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神は祟る  作者: 安芸
序章
1/25

神憑き

 神は祟る、たたる、と読みます、念のため。

 和風・ダーク・ハイ・ファンタジーです。

 心をこめて、愛をこめて、がんばります。

 よろしくおつきあいくださいませ。

 山が火を噴いた。

 空気を掻き毟るような炸裂音が夜に轟いて、黒い空に幾筋もの紅蓮の炎が飛沫を上げる。


「なんだ」

「なんの音だ」


 寝静まっていた村はたちまち騒然となり、村中の人間がなにごとかと血相変えて次々と家屋を飛び出しては、まず地面に積もった灰の量に驚く。ついで断続的に降ってくる軽石の雨に、不審そうに腕を掲げ、頭と眼を庇いつつ、背後に聳える山を仰ぐ。

 ニ十一世帯が集う村は、キ山の山裾にあった。

 起伏が少なく、土壌は肥えて、水脈に恵まれたキ山は文字通り村の生命線であった。四季折々貴重な恵みをもたらす山に、そこに坐す神々に感謝し、収穫物など供え物を欠かさず、大切に祀ってきた。

 だがいま、キ山は噴煙柱をたて、岩を天へ投げつけて、赤い火の玉の雨を撒いていた。そして不気味な地鳴りが足元に響いている。

 あまりにも不吉な予兆に、すぐに動けるものはいなかった。未曽有の出来事の前に、皆、凍りついたように立ち尽くしていた。

 そこへ二度目の噴火が起こった。天空は真紅に輝いた。しかしすぐに濛々たる煙に覆い隠されてしまう。地面が沸騰したかの如く揺れ、たて続いての爆音と火の津波が奔流となって押し寄せてくるのを見た。そして同時発生した高温のガスと水蒸気、細粒の火山灰などを主として高速で移動する、渦を巻いて殺到する爆風が地表を這い下がった。それが火の津波の到着前に村を急襲した。


「逃げろ」


 誰かが叫んだ。だが逃げる間などなかった。

 


 村の牛飼いの娘として生まれたハルトオは、物心つく前より既に神の存在を知っていた。

 “姿なき神”と“姿ありき神”。

 前者は巨大無比の神力を有するが、人の世には無関心。これに対して後者は常に人の世に在り、干渉し、神力には差異があるものの、恐ろしき性質で怒りのままに祟る。

 そしてハルトオには“姿ありき神”が一神憑いていた。

 村の男たちの誰よりも背が高く、村の女たちの誰よりも美しく、どんな牛よりも力にみちていた。髪は深い緑味をおびた漆黒、眼も同じ色で、それはハルトオとも共通していた。一度不思議に思って訊ねると、「そちに合わせた」と答えが返ってきた。

 ハルトオは神の深緑色の長衣の裾を握りつつ、首を傾げた。幼さゆえ、畏れを知らなかった。


「お顔、本当は違うの」

「余の真の姿をそちは見ているぞ」

「お名前は」

「既に名乗った」

「……そうだっけ」

「神は二度名乗らぬ。思いだせ。そちが忘れている限り、余は名もなき神ぞ」


 そうは言われても、ハルトオはさっぱり思いだせなかった。そもそも、この神がいつ自分に憑いたのか、なぜ憑いたのか、慻族(けんぞく)も目的も、なにもわからなかった。

 ハルトオが九つになったときには、神の声を捉え、言葉を解し、それを代弁する聴き神女(ききしんめ)としての地位に就いていた。

 そして今日、十三歳になった。村を挙げての祝いの席が設けられ、珍しいごちそうがふるまわれた。

 一番おいしかったのは小麦を挽いて粉にして、牛の乳で溶き卵を練りこみ、団子状に丸めたものを平たく伸ばし、香ばしく焼き上げて、糖蜜をたっぷりとまんべんなく塗ったものだった。

 嬉しかった知らせは、来年は大人の仲間入りをするのだと村長に告げられたこと。今年はその準備期間に充てられるため、心身潔斎をしなければならない。そのために悪いものを祓うとされる、悪神除けの腕輪を贈られた。村の神木に祈りを捧げて一枝を伐り、特別の意匠を凝らして彫りあげたもので、身につけると、背筋が伸びるような、既に大人の仲間入りを果たしたような得意な気分になった。


「おめでとう、ハルトオ」

「ありがとう。私、来年までに立派な大人になったって言ってもらえるように頑張るよ」

「そりゃあいい。来年が楽しみだな」


 笑顔がはじける。屈託ない笑い声がこだまする。村人全員に祝われて、ハルトオは少し有頂天になりすぎていた。そのため普段そこかしこに(おわ)し、頻繁に語りかけてくる神々の声がまったく聴こえないことにも気づかなかった。静かすぎる気配が災厄の前触れであると、見抜けなかった。



 火口から火の塊が溢れて、山の斜面を一気に雪崩れてきた。圧倒的な破壊力を誇る熱風と、大規模の火砕流が村へとまっしぐらに突進してくる。あっという間の出来事だった。


「お母さん、お父さん」


 眼に見えぬ熱の風に焼かれる寸前、ハルトオは腰をさらわれて、つむじ風の如く低く地上を移動して安全圏に運ばれた。ハルトオに憑く神の手によって。他はすべて、猛り狂う火の海に沈んだ。

 生き残ったのは、神憑きのハルトオひとり。


「お母さん、お父さん……」


 神が横に添う傍でハルトオは泣きじゃくった。喪失感と孤独に胸を苛まれ、激しい自己嫌悪に陥るのはこのすぐあとだったが、同時にこの夜、ハルトオはもうひとつかけがえのないものを失っていた。

奪われたものはこの世に二つとないもので、なにがなんでも取り戻す必要があった。そう決意したとき、ハルトオは()った。長い旅路のはじまりであった。


 各小話を短めに区切ってお届けします。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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