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束の間の平和

 ヒイロはトキオ文明国への潜入、そしてヴァンジャンスとの再開を誰にも言えずにいた。言ったところで何の報告にもならないし、ヴァンジャンスが裏切り者となってしまうだけとも考えられる。たぶん、あれは裏切りとかいう話ではなかった。本当に記憶を無くし、現在の心のままに行動しているようだった。


 ヴァンジャンスとの再会から胸騒ぎが止まらないヒイロは、ミーナとホープを連れて、気分転換も兼ねてオオタルの実家に来ていた。ヒイロがこの家を出てからもうすぐ5年以上が経つ。父のノミルと母のミコルも少し白髪やシワが増えた気がするのは歳をとったせいだとは思うが、自分でも思うほど、一人っ子だったヒイロを溺愛していた2人には、ヒイロが早いうちから独立して旅に出たことは、かなり寂しいかったと思う。それでも、この2人の誰もが羨む仲の良さは変わらずであったため、ヒイロも安心していた。


「久しぶり、父さんも母さんも変わらなく元気でよかったよ」


「当たり前だろう!俺はこれでもまだ50歳にもなってないんだ!あと10年以上は大工として現役でバリバリ働けるぞ!!」


「そうね、お互い少し白髪は増えてきたけど、まだまだお母さんだって若い人には負けないわよ!」


「2人ともまだまだお若いですよ!ねっ、ホープ!」


「じーじ!ばーば!わかい!」


 ヒイロにおんぶされていたホープがヒイロの肩越しから顔を出すと、ノミルが一瞬でホープを奪い去り、頬を合わせ頬擦りをする。


「おー誰かと思ったらかわい~かわい~お孫ちゃんのホープくんではありませんか!それではじーじと一緒にお家でも建ててみますか?」


「わー!おうち!おうち!」


 ノミルは、ホープを抱えたままクルクルと回り、家の庭の方に向かっていく。ミコルもその様子を微笑ましく眺めながら、ヒイロ達を庭が見える客間に案内し、お茶の準備を始める。


「うふふ、ヒイロとミーナちゃんにそっくりの可愛い男の子ね。」


「母さんも変わらなく元気か?まぁ父さんは相変わらず元気そうだけど」


「ありがとね、私達はちゃんと元気だよ。2人はどう?ヒイロは無茶ばかりして、ミーナちゃんに心配かけていないかい?」


「ふふっ大丈夫ですよ、お母さん。ヒイロは仕事に育児にとっても頑張ってくれています!」


 ヒイロとミーナとミコルで談笑をしていると、いつのまにか、庭にはノミルとホープで小さい小屋を作られていた。完成度から見て明らかにミノルが作った小屋だろう。


「ぱーぱ、みーて!ホープのおうちー!」


「あ~ぁ……本当に作ってるよ……何のための小屋なんだか、ペットもいないのに……」


 ヒイロは呆れながら見ていると、褒められたいホープは、ずっと大きな瞳でヒイロを見つめている。


「さ、さすがホープ!すごいなー、天才だなー」


 ヒイロのその棒読みの褒め言葉にホープは大満足し、庭を駆け回る。そしてミノルもまた、自分がほとんど作ったにも関わらず、ホープを褒めちぎる。


「ヒイロ!!この孫は天才だぞ!大工の才能ありだ!きっと将来は立派な大工職人になるぞ!!」


「あ、う~ん……どっかで聞いたことがあるセリフ……え~と、ホープ~、ホープは大きくなったら大工さんになるのかな~?」


 ホープはノミルとアイコンタクトをとると……


「ホープ、だいく~なる~!」


 と、ドヤ顔で言い放ち、その後ろでノミルは泣きながら万歳三唱を行なっている。


「ホ~プ~!ありがとう!!ホープが俺の後を継いでくれるまで、じーじはあと20年は現役で頑張ってみせるぞぉ!!」


「さっきより10年増えてるし……」


 ヒイロは呆れながらも、このなんでもない平和な日常に感謝をしていた。そしてーーヴァンジャンス、お前はこの人々の幸せな平和を壊そうとしているんだぞーーとヴァンジャンスのことがひと時も頭から離れることがなかった。


