日二軒か三軒訪ねるのがやっとだった。

 一週間かけて二十の口伝を詳しく聞いたが成果は上がらなかった。はじめにシュリから聞いた話と比べ、たいして違いのない内容が繰り返された。

 どの家も最長老シモンの喪に服しているため空気が重く、いたたまれなかった。

 中には噂を鵜呑みにし、「神聖な儀式を邪魔して祟り神を怒らせ、最長老を殺したのはおまえらだ」といきなり山刀を振りかざしてくる者もいた。シュリがいなければ事態はもっと面倒で、危険なものになっていたに違いない。

 更に一週間で残りの口伝を聞き終えたが、やはりこれといった目新しい話は聞けずじまいだった。

 この間に、重篤だった相談役ダダクが死去し、シモンに続いての葬列が組まれた。

 更に、いったい誰が流したものか、里には新たな噂がまことしやかに囁かれた。


「祟り神はお怒りだ。ただちに生き餌を捧げなければ皆食い殺される」


 といった内容で、あまりにも悪質なため、レンゲとワセイの命令で噂を取り締まる始末だった。

 約束の期日が迫る。あと七日。残された可能性としては里長レンゲと最長老シモン、それに相談役ダダクの家系に連なる口伝だった。

 本来は里を統べる役職つきのものからはじめるのが筋だったが、諸々のごたごたや葬儀とその後片付け、事後処理などに追われて忙しそうだったため、順番を最後にまわしていた。

 ハルトオは、まず生き残っている里長レンゲを訪ねた。レンゲは憔悴して見えた。だが相変わらず気丈で、ハルトオをねぎらってから話を促した。

 そこでこれまでの経過報告をすると、レンゲは落胆を隠せぬ様子で重い溜め息をついた。


「そうですか……なにもわかりませんか」


 ハルトオはお辞儀したまま、慰めるように言葉を継いだ。


「ですが、まだ肝心の方々からお話を聞いていませんので、結論づけるのは早いかと思います。私ははじめから、隠された口伝が伝わっているとすれば、それは里を実質治める家系か、裏より支える家系のどちらかであると思っていました。ただ、このたび最長老シモン殿も相談役ダダク殿も逝去されたため、口伝が残っているかどうか疑問なのです。が、とりあえず訊いてみようかと思っています」

「両家ともそなたは歓迎されないことでしょう。噂は無論濡れ衣ではあっても、ひとの心というものはなにかのせい、誰かのせいにしたがるもの。特にそなたは余所者で遠慮の要る間柄にない……辛い目に遭うかも知れませんよ」

「承知の上です。他人の過去をほじくり返そうというのです、よく思われないのは当然のことですよ。仕方ありません」


 ハルトオが肩を竦めると、レンゲは笑んだ。


「そなたは強いのですね」

「そんなことはありません」

「いいえ、私より遥かに強い……私もそなたのように嫌なものにぶつかる勇気があればよかった。そうすれば、いまとは違った形でここにいられたのかもしれない。こんなにも、苦しい気持ちで生きていなくてもよかったのかもしれない……」


 虚空を見つめる孤独な瞳に、ハルトオはかねてからの疑問をおずおずとぶつけてみた。


「レンゲ様は、なぜ長役に?」

「なぜとは?」

「なんとなく、そぐわない気がします」

「好きで務めているわけではありません。チャギの象徴として長役は女性がつくもの、そう定められているのですよ。もっとも、そういう役を負わされることで護衛をつける名目を与えられ、囲われ者になる……彼らは私を守っているのではない、逃亡を未然に防ぐため見張っているのです」


 レンゲの老齢を刻んだ顔が苦悶に歪む。だがそれ以上、胸の内を曝け出すことはしなかった。レンゲは表情を改めて、相変わらずまっすぐに姿勢を正して言った。


「結論から申しましょう。口伝について私が言えることはひとつだけ」


 ハルトオは無言で頷き、瞳を据わらせた。


「真実は、闇の中に」

「闇の中、ですか」

「この問題に触れるなということでしょう」

「警告、ですか。ですが、長役の口伝として残されている以上、それだけでもないはず。闇――もしや、地下ですか? 地下になにかあると? あなたはその意味をご存じなのですか? いったい真実とやらがなんであるか、知っていらっしゃるのではないですか」

「……いずれにせよ、大昔のことです」


 ハルトオは食い下がった。


「もしご存知ならば教えてください。私は図らずも神々を起こしてしまった……既にこの問題に関係してしまったのです」

「神が目覚めたのは、そなたの責任ではありません」


 横からシュリが呆れたように口を出す。


「そりゃあそうだ。滝壺で多少騒いだくらいで神が起きるか。初代聴き神女コトが封じ、永く鎮められていた神だぞ。その楔がそうやすやすと解けるわけがないだろう」

「でも実際に封印は解けて」

「だから、解くだけの力がはたらいた、ということさ。まあもっとも、おまえがそれをした、というならそりゃ問題だがね。ここだけの話、当初はそれでおまえを疑った。おまえしかいないと決めてかかってしまったんだ。だが、よくよく考えてみれば、余所者のおまえに神解きができるはずもない。それとも、したのかね」


