第9話 魔法の種子
地球観光から戻って次の作戦実行の準備に月面都市全体が騒がしくなっていた。なにせ次の作戦は今までのようなネットを介した簡単な物とは違う。
細かく調整をしなければ地球上の生命体が半数は死滅する可能性すらある。
それだけに普段以上に魔王軍全員が慎重に作業を進めていた。
慎重に慎重を重ねながら急いで進ませ一か月が経ち、ようやく実行の目途が立った。
「報告書はもう読んだかルージュ?」
「もう読んであるわよ。本当によくこんなこと実行しようと思えたわね…リスクの方が高いでしょうに」
「まぁ、抵抗力が皆無での侵略ってのも面白くないしな」
そう言ってから俺は再度手元の報告書に目を向ける。
『第二回侵略作戦【魔法力の地球への付与】』と少しふざけたようなタイトルだが、実際に地球に今まで存在しなかった魔法を使う源とも言える物を付与する作戦だ。
今回の作戦で一番の問題になったのは『不確定性の高さ』だった。
元々、魔法は異世界では珍しい力ではなかった。それこそ現代の地球で言うところの電力などと同じレベルで日常の中に存在していた。
だからこそ異世界人達の多くは魔法と言う現象の発生原因などを深く考える事はなかった。
反対に俺を始めとした転生者や転移者なんかは魔法がないのが当たり前、そんな不思議な力を使っているうちに気になって調べ始めた。
その成果が出たのは今から50年ほど前で詳しい内容は専門的な用語が無数に並んでいて俺には理解できなかったが、簡単に言えば『世界の空気を含めたあらゆる物質には魔法的力を誘発・増幅する効果のある物質が存在する』って感じだな。
正式には小難しい名称も存在するが対外的には『魔法の種子』と呼んでいる。
『魔法の種子』の働きとしては本当に魔法的現象が起きるように種を与えるだけのような物質だ。それが生物に無機物など関係なく何かに一定の水準を超えて蓄積した時に効果を発揮するようになっている。
そうすると植物などは通常では考えられないような効果を発揮するようになり、動物も異常進化して『魔物』と呼ばれる怪物へと変貌するのだ。
だが動物の中でも一定の知性を獲得している人間などは異形化する事はなく、魔法など異能の力を獲得して創作物のように外部へ現象として発現させることができるように。
他にも鉱石なども大きく変異する事も確認されている。
そんな物質を今回は抽出して人工的に増殖。更に地球環境に合うように調整して、宇宙ゴミなんかに似せて作った散布機から地球全体に大量に散布するのだ。
すぐには変化は出ないだろうが半年以内に体積の小さな草花や虫などに小さな変化が始まり、1年もしない内に人間などにも異能の覚醒などの変化が起きるだろう。
「どうせ時間がかかるんだし、早めに始めても問題はないだろう?」
「そうね。でも、生態系の変化は少し気がかりよ」
「確かにな。人間より先に虫や動物の方が先に変化するだろうし、普通の兵器類が効かないような個体が現れたら、今の人類だと少し危険だろうな」
何かで読んだか聞いた話だと、虫が人間大の大きさになると驚異的な身体能力を持つっていう話だ。しかも魔物かすると体の強度も上がるから自重で潰れるような事はないし、魔物化したばかりの個体は強化された知力は意味を果たさず凶暴さが割り増しになる。
正直そんな怪物が突然現れたら、覚醒前の人類では半年以内に半数は死ぬ可能性が高いだろうな。
「対処法は何か考えてあるのよね?」
「もちろん!と言っても対処療法的なものだけどな。やらないよりはましだろ」
「具体的にはどうするつもりなの?」
「普通の散布とは別に、隠密の奴等に食品加工工場の機械に少し細工をしてもらう。それで通常の摂取よりも多くの魔法の種子を人間が吸収するように仕向ける」
「工場の機材に細工して異物混入…普通に犯罪ね」
「そこは今更だろ。最初に始めた国の裏事情公開だって機密情報の漏洩とか、色々やってるし」
「言われてみればそうだったわね」
身も蓋もない言い方になってしまったけどルーズは可笑しそうに笑っている。なので特に気にする必要もないだろう。
「どうせ最後には支配下に置く予定だし気にしないのが一番だろ。さすがに国が亡んだり、魔法使って世界大戦みたいな事にならないように介入する必要はあるとは思うけど、急いで準備するようなことはそんなにないだろうな」
「確かにね。では、各国の監視を強化するように全体に伝えておきましょう」
「頼んだ。それと工場への細工とは別で隠密の幾人かで、以前にも伝えた家族や友人などの親しい人間の避難をさせろ。できるだけ強制ではないように、本人達から証明となるような動画や音声のメッセージ用意してもらえ、それが有るのと無いのだと説得力が違うからな」
避難させると決めてから考えていた事だが、そう考えてもいきなり『行方不明だった○○さんから、貴方を連れてくるように頼まれました』とかいきなり言われたも誰も信じない。どころか普通に逃げられるか、警察に通報されるレベルだ。
だから急遽、思いついた方法が本人とわかるような映像や音声による生存の証明。
これでも怪しむ人はいるだろうけど連れてきた後、その印象が大きく違うだだろ?映像って証拠があったのに信じなかった人は、本当に自分の家族や友達が目の前に現れた時に疑ってしまった事に少なからず罪悪感が出るだろうしな。
「わかったわ」
そんな俺の意図が伝わったのかルージュはすぐに頷いた。長年、俺の相棒をやってきてはいないってところだな。
とか考えていると…
「でも、何事にも手続きは必要なのよ。はい!頑張ってね‼」ドンッ‼
「え?」
ものすごくにこやかに机の上に置かれたのは1mは超える書類の山だ。
しかも一枚とってみてみれば気が遠くなりそうな数字が幾つもズラリと並んでいる。俺の一番苦手な部類の決済書類だった。
「な、なんで、こんなに?ちょっと前に終わらせたばかりのはずじゃ…」
「誰かさんが段階的にやる計画を大幅に前倒しにしたからね。その影響で今は何処も大忙しなのよ。もちろん魔王である貴方にも仕事は山ほどあるわよ」
そう言ってルージュが軽く手を叩くと、次々と書類の山が空中から降ってきた。すべてが1mを超える高さで、ちょっと前に終わらせた書類よりも山の数は二倍近くまで増えているように見えた。
つまりは通常時の約4倍の仕事量……なに、これ?拷問??
「呆然としていないで早く決済してください。これが終わったら次が待っているんだからね?」
「……え?」
「当たり前でしょう。1段階はやめるだけならともかく、第2フェーズから第4フェーズまでの3段階を一気に早めるんだから仕事も一気に増えるに決まっているで…まさか考えていなかったの?」
「……考えてなかった」
なんにも考えずに行動を決めた過去の自分を殴り飛ばしたい。
あの時には、もうテンションで行動決めたから先の事まで頭が動かなかったんだよな。どうしよ、って今からやめるわけにもいかないし頑張るしかないんだよな…頑張るしか。
「露骨に後悔している場合じゃないわよ。子でも今日中に終わらせなくちゃいけない物に絞ってあるんだから」
「つまり、本当はこれよりも多いと?」
「そう言う事、だから早く片付けてくださいね。私の仕事もすすまなくなっちゃうから」
「は~い…」
見返したルージュの真剣そのものだったので、これ以上は文句を言ってもてもしかたないので諦めた。とは言っても、目の前の書類の山は今日中に終わるような生易しい量じゃない気がするのは俺だけだろうか…魔王って一番偉いはずなんだけどなぁ……