     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一方その頃、ヒイロと会ったヴァンジャンスもまた、思い出したくても思い出せない記憶に胸を締め付けられていた。何をしていても、つねにヒイロの顔と言葉が頭をよぎる。そして、何かを思い出せそうな気がすると、決まって激しい頭痛とともにーー復讐だ、お前には復讐しかないーーと、誰かの声が頭にひびいてくる。


 そのとき、トキオ文明国の直営兵器工場にいたヴァンジャンスは、工場の会議室で頭を押さえながら椅子に座っていた。そこに、この兵器工場の研究員の一人である若い兵士が走ってくるなり、ヴァンジャンスにむけて敬礼し、心配そうに声をかける。


「ヴァンジャンス殿……あ、とその大丈夫でありますか?」


「あ、あぁ気にするな。それより大型兵器の方はどうだ?」


「はっ、ヴァンジャンス殿のアドバイスにより、戦車の方はほぼ完成となっております。ただ戦闘機の方はまだ難しく、特に中央翼なのですが、空を飛んだ際のバランスや空気の抵抗などの計算が、我々の技術ではとても難しく……」


「だろうな。そこの技術は仕方ない。魔法や魔道具でどうにかならないのか?」


「はい、今のところヴァンジャンス殿の戦闘機には及びませんが、魔法を付与することでスピードはあまり出ませんが安定した飛行が可能になってきています。」


「スピードが命なのだがな。まぁ仕方ないか……よし、そのまま進めて行こう。オートマシンの方はどうだ?」


「はい、オートマシンについてはゴーレム魔法の術式をボディに書き込むことで、全体の調整がついてきたところであります。」


「わかった。それが完成すれば兵士の戦闘も少なり、死者もかなり減ることとなるだろう。」


「はっ!」


「全世界に戦争を仕掛けるとなると、やはり戦力がかなり必要になってくる。特に相手となってくる冒険者は日頃魔物と戦っている百戦錬磨だ。兵器など、性能が悪ければただの的になってしまうぞ」


「わかっております!!」


(もうすぐ……もうすぐこのくだらない世界を破壊してやる。そして彼の方を……再び……早く……)


 ヴァンジャンスは再び頭を抑える。この途方もない憎しみが発作のように、急にヴァンジャンスを頭の中に響いてくる。そのヴァンジャンスの様子を見て、若い兵士が心配そうにしている。


「そういえば……司令官殿達が進めているあのデカブツは大丈夫なのか?」


 ヴァンジャンスは若い兵士に気を使わせないよう手を頭から離し、話しを続ける。


「はい!そちらももうすぐ完成し、これから量産化に入ります。オートマシンの構造をそのまま巨大化、武装化に加えて、課題だった機動面を捨て、装甲と魔法防御の重視に切り替えました。」


「まぁ、それしか道は無いだろうな。ただあまり当てにしない方がいいぞ。もし本当にSSランク冒険者が俺と同じレベルなら、アレはただの大きな的でしかないぞ。だから俺は、小型兵器の性能を上げ、物量で攻める方を進めたんだ。」


「は、はぁ……。そ、そうでありますか……」


 トキオ文明国はヴァンジャンスのアドバイスのもと、確実に兵器の性能をあげ、戦争への準備を整えていた。それに対し、各国は今まで《戦争》という文字さえ聞いたことがなかったため、ヒイロの懸念も虚しく、トキオ文明国に対し、イバール国以外は何も対応をしないまま時を過ごしていた。


 そして今日も世界の人々は、何も知らないまま、ヒイロと同じように束の間の平和を楽しんでいた。これから世界を巻き込む大きな戦争……この世界での初めての世界大戦が始まろうとしていたのだった。

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