宇宙人(エイリアン)ってパンツ履いてんのかよ!? その1
俺はヒーローでも勇者でもない、なんてことのない高校一年生。
この平和な日々がつまらないとは言わないけど、彼女いない歴=年齢をいい加減脱したいと願う、そんな高校生。
八時前に家を出て、今は通学路を一人でとぼとぼ歩いていた。
「あぁーあ、空から美少女でも降ってこないかなぁ」
なんてぼやいて、道端の石ころを勢い良く蹴り上げる。
すると、カン、と金属にぶつかったとき特有の甲高い音が鳴った。
「やべっ」
顔を上げると、なんと燃え盛る巨大な鉄の塊が空に浮かんでいた。
「え?」
血の気が引いて真っ青になる。見れば、その塊はこっちに向かって落ちてきている!
「ええぇぇぇーーーーーーーーーーーーーッッッッ!?!?」
逃げ出そうと振り向いてももう遅い。爆風をもろに背中に受け、コンクリートごと吹き飛んだ。
「いたたたたた……」
体にのしかかるえぐられたコンクリートをどかし、俺はよろよろと立ち上がる。両方の手のひらで、握ったり開いたりを繰り返した。
「生きてる……」
制服が土埃で汚れた上、ところどころ破れてしまっているが、それは目の前のこの惨状を見てもらって説明するしかないだろう。というか、
「なんなんだ、これ。まるで……」
円盤型のUFO。そうとしか言い表せないその鋼鉄の塊は真鍮みたいなにぶい緑色の光沢を帯びていて、手前側が大きくひしゃげている。サイズは、直径八メートルくらいあるんじゃないか? 円盤の中央は逆さにしたおわんみたいに膨らんでいて、大人が何人か入れそうだ。
呆然と眺めていると、おわんについた丸い窓の一つが上向きに開き、砂煙が立つ。
「ゴホッ、ゴホッ……ん? あれって!」
目に入った砂を指で擦って落としていると、開いた窓から手が伸びてきた。色白の、人間そっくりの手だった。
「まさか、人!?」
慌てて円盤に駆け寄り、俺は窓から垂れる手を取った。あったかくて、やわらかい。女の子の手みたいだ。
「うぅん……」
暗く、赤い光が漏れた丸い窓枠の中からうめき声が聞こえてきた。やっぱり女の子だ!
「大丈夫か? 今出してやるから!」
窓枠のフチに足をかけ、煙を上げる円盤から女の子を引きずり出そうとする。腕が出て、肩が出て、なんとか上半身までを引っ張り上げると、なんとそれは……
「え、えぇ!?」
髪の毛の代わりに緑色のデロデロに溶けたスライムを生やした裸の女の子だった。でろでろのスライムは肩の下まで及んでいて、生き物みたいに波打っている。
「あな、たは?」
うめいていた女の子が、重たそうにまぶたを開く。澄んだオレンジのその瞳が、目の前に立つ俺を映し出す。
「俺、は……」
驚きのあまりパクパクと口ばかり動いて、言葉が出てこない。
円盤の上に尻餅をつき、なんとか呼吸を整える。
「俺は、斎藤カオル。君は?」
「さいとう、かおる。そう。……よろしくね?」
女の子の声があまりにも小さいので、顔を近づけて聞き耳を立てていると、突然、女の子が俺のアゴに手を回してきて、
「んッ!?」
唇にキスをしてきた。
ぢゅるるるるるるうっ。
それもとんでもないディープキスだった。精気どころか中身まで吸われるんじゃないかっていうくらいの勢いに、俺は女の子の肩を押して慌てて引き剥がす。
「何するんだよ!?」
突然のことだったとはいえ、女の子の唇のやわらかい感触や、ツンと鼻につく甘い刺激臭のような香りが尾を引いてクラクラする。
火照った体はぐったりと力が抜け、強烈な睡魔が襲う。一方女の子は、俺と入れ替わるように元気になっていた。俺を豊満な胸で受け止めて腕で抱き寄せて、見下ろしてくる。
「かおる、わたしはエミ。よろしくね?」
ぼんやりとした意識の中、女の子が、のんきな調子でそうつぶやくのが聞こえた。
「ーーーーふぁ?」
気がつくと、俺はアスファルトの上で寝転がっていた。
手をついて起き上がり、辺りを見回す。
「……夢?」
地面はどこもえぐれてなんかいないし、煙を上げる円盤も、緑のスライムの髪の美少女も、どこにもいなくなっていた。
腕時計を確認して、青ざめる。
「完っ全に遅刻だ!!」
学校に着いた頃には一時間目も終わりかけで、俺はめちゃくちゃ気まずい雰囲気の中、謝り倒しながら着席した。と言っても、さっき見たあのおかしな夢のことで頭がいっぱいで授業なんて手につくはずもなく、上の空のままあっという間に昼休みを迎えた。
「大丈夫、カオル? なんだか今日は上の空みたいだけど。宇宙人にキャトルミューティレーションでもされた?」
「……きゃとる、なんだって?」
弁当を持ち寄って話しかけてきたのは、黒いフレームに牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた男友達、田所だ。男にしては長いボサボサの黒髪で、お腹がぽっこりと出ている。重度のオカルトマニアだが、根はいいやつだし、コイツなりに心配してくれているのだろう。
「宇宙人がこの星の生物を調べるために、ときどきUFOの中へ連れ去ることがあるんだよ。それがキャトルミューティレーション」
「へぇ……」
向かい合って弁当を広げながら、気にしていないふりをする。内心は心臓バクバクだった。今朝の夢を単なる夢と一蹴できない最大の理由、それはいつの間にか通学路のアスファルトで寝転がっていたことだ。