第10話 隠密の仕事
そしてノワールとルージュの2人が忙しく書類仕事に勤しんでいる頃、地球上では2人の指示により動く者達が居た。
全身を黒い特殊な繊維で作られた専用のスーツに身を包んだ者達は、魔王軍内で『隠密』や『影』やら言われる工作部隊だった。隊員は全員が侵入などに適した特性の種族や魔法を持つ者で構成されている。
元の世界での主な仕事は世界各地での諜報活動だ。
各種族の代表を決める選挙での不正が起きていないかの内偵、権力者達の監視、犯罪組織の監視・妨害または壊滅などいろいろだ。
そんな部隊で総隊長を任されているのが私『リィラ・スラ―ヴェ』である。
ちなみに、今回の任務の現場責任者でもある。
「今回の任務は簡単だ。地球上の食品工場の機械に、事前に配られた装置を設置するだけだ。しかも地球には我々のような存在を発見するような警備システムは存在しない。だからと言って気を抜いて現地人に発見されるような下手をすることのないように!わかったな?」
「「「「「「はっ!」」」」」」
「では、各自行動開始!」
瞬間、その場にいた者は全員が転移道具を使用して持ち場へと移動していった。
この場に残っているのは先ほどの指示とは別の仕事がある者達だ。
「残りの者達は、すでに伝えている通りだ。そのために転移者や転生者だけを選んでいる。特に直接の知り合いには本人が当たり最小時間で交渉を終わらせるように、ではお前達も行動開始!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
私の号令で先ほどの者達と同じように転移していく。
そうして全員が居なくなったのを確認してから私も自分の仕事を開始する。
今回の件で私に任されている仕事は簡単で『地球出身者が必要以上に情報を漏らさないかの監視』だ。総責任者ではあっても私は別に地球出身者、つまりは転生も転移もしていない現地出身者なのだ。
ゆえに侵略作戦に際しては地球出身者が、現存の地球人類に過度な同情により余計なことをしないように監視する任を秘密裏に魔王様と宰相様の両名から出されている。
『同じ地球出身者としては侵略に際して起きる、対象様々な混乱や事件によって起きる被害に同情などしてしまう者が出るのはわかるんだ。でも、それで作戦内容や俺達の事を適切ではないタイミングで発表されては困る』
『だから貴女には彼等の監視、そして不審な動きを見せた時に力尽くでも止めて』
『できれば怪我はさせてほしくないが、まぁ…腕の1~2本は生やせるから切り飛ばしてもいい。とにかく止めてくれ』
普段は毅然とした態度を崩さない御2人からの真摯な頼みに私は悩むことなく頷いた。
そして調べていると確かに侵略作戦が決まってから地球出身者達は浮足立っていた。
単純に故郷へ帰れることを喜ぶものが多かったが、侵略と聞いて不安を抱えている者も多く見られた。
そう言った者達も根本は自分の家族や恋人などの親しい相手が被害にあわないかと心配なだけで、しっかりと関係者の家族などを保護する事を伝えると落ち着きを取り戻していた。
だが地球と言う地へ来てから何名か挙動がおかしくなっていた。
魔王様に理由に心当たりを聞くと『故郷へと帰ったことで、捨てたはずの地球での倫理観がよみがえったんだろう』と言っていた。
地球出身ではない私にはわからない事だが、元々地球の発展した国では暴力による略奪などは違法として取り締まりをされていたそうだ。
他にも野生動物を許可なく捕獲や殺害した場合も妥当性が無ければ犯罪と成るような世界だったらしい。
いつ殺しに来るかもわからない野生動物に対してずいぶんとお優しい事だと思った。
だが、そんなルールで生きる事の出来た国に居たのなら。
これから起こる侵略作戦の数々を正確に知っていたら余計な行動に出ようとしてもおかしくないだろう。
そう理解したからこそ私は怪しい者を数名に絞って分身体も使って監視している。何か起こった時には本体である私自身が直接出向けるように準備をしてある。
なにせ異世界出身者は大概の者が異常な力を持っていて分身体では手に負えない可能性が高い。
「っ……残念だよ」
分身体の1体からの連絡を受けて私は即座に『入れ替え転移』を使用する。
