迷宮企画会社は営業中です!
「お待たせ~~!! 異世界転移アイテム完成しました~~!! 良かったね、これで元の世界に帰れるよアリーナちゃん!!」
迷宮で冒険者たちとエンカウントした日から、さらに数日が経過していた。
社長ラインハルトと社員であるアリーナが額を突き合わせて次なる企画を練っている事務室へ、相も変わらず派手な装いのヘルムートが前触れ無く現れた。
「異世界転移……」
根を詰めすぎたせいで顔色を悪くしたラインハルトが、何を言われたかわからないといった様子で顔を向ける。
「今それどころじゃ……」
言葉を引き継いだアリーナの顔色も悪い。
その一柱とひとりの様子を目を瞬かせながら見つめ、ヘルムートは「あれ~?」と首を傾げた。
「どうしたの、ふたりとも。ハイパーブラック企業に酷使された徹夜三日目みたいな顔をしているけど大丈夫? 何か問題でも?」
「客足が止まらなくて……。ドロップアイテム、作っても作っても足りないんです」
アリーナがうつろな声で応え、ラインハルトもまたがっくりと肩を落としてソファに沈み込んだ。
客足が増えたことで神通力も増大し、贅沢三昧も夢ではないはずなのに、ふたりが座っているのはスプリングも怪しい使い古しのソファ。インテリアに気を回す余裕などないほどに、仕事に追い立てられているのだった。
息を吐きだして、ラインハルトがさらに説明を加える。
「ドロップポイントで目当てのアイテムを見つけられなかった冒険者が、どんどん奥まで入り込んでくるんですよ。迷宮の拡張とモンスター召喚を続けているんですが、いつ追いつかれるかと。幸い、大盛況のおかげで俺の神通力はかつてないほど潤沢ではありますが」
ラインハルトが張りの失せた声で答えると、ヘルムートはぱあっと顔を輝かせた。
「良いことじゃな~~い!! あの閑古鳥迷宮の悪名高かったラインハルトの会社が、自分も従業員も使い倒すほどのブラック企業に急成長だなんて!! もう、見事な黒字経営じゃない!!」
「ブラック企業のブラックは、黒字の意味でしたっけ……?」
ちょっと違う気がするなぁ……とアリーナが遠くを見て言うと、ラインハルトも「絶対に違う」と強い語気で同意を示した。
ヘルムートはと言えば、ふたりの返答にはさしたる興味もなかったのか、「うんうん」と適当極まる様子で流して満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、どうしよう。せっかく転移アイテム作ったけど、いま社員がいなくなったら大変そうだから、またの機会にする?」
「そういうわけにはいかない。アリーナは元の世界に戻さないと……」
よろよろ、とラインハルトが立ち上がる。そのふらつく足元を見て、アリーナも「社長、危ないですよ」とつられたように腰を上げた。そのまま、アリーナの方が倒れかける。察知していたかの如く、ラインハルトが腕を伸ばして、アリーナをしっかりと支えた。
「魔力を使わせすぎた。『アリアドネの糸』の魔法を俺が使えれば、君の休日くらい確保できるはずなのに。本当に申し訳ない。いま何連勤目だ……?」
「気にしないでください。社長だってここのところずっと頑張ってらっしゃるじゃありませんか」
「俺は良いんだ。体力も神だから」
支え合い、労り合うような二人の会話をじっと見つめていたヘルムートが、軽い調子で口を挟んだ。
「あれ、もしかしてふたり、付き合ってる? 愛が芽生えちゃった? そりゃそうか。こんな狭い会社にふたりっきりで朝から晩まで顔を突き合わせて共同生活していたらそうなるか。良いんじゃないかな~、お似合いだよ。大丈夫大丈夫、神と人間の種族の壁なんかたいした障害じゃない」
「たしかに生活場所と会社が同じなので、朝から晩まで二人でずっと仕事しているのはたしかで。どうしても切り離せないから会話といえば仕事一色……」
仕事頭で返事をしかけてから、アリーナは(あれ? 愛? 愛ってなに?)と内心焦り始めたが、それよりもまず言うことは言わねば、とヘルムートに向き直る。
「繁忙期なんです! いま私が抜けるわけにはいきません!」
そこで、それまで黙っていたラインハルトが重々しく口を挟んだ。
「いつまでも会社で寝泊まりさせているのも忍びない。君は家に帰りなさい。仕事はもういいから。いまを逃すと、次はいつ帰れるかわからない」
「社長……、私の魔法はもう必要ないということですか」
アリーナが真剣なまなざしで問いかければ、ラインハルトもまた真摯な態度を貫いたまま、熱情のこもった声で答えた。
「そうは言っていない。君の価値はその稀少魔法だけじゃない。君という社員が俺にとってはもうかけがえのない存在だ。できることならずっと俺のそばにいて、一緒に企画を練って働き続けていて欲しい。君と過ごすお茶や食事の時間がなくなったら、俺はもうこの先、生きていく意味なんてない。利益を上げてもそれが何になる。だが、それでも君をこのまま引き留めるのは俺のわがままでしかない。いまこの会社……すごくブラックなわけだし」
息を止めて聞いていたアリーナは、感極まって(社長……!)と口走りかけていたが、最後の最後でほんの少し冷静になった。
ブラック。
「それは否定できませんが」