 勢いよくハルトオは否定した。

 膝の上で手を組んだ姿勢を崩さぬまま、レンゲがそっと呟いた。


「期日まで今日を含めても、あと七日ですね」

「はい」

「そなたたちがなにを探りあてようと、或いはなにもわからないままでも、私は、いいえチャギの民は、マドカ・ツミドカ・クジ神の審判を仰ぎたいと思います」


 ハルトオはレンゲと視線を通わせた。

 静かな眼だった。決意を秘めた、重みのあるまなざしだった。


「すべてをご存知なのですね」


 レンゲは否定も肯定もしなかった。

 ただ流れるような動作ですっくと立つと、着物の裾を翻し、背を向けた。


「そなたは祟り落としをできない。それは器量の問題ではなく、心の問題です」

「心、ですか」

「真実を知ったあと、そなたはいまと同じ気持ちではいられないはず」

「その真実とやらを、いま打ち明けてもらうわけにはいかないのでしょうか」


 それにはレンゲははっきりと首を振り、怪訝そうな一瞥を向けてきた。


「私には、なぜそなたのような利口者が、わざわざ余所の問題に首を突っ込むのか、わかりません。とても危険なのですよ。そちらの――タカマ、と申しましたね。もしハルトオ殿に傷のひとつもつけたくないのであれば、いまのうちに連れて逃げなさい」

「俺は、カジャさえ返してもらえればそうしたいのですが」

「カジャ殿は私の手の内にはない」

「では俺たちだけ逃げるわけには参りません」


 タカマが即答すると、レンゲは気鬱そうな吐息を漏らして会見を終了させ、退出した。

 すぐあとに、使用人が手をついて(かしず)きながら現れて、昼食の用意ができていることを告げた。


「おもてなしするようにとのことです」

「せっかくだ、相伴にあずかろう。なに大丈夫。レンゲ様の出す飯に毒なぞはいっとらん。そうすれば午後からダダク殿の家に乗り込める」


 言ってシュリが胡坐を崩し、立ち上がる。ハルトオとタカマはシュリのあとにおとなしく続いた。


「訪問承諾の返事を頂いていませんが」

「そんなもの寄こすわけがないだろう。おまえはダダク殿の家人にとっては仇だぞ。一生待ったって会って話なぞ聞いてくれるものか」


 昼食は黒豆と梅肉を潰して混ぜた炊き込み飯と、じゃがいもとねぎの汁物、甘味噌をつけて食べる根野菜の焼き物だった。

 手を合わせ、「いただきます」と感謝を捧げてから箸をつける。薄味ながら、だしなどはしっかりときいていて、味付けは申し分ない。


「昼から贅沢だな」


 ハルトオがぽつりとこぼすと、タカマも相槌を打つ。


「贅沢なのは食事だけじゃない。召し物も、調度も相当なものだ。見ろ。この箸一膳だって漆の塗り物だぞ」


 箸だけではない。碗も盆も漆塗りだ。


「なにか、おかしくないか」

「ああ。なにかがおかしい」


 ハルトオとタカマは同時にシュリを見た。

 シュリは黙々と平らげていく。疑問に答える気はないようで、二人の注視を浴びてもどこ吹く風で、平然としている。

 