次の瞬間、私の視界は先ほどまで居た人気のない建物から明かりの点いた住宅街になっていた。
そして目の前の家の前には私の姿を確認して目を見開く魔王軍の軍服を身に纏った男、後ろには少し歳を取った男女と若い少女が1名。
「な、なんで…ここに…」
「貴方は要監視対象ですから。直々に監視していただけの事、そして本当に残念ですよ…大事な部下の1人をこうして拘束しないといけないなんて」
「クソッ‼」
私の言葉を聞いた瞬間に逃げようと男は大きく跳びあがる。
でも甘い、すでにこの場の準備は終えている。
「うわっ⁉」
声のする方を見れば100mほど先の民家の屋根の上で男は動けなくなっていた。まるで見えない何かに縛られたように空中に浮きながらだ。
これで目標の1人は確保した。でも、本当に大変なのはここからになる。
「さて、貴方達は彼のお知り合いか何かですか?」
「え、あぁ…昔、近所に住んでいたんだ。今は誰も住んでないけど、そこの家に」
少し怯えながらも男は少し奥の草などが生え放題の家を指さす。
あの家が今は拘束されている男の異世界に召喚されるまで住んでいた家という事だな。
「なるほど、そして貴方の職業は『出版業』ですか?」
「!?」
私が動くことになった理由がこれだ。
しかも部下の男は親しい相手を魔王様に報告していない。つまりは自分の家族などを避難させる人員には選ばれてはいないのだ。
なのに出版社の勤めの知り合いにあの男は合いに来た。
「あの男に何を言われた?正直に答えたほうがいい…」
「しょ、正直に話す…だから、家族には手をださないで」
「いいから話なさい」
「は、はい…」
圧を強めると男は女と少女を守るように背に隠すようにしながら話し始めた。長々と命乞いのような言葉を挟みながら言われた話を要約すると『急にやってきて魔法だのなんだの話され、なんだかわからなかったが証拠があると言われ、それを見るかどうか決めている所で現在に至る』と言った感じだった。
「はぁ……そこまで話されていたなら仕方ない」
「ひぃ!?」
殺されるとでも思ったのか男は自分の家族たちでも逃がそうというのか、家の中へと押し込むようにした。でも、逃げられるわけにはいかないのですでに拘束済みだ。
「殺しはしない…」『記憶消去』
「「「っ…」」」
「はぁ…」
あからさまに怯える人間の顔を見ても昔のように喜びや愉悦のような感情は湧いてこなくなった。もう何百年も共に過ごせば下等生物や敵などと認識する事はできなくなっていた。
だから、こうして恐怖されると嫌でも気が滅入る。
特に諜報部隊にだけに支給された『記憶消去』の魔法具。
正直に言って私はこの道具は好きになれなかった。目撃者を殺したいわけではないが、この記憶消去の魔道具は未完成なのだ。
ちゃんと記憶は消せるのだが範囲が丸1日と広すぎる。
これでは必要のない記憶まで消すことになって何かあった証拠が残ってしまう。なので本末転倒だとは思うのだが他にいい道具もないので使用している。
後、とてつもなく面倒なのは使用した相手は全員気絶してしまう。なので不自然さが、できるだけ減るように寝室などに運ぶ必要があって手間がかかるのだ。
「よし、これで問題ないな」
1分ほどで何とか3人を家の中に入れて鍵を閉めて証拠も全て消し終えた。
これでようやく楽な仕事に戻ることができる。
「それでは言い訳は魔王様方に自分でするのだな」
「んんんんっ⁉」
うるさくされると困るので口も塞いでいるため何を言っているのかは分からないが、別に聞く必要もない。
拘束した元部下の男を転送陣で月面の牢獄へ送った。
これで戻れるかと思っていたんだが…
「はぁ…故郷に戻ったくらいで気が緩みすぎだバカ共」
次々に分身から知らせが来るので呆れ果てる。
しかも一つの国だけではなく複数の国で同時で、これではいつ帰れるか分かったものじゃないな。
「これは後で特別手当の申請をしておかなくては、さすがに割に合わない」
少し面倒な仕事を私1人に寄こした魔王様と宰相様に文句を言いたい。
そんな気持ちを一先ず押し込めて問題が大きくなる前に全部の問題をかたずけよう。文句を言うのはそれからだ。




