占術師・橋本昂祈【INORI/01】
◎人を惹きつける占術師・橋本昂祈を知る小説◎
INORI/01
「そこに座って待ってて下さい」
無愛想な事務員が吐き捨てるように言いながら案内された場所はこれから働くことになる食堂で、昼休憩の時間帯と重なり制服であるグレーのジャケットを来た大勢の従業員でうめ尽くされていた。定食を待つ長い行列が少しずつ前へと移動するその光景は灰色の海のようにも見えた。
案内された椅子には既に従業員が座っていて定食を食べ始めている。新人研修に来た私と、もう1人の男性は従業員の邪魔にならないよう食堂の端に移動して事務員を待つことにした。
定食の乗ったトレーを持って席へ向かう従業員らが、私達をジロジロと見ながら通り過ぎて行く。誰からも歓迎されてない冷たい視線をビシビシと感じた私は初日の新人研修も辞退して帰りたくなっていた。
「この時間の食堂で待機なんてキツイっすよね」
「本当だよね、他に待機場所ありそうだけど」
面接の時から一緒だった男が話しかけてきた。
私よりはずっと若いだろう、大学生にも見える。
年はかなり離れているが入社日は一緒だから一応は同期になるんだろう。あまり気にしていなかったが、背も高く凛々しい顔立ちでなかなかの男前だ。しかし男が時計に目をやった時左手首の内側に星が2つ重なったタトゥーが見えた。
タトゥー?意外だなぁ…凛々しい男前が星…?
ますます意外だわ。
聞けば先週親が離婚したばかりで家計を支えなくてはならない立場になり手っ取り早くお金を稼げる会社を探していたらこの会社がヒットしたとか。
こんな男前に相応しくない過酷な現実、人生色々…。そう言う私も人生色々なのだ。私と言えば先月まで勤めていた運輸会社が別会社へ吸収合併される事となり転勤を命じられた。転勤先は千葉県の鴨川、もし私がサーファーだったら喜んで転勤を決意しただろうがサーファーでもない私は海にさほど興味もなく、東京を離れる事は考えられなかった。オマケに転勤を辞退した時2年交際していた男に新しい彼女が出来たとかで
もう私を好きじゃないから別れてくれとお願いされて承諾した。人生が上昇気流に乗っていく前兆にはこうした試練は訪れるものなのだと、別れた男の幸せを願ってあげた。
もともと野心家でもなく、環境の変化に弱い私だったから転勤も退職も37歳で迎えた失恋もかなりのストレスだった。しかし今住むマンションの立地も環境も気に入っていたから思い切って転勤を辞退し長年務めていた運輸会社の事務員人生に幕を下ろした。
とは言え私は37歳の独身、じっくりと時間を掛けて就職活動を出来る程の経済的ゆとりは無かった。私もこの同期の男同様、手っ取り早くお金を稼ぐ為に必死に探して出会ったのがこの会社だった。
今日から私は時給1200円の派遣社員になる。仕事内容は倉庫内で出荷検品をするバイトだ。時給が良いから競争率が高そうで採用されるか不安に思っていたが面接は形式だけのザル採用、即決だった。
「お待たせしてすみませーん!!
今日から来る予定の方と全然連絡つかなくて…
これに着替えてまたここに来てください」
クリーニングに出されたグレーの制服を抱え走って来た事務員はそう言いながら私達に渡した。
制服…新品じゃないんだ…
派遣だからこんなものかと制服を受け取り事務員から指示された更衣室へと向かった。
next chapter →【INORI/02】
・登場人物・
橋本 昂祈 Akinori Hashimoto(28歳・独身)
→世界一のギタリストを目指していたがある人物との出会いから占術に魅了され、沖縄で有名な占術家がセミナーを開催するという情報を得て急遽沖縄の浦添へと向かった。家元と呼ばれる占術のセミナーは橋本を更に夢中にさせ「占術と祈り」の密接な繋がりに興味を持った。占術とは相手の心を真摯に学び、己を深く知る為のものであり、幸せを願う事だけでなく突然この世を去った兄と繋がる事が出来る唯一の方法が祈りだと気づく。この気づきをきっかけに次々と奇跡が訪れるようになり、東京に戻った橋本は桐山 誓、石森 健騎と出会い本格的に占術師として活動する事を勧められ対面占術をメインとした占いカフェバー
【REZAR】(レサル)を新宿にオープンさせる計画を始める。REZARはスペイン語で「祈り」
桐山 誓 Chika Kiriyama (37歳・独身)
→長年勤めていた会社が吸収合併される事になり転勤を命じられるが辞退して退職した。この時2年交際していた男との別れも訪れ試練の日々を送る中、橋本と出会い占術の魅力を知りやがて夢中になっていく。
石森 樹騎 Tatsuki Ishimori (23歳・大学中退)
→左手首に星のタトゥーを入れている。両親が離婚し2人の弟たちを支える為大学を中退し派遣社員となる。桐山とは同期。趣味はビリヤード。