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二人目の適合者(セカンド・パンツァー) その2

《左腕のシールドを展開します》

 左手首の装甲がパカッと開き、灰色の塗装が施された板が展開されていく。それはあっという間に手首から肘にかけておよび、楕円形のシールドになった。

 ミサイルがシールドによって手前で弾かれ、かろうじて視界が確保される。

『指示を出している奴がいるな? これならどうだッ!』

 バキュラの機体の瞳が光ったかと思うと、真っ赤なレーザー光線が照射された。

『危ない! かわして!?』

「無理だ!」

 避けられるはずもなく、機体にもろに喰らってしまう。人間でいう右の鎖骨の装甲が吹き飛んだ。

《右胸上部の装甲が損傷。右肩のミサイル二基、損壊》

「マズい、ミサイルが!」

『落ち着いて、まだ左のが残ってる!』

 会話している間敵が待ってくれるはずもなく、バキュラの機体の目元に光の粒子が集まっていく。

「またレーザーを撃つ気だ! クソッ、このままじゃ!!」

 あんなものをど素人の俺がかわせるはずがない。ならいっそ賭けに出るべきだ!

 脳内イメージに合わせ、スペース・パンツァーがフィールドを駆け出す。

『ちょっと、正気!? あんなのを近距離で喰らったら!!』

「黙っててくれ!」

 俺はバキュラの目元をコックピットのフロントガラス越しに捕らえながら、一気に距離を詰めていく。

 その間にも、バキュラの目元にどんどん光の粒子が集まっていく。それが途切れた瞬間、

「今だッ!」

 俺はバランスが崩れるのも構わず大きく横に飛んだ。さっきまでいた場所をレーザーが掠める。

『かわしやがった!?』

「よっしゃああぁぁ!」

 どうやら一発目以降は充填に時間がかかるようだ。その隙を狙い、俺はグラウンドを抉る勢いで地を蹴って、グンと間合いを詰める。

「喰らえッ!」

 バキュラの機体をフロントガラスいっぱいに捕らえ、俺は下から上へ掬い上げる渾身の左アッパーを放つ。

『おっとぉ』

「っ!?」

 が、大きく後ろにのけぞって受け流されてしまう。

『お返しだッ』

 返しの右ストレートがガラ空きの左脇に命中。コックピットが大きく揺れ、点滅する真っ赤な光とともに警報が鳴り響く。

『大丈夫!?』

 答える暇もなく左足のキックで追撃を受け、機体が背後によろける。

『なんだ、少しはできる奴だと思ったのに。買いかぶりすぎたぜ』

 バキュラの機体の鳩尾の装甲が開き、中から五基のミサイルが現れる。

『あばよ』

 そのすべてが、ごく至近距離で発射された。

「……うぅっ!?」

 機体の胸部にもろに喰らい、ジェットコースターのように揺れるコックピット。

《警告、致命的な損傷発生。システムに甚大な影響あり。ミサイル、全基使用不能》

 機体から上がる黒煙がフロントガラスをもくもくと覆う。コックピットが一際揺れ、足元がガシャンと振動した。スペース・パンツァーが膝から崩れ折れたのだ。

 警報が一際大きく鳴り、コックピットが真っ赤な光に染め上げられる。

 息ができない。掠れた吐息が喉から漏れ出す。まるで誰かに首を絞められているみたいだ。

「負け、たのか……?」

 こんな奴に?

「死ぬのか……?」

 これが、俺の最後?

「動け、動いてくれッ!!」

 頭の中でいくら立ち上がる映像を思い浮かべようとしても、霧のように散り散りになって考えがまとまらない。ナビゲーションAIもスペース・パンツァーも、完全に沈黙していた。

 必死に何かを叫ぶエミの声だけが、遥か遠くから聞こえる。

『増援を呼びやがったな?』

 拡声器を通して、チッというバキュラの舌打ちがスタジアムに響き渡った。

「増、援……?」

 かろうじて聞き取れたその言葉を、舌の上で反芻する。まったく心当たりがなかった。

 バキュラは足の裏からジェット噴射をして人工芝を巻き上げる。ずんぐりとした横に広い機体がふわりと浮かび、昼間の青空へと浮上していく。

『今日はこの辺にしといてやるよ』

 そう言い残し、バキュラは機体を前のめりにさせて飛び去っていった。

 スタジアム中の、奪った心を乗せて。



「……なんでバキュラは、俺にとどめを刺さなかったんだ?」

「わたしがスペース・パンツァーと同じ電波を放つ偽装ドローンを飛ばしたからよ」

「…………そっか」

 公園にスペース・パンツァーを転送し、エミの運転で高校へ戻る道中、俺たちの間にそれ以上の会話はなかった。

 渦巻く虚無感。ずきずきと痛む体。それ以上に痛む、胸の奥。

 救えなかった。助けられなかった。その事実が重圧となってのしかかり、押し潰されそうになる。

「エミ、寄りたいところがあるんだ。少しだけ時間をくれないか?」

「いいけど、どこへ行くの? 病院とか、人目につくようなところはダメよ?」

「わかってる」



 入り口脇の駐輪場で降ろしてもらい、砂利道を歩き出すと、物陰から黒ぶちの重そうな眼鏡をかけた、丸っこい人影が現れた。

「田所……」

 制服のボタンがはち切れそうなほどふくらんだ腹を揺らし、ゆっくりと近づいてくる。

「ネットのニュース、見てさ。ここに来るんじゃ無いかって思って」

「……悪い。三十分だけ、一人にしてくれないか」

 そう告げて、俺は整備された石造りの道を歩いていく。

 等間隔に並ぶいくつもの墓石の前を通り、やがてその一つの前で立ち止まる。

斎藤(さいとう) (まなぶ)

 俺の、親父の墓だ。

 周囲に人がいないのを確認して、親父の前に座り込んだ。

「ごめん、親父。親父との約束、守れなかった」

 ぼろぼろと涙が溢れ出す。みっともなくしゃくり上げて、鼻水をすすりながら、俺は続ける。

「やっぱり俺、親父みたいにはなれないよ」

 消防士だった親父は、数え切れないくらいたくさんの人を救った。自分の命も、かえりみずに。

 俺にとって親父はヒーローで、物語の中の勇者みたいな、憧れの存在だった。

 いつか交わしたやりとりを思い出す。


『僕、いつかお父さんみたいになれるかな?』

『なれるさ。カオルが、誰かを助けたいって気持ちを、忘れない限り』


 そう言って親父は笑った。強くてやさしくて、カッコいい親父は、その翌年、救助活動中に亡くなった。

 親父は最後の最後まで、誰かを助けたいという気持ちを曲げなかったし、おごることも、鼻にかけることもせず、ただただ、誇りと情熱だけを持ってやり抜いた。

 ーーーー田所に自慢ばかりしていた俺とは大違いだ。

 ()ぎるのは、心を奪われた人たちの、虚空を見つめる光の消えた瞳。その焦点の合わない目が、数え切れないくらいたくさんの視線が、泣きじゃくる俺の背中に向けられている気がした。

「ごめん、ごめん、ごめん。全部、俺のせいだ……」

 その背中に、温かい感触が乗せられる。振り返ると、それは緑の髪にオレンジの瞳をした少女の、手のひらだった。

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