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親子傘

作者: 千夢

 車のステレオから英語の歌が聞こえてくる。

 雨の日、お父さんは必ずこの曲を流している。昔のミュージカル映画の歌なんだって。

 こんな時のお父さんは機嫌がいい。お父さんはちょっと変わっていて、雨の日は傘ささずに歩きたいんだ、と、よく言う。低気圧の日に頭痛になるお母さんは逆に機嫌が悪くなる。

「きょうは公園に行こうか」

 お父さんの言葉に、私はワクワクする。雨の公園! お父さんは雨の日、いつもあの英語の曲を歌いながら歩く。私が水たまりをわざと踏んでも全く怒らない。むしろ、自分もスラックスが汚れるのも無視してパシャパシャとする。

 今日のお父さんはテンションが何となく高い。水たまりでさんざん遊んだ後、傘を閉じて本当に踊り始めた。

 黒い傘をダンスの相手に見立てて軽快に足を動かすお父さん。私も似たことがしたくなって赤い傘を閉じて手をつないで踊っているふりをした。

 雨は強くなってくる。カッパを着ている私はともかく、お父さんはずぶぬれで、でも、とても素敵な笑顔なんだ。私は、こんな笑顔になれる大人になりたい。


 車に戻ると、お父さんが「あちゃー」と言った。

「どうしよう。バスタオル置いてきちゃった。シート、ずぶ濡れだな、これは」

 そんなことを言いながら、お父さんはあんまり困った顔をしていなかった。

 再びあの英語の歌が流れる。私も最初のところは覚えたよ。

「アイム シング インザ レイン、ジャスト シング インザ レイン」

 二人で歌いながら家に帰った。


「あなた、ちょっと」

 お母さんは眉間にしわを寄せながらお父さんを呼んだ。お父さんの背中はお父さんたちの寝室に行く。

 お母さんが大きな声を出した。怖くて耳を塞いだ。

「雨の日にずぶぬれで帰ってきてあの子が風邪をひいたらどうするのよ!」

 お母さんの声がこの部屋まで聞こえる。

 お父さんが私のせいで怒られてる。ダメだよ、そんなの!

「お母さん、怒らないで! 私、謝るから、ごめんなさい」

 言いながら寝室の部屋を開けるとお母さんは黙って私を睨んでいた。

「お母さんはお父さんに言ってるの。あっちの部屋に行きなさい」


 私はお父さんが好きだ。でも、お母さんも好きだ。お母さんは怒るけどおいしいハンバーグを作ってくれる。だから、だから、だから……。


 あの日から一週間たった。お父さんとお母さんがお食事前に話があるって。

「お父さんとお母さん、選ぶとしたらどっち?」

 え? ……え?……え?

「選びなさい。どっちがいい?」

 お父さんがいなかったら雨の楽しい公園ダンスできない。お母さんいなかったらおいしいハンバーグ食べれない。

「選べないよ……」

「いいから、選びなさい」

 お母さんはまた眉間にしわを寄せて言う。私は、そのしわを見たくなくてお父さんの方を向いた。

「お父さんがいいのかい?」

 私は頷いた。

「わかったよ。じゃ、ずっとお父さんと一緒だ」

「おかあさんも一緒だよね?」

 お父さんもお母さんも二人で首を横に振った。

「お母さんとは、お別れよ」

 私の頭の中ははてなでいっぱいだった。


 あれから14年。いまだにあの曲が好きになれない。お父さんと一緒に歌っていた、『雨に歌えば』は、私の中でレクイエムのような存在になった。

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