 昼食後、三人はレンゲの住まいを後にした。その足で、亡き相談役ダダク宅に向かう。

 午後になって一段と冷えて来た。相変わらずハルトオだけ、凍えるような寒さを味わうまでには至らなかったが、辺りはうっすらと雪化粧が施され、白い。


「滑るから気をつけろ」


 タカマが手を差し伸べる。

 ハルトオは遠慮した。だが、断った傍から滑ってひっくり返りそうになった。タカマの強い腕が伸びてしっかと支える。


「素直にひとの言うことを聞けよ」

「子供じゃないんだ、手を繋いで歩けるか」

「怪我するよりましだろう」


 薄墨色の空の下、ハルトオとタカマが息も白い寒中で押し問答をしていたそのとき――まったく突然、山刀が縦に勢いよく回転しながら吹っ飛んできた。

 二人は左右にさっと退いた。

 山刀はそのまま立ち木に音を立ててめり込む。ぞっと戦慄しながら振り向くと、藁と綿の防寒具に身を包み、それぞれ得物を手にした六名の若い衆が待ち構えていた。

 タカマはハルトオの肩を掴んで身体を引き、問答無用で庇いつつ、短剣ではなく、腰に佩いた剣の柄を握り締めた。

 シュリは両手を差し上げて立ち位置を変え、こちらもさりげなくハルトオの盾となる。


「なんだ、どうした、おまえら。そんな物騒なものを手に持って」

「仇討だ。あんたに用はない。退いてくれ」

「そうはいかない。俺はこれでも客人の世話役と案内役と護衛役も兼ねているんでね」

「そいつらはシモン様とダダク様の仇だぞ」

「そりゃ誤解だ。アケノ殿から聞いていないのか。鎮魂の儀式が失敗したのは――」

「それだけじゃない。里のことも色々と嗅ぎまわっているだろう。目ざわりなんだよ」

「……ハルトオ殿は神憑きだぞ。下手に手を出せばどうなることか」

「五文字名の神なぞなんとでもなる」

「そうだ。こっちには守護神様がついておられるんだ。五文字名の神なぞ屁でもねぇ」


 タカマは剣を一気に引き抜いた。白刃がきらめく。「下がれ」とハルトオに囁きつつ、足を一歩手前にし、身体の中心線を隠す姿勢で腰を僅かに落とす。藍色の髪が突風になぶられる。瞳が冷たく底光りし、血気に逸る一味を射抜く。


「神を侮辱するとは、恐れを知らぬ者どもだ。断っておくが、俺はいまだ手負いの傷が完治してない。手加減はできんからな、死にたい奴だけかかってこい」


 安い挑発だった。だが、かかった。

 男たちは爛々と血走った眼で一声吼えると、一斉に襲いかかってきた。


「タカマ、殺すな」

「ではあなたは神呼びをするな」

「ひとりで戦うつもりか」

「シュリ殿、ハルトオの傍を離れないでくれ」 


 語気も強く言って、タカマは身動きの邪魔になる防寒具を脱いだ。投げ捨てる。これが風を孕み膨らんで、先頭を切って突っ込んできた一人目との視界をほんの一瞬、遮った。

 その隙に、タカマは素早い所作で袖口から小刀を引き抜いた。防寒具が地面にひろがる。男の全体像があらわとなる。小刀を水平に投擲する。男に避ける間はない。白刃が右の大腿部を貫く。男が短く呻いて、膝をつく。

 タカマはすぐさま身を屈めた。続く二人目、三人目の顔に土くれの混じった雪つぶてを命中させる。怯んだところへ踏み込んで、山刀を握る利き腕を斬りつけた。鮮血と悲鳴。更にタカマの身体がふっと沈み、捻られ、長い足が強烈な回し蹴りを加える。男たちが吹っ飛ぶ。仰向けにどうっと倒れたところへタカマがいって、正確に鳩尾を狙い、踵を落とす。血反吐を吐く。痙攣し、悶絶する。とどめは刺さないまでも、力加減に容赦がない。

 タカマの身のこなしは滑らかだった。

 明らかに場慣れしていて、格の違いは一目瞭然だった。四人目の山刀と、タカマの剣の刃が音を立ててかち合う。腕力の拮抗はほぼ五分。タカマは真剣に力勝負に出た相手に対し、押し負けたとみせかけて、足を払った。「おわっ」と喚いて、男の身体が後ろに傾ぐ。タカマは剣を逆手に持ちかえて、柄を無防備な胸の中枢に叩き込む。衝撃に四人目が白眼を剥く。

 五人目と六人目は、思わぬタカマの手強さに急襲を途中でやめ、前後に分かれ、慎重に間合いを詰めてきた。

 タカマは冷めた表情で一旦は迎撃の姿勢をとったが、気を変えた。

 足元に大の字に伸びる四人目の男へ向けて顎をしゃくる。


「シュリ殿、この男の名はなんと言う」

「ヒルメ」

「よし、ではヒルメの命が惜しければ退け」


 タカマは失神する男の首に無造作に右足をのせ、体重をかけた。


「よせ」

「やめろ」


 五人目と六人目の襲撃者が慌てて叫ぶ。


「手を退くか」


 男たちは凶悪の極みに達した顔でタカマと対峙した。


「卑怯だぞ」

「人質なんて汚ねぇな」


 タカマは動じない。


「多勢に無勢で押しかけてきておいてよくそんなことが言えるな。恥ずかしくないのか」


 男たちは歯ぎしりしながら得物を手放した。


「シュリ殿、回収してくれるか」

「おう」


 同じ里の仲間であるシュリのことも、凄い剣幕の眼で睨む。だが、抵抗はない。

 タカマは足を退かした。二歩、下がる。

 男たちはタカマから眼を離さず、頭を大事に扱って、ヒルメを肩に担ぎあげる。


「目的はなんだ。仇討とは、本当か」

「余所者がチャギに関わるな」

「女をおいて男は出て行け」

「おまえたちこそ、そいつら連れてとっとと帰れ。里の客人相手によくもこんな恥さらしな真似をしてくれたな。このことは、里長と守長に報告するぞ。せいぜい懲罰房入りを覚悟しておけ」


 シュリが一喝すると、六人の若い衆は散々悪態をつきながら去った。


 たちまわりを書くのは好きです。本当は剣戟なども書きたい。合戦は書いていて燃える~! 堂々たるヒロイック・ファンタジー! いいなあ。機会があれば、そちらの物語も載せたいですね。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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