傍聴していたヘルムートが、「はっきりしないな~~~~~~~!!」と、なぜか突然キレた。
「素直になりなさい、素直に。ふたりともどうしたいの!? 答え次第ではいまこの場でアイテム破壊しちゃうけど!?」
「そ、それは。せっかくお作りになったアイテムですし、また召喚くまちゃんの誤作動で他の誰かを召喚したときに必要になるかもしれませんので」
「はい、アリーナちゃんよく言った!! 正直な子は好きだよ!! つまり君は帰る気がないね?」
ヘルムートに勢いよく確認され、アリーナは自分の言葉を頭の中でさらう。ゆっくりと理解してから、「そういうことになりますね」と答えて、笑った。
「だが、それでは」
なおもラインハルトが何か言いかけたそのとき。
ガチャッと無機質で場違いな音が響いた。
アリーナ、ラインハルト、ヘルムートが何も言わず、しん、と静まり返る中。
「お、なんだなんだ。なんで迷宮の奥にこんな普通のドアが? なんだこの部屋……」
冒険者らしい数人が事務室の中を覗き込んでいる。「事務所か?」「なんで迷宮の奥に事務所が」「会社?」「会社ってなんだ?」との話し声。
無言のままのラインハルトが、ドアに駆け寄って勢いよく閉め、背中で押さえつけながらヘルムートを振り返った。
「いまのはノーカウントでお願いします! ヘルムートさまと遊んでいなければ防げた迷宮踏破なので!」
「ラインハルトくん、冗談言っちゃいけないよ?」
大変ひとの悪い、へらへらとした笑みを浮かべたヘルムートの胸元に詰め寄り、アリーナも果敢に抗議した。
「最高神権限でそこをなんとか! 会社はようやく軌道に乗り始めたところなんです! いま潰れたら世界の損失です!」
「そんなこと言われても……、ここで見逃したとして、ラインハルトくん、この事態どう収拾つけるの? ん~??」
挑発めいた物言いに、ラインハルトは真顔で頷き、口を開いた。
「社員がいる以上、俺はこの場を失うわけには行きません。竜王を召喚して、冒険者が絶対に近寄れないようにしてきます。神通力余ってるので。今すぐ。竜王、二体くらい。いや三体」
その目はヘルムートからアリーナへと向けられ、ふたりの視線が空でぶつかる。ラインハルトはひとつ頷くと、ドアを開けて迷宮へと出て行った。
すぐに、普段は音声を遮断するドアの向こうから、強烈な咆哮が振動とともに伝わってきた。
にやにやと笑い続けていたヘルムートは「やればできるじゃ~ん」と楽しげに言ってからアリーナに目を向ける。
「ま、だいたいの経営状況はわかった。さっきの冒険者のことはひとまずノーカンということで、今日のところは帰るよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
大げさなまでに頭を下げてから、アリーナは顔を上げる。
現れたとき同様キラキラとした光に包まれたヘルムートは、片目を瞑って言った。
「あとは若い二人で仲良くね。仕事がまわらないようだったら、天使たちに声をかけるけど……愛の巣に、他の社員は邪魔?」
「いいえ、お願いします。人手が足りません。お願いします。会社が大きくなるのに人員の補充がないなんて、無理ですから」
愛の巣、という言葉に反応しかけたのを悟られないようにアリーナは早口で応じた。はい、はい、という返事を残して、ヘルムートの姿は完全に消え去った。
笑顔の残像まで消えてから、アリーナは肩で大きく息をした。
実際のところ、いまのふたりは愛がどうというより、顔を合わせれば仕事の話ばかり。最近は神通力で糸巻きも出せるので、息抜きがてら街へ向かうようなこともなく、落ち着いて話すこともできていない。
仕事、仕事、仕事。
「それでも私、いま、人生で一番充実しているんです。この仕事、大好きなんです!」
決意のように口に出してから、アリーナはこっそりと心の中で付け加える。
仕事も、会社も。
社長のことも、と。
「まあその……、休みがとれたらゆっくりしよう。うん。そのくらいは許されるはず。絶対に。よく寝て、美味しいものたくさん食べて……」
* * *
数年来、不人気の悪名をほしいままにしていたとある迷宮。
突然現れたレアアイテム「アリアドネの糸」で一躍有名となり、奥へ進めば他にも何かものすごいお宝があるのではと、冒険者を惹きつけてやまない大人気迷宮へと華麗なる変貌を遂げたが。
その深層部では、他の迷宮では滅多にお目にかかれない、災害級のモンスターが多数確認されることとなった。
その事実がまた凄腕冒険者たちを呼び寄せることになるのだが、それはまた別の話。
迷宮の奥では、今日も迷宮の神の経営する迷宮企画会社が、次なる企画を打ち出すべく営業を続けている。
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「ヘルムートさま、そもそもその転移道具、試運転しました? 安全性の確認は済んでますか?」
「お、鋭いねアリーナちゃん!! はいっ、諸々すべてこれからです!! 君はこの世界で初めてこの道具を使う選ばれしラッキーガール!!」
「ヘルムート様。それは人体実験と言うんですよ。うちの社員をなんだと思っているんですか」
(わあ……使わなくてほんと良かった……)
Fin.




