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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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7.眠れる小人~中編



ネイクルに手を引かれ、メリエラは酒場の外に出た。

酒場での彼女の滞在時間は五分にも満たなかっただろう。

しかし、ネイクルに手を引かれる感覚は、懐かしい記憶を少しだけ思い出させ、メリエラに手を振りほどく暇や疑問を突きつける隙をしばらく与えなかった。





やがて、しばらくが切れたメリエラは、手を優しくほどいて立ち止まり、ネイクルに聞いた。



「どうして私を………」




「お前に来てもらった理由(わけ)はひとつだ。

だが意味は先日、二つになった。


…………少し急ごう。」



ネイクルは酒場の方を見て言った。

しかしやはり、これだけの距離があれば、ネイクルと二階の窓から覗くバヒムはお互いに目のあっていることになど気が付かなかった。






更に二人は歩いて行き、周りの雰囲気も、街の混雑したものに切り替わった。

酒場も、既に見えなくなってしばらく経つ。

だが、思い出話はもちろん、二人の間に交わされる言葉は一切無かった。


それでもメリエラは、初めて見るリアネキードの街並みを心から楽しんでいた。

立ち並ぶ露店や異文化の家々、独特な服装で行き交う人々、拭いきれない異国の空気感がそこにあったのだ。


しかし、彼女にも違和感はあった。

というか、ネイクルに呼ばれた時点でそうだったのだ。

彼はいつも目的を隠す。

学院時代もそうだった………。



快晴の青空を作る太陽は、街の真上で力強く輝き、ただ等しく何者をも照らす。

ただし、本質はいつも日陰に潜んでいるものだ。




二人は、開けた広場のような場所から、建物と建物に挟まれた細い道に入って行き、その奥に佇む軽い扉の前に来た。


「ここだ。」



ネイクルはそう言いながら、扉を数回ノックする。

するとすぐに扉が開いて、中から大柄な男が出てきた。





「んっ?ネイクルか!」





「ああネイクルだ。バルラザ。」



バルラザと呼ばれた男は見たところ小綺麗な印象で、薄い砂色の服装はまさに贅沢の対極にあった。

しかし、右手の人差し指に輝く銀色の指輪は、その精巧な装飾をもってして、居場所に反する自分の価値を主張している。


バルラザは右手に注がれるメリエラの視線が気になったのか、すぐに扉の内側に戻って、中から声を出した。




「この前の注文の話だろう?」





「そうだ。話が早くて助かる。」




ネイクルはメリエラに目配せして、二人はバルラザのあとに続いた。


中は思ったより明るく、生活感の漂うシンプルな部屋で、中央にテーブルと椅子、壁側に棚などの家具が並んでいた。

奥にはまだ部屋があるらしく、天井から垂れた薄い布がこの部屋と奥の部屋の仕切りであるらしい。



「ネイクルさん?この人は?」


メリエラは小声で聞いた。



「……少しばかり付き合いの長い珍品屋さ。

安心しろ。

見た目通りのいいやつだ。」




「珍品屋………ですか。

確かに人は良さそうですけど………」




そう言いながらメリエラは、棚を何やらいじっているバルラザの背中に目をやった。

すると彼には、その会話が聞こえていたらしく、背を向けたまま声を上げた。



「大丈夫だよ嬢ちゃん。

ちょっとした取引の提案があるだけさ。」





「取引?ですか?」





「あぁ。取引さ。」


バルラザは手を止め二人の方に体を向けると、そのままじっとメリエラを見つめつつ、中央のテーブルを挟んで、椅子に腰かけた。

ネイクルにポンと背を押され、メリエラも遅れて椅子に座り、向かい合わせの相手を見た。



「…………。」





「さて、取引というのも……実は俺、この業界じゃあそこそこ名の知れた売り手なんだ。」





「この業界ですか?」



メリエラの反応が意外だったのか、バルラザはネイクルの立つ方を見て、不思議そうな顔をした。

するとネイクルはメリエラのすぐ隣まできて言った。


「珍品屋と言っただろう?」





「あぁ…そうさ……珍品だよ。

嬢ちゃんに見せたいものがあってね。


………………。


何でも、研究に熱心なんだろう?

それも過去の…。」






「ま、まぁ……」



メリエラは適当に返答する傍ら、男の印象が怪しく揺らぐのを感じていた。





「勿論、聞くまでもないと思うが念のため…………


大陸神話は知ってるだろう?」






「はい。知っていますが………」





「じゃあ嬢ちゃんも気に入るはずだ。」




そう言うと男は突然に語りだした。


「はるか遠い昔………。

まだこの大陸に五つの種族があった頃。


王は未だおらず、ただ神々だけが我々の上にあった………」






「レアイザ著『黒の神話記録』ですね!」






「おお!食い付きがいいな!



英雄ギナは、魔女の黒き霧を払い、人の王となった。

神々が眠って以来、初めて大陸に安寧が………」





「第三部、魔女狩りの英雄ギナの治世ですね。」





「ふふふ……こりゃ完璧だな嬢ちゃん!」






「あ、ありがとうございます……。」








「………そこで俺が今回取引したいのはとある『槍』なんだ。」






「……………槍?ですか?」



嫌な予感が鈍くメリエラの脳内によぎる。

槍と聞いて、今思い浮かぶものはひとつしかない。


そう…………


「死砂の槍………エルセゲナだ。」





メリエラには自分の肌の上をなにか心地悪い感触が這って行くのがわかった。

しかし、この状況は一切わからなかった。

メリエラのよく知る方のエルセゲナは未だバヒムの背か、もしくは少なくとも酒場には置いてある。


しかし、男の何ら怯むことのない様子を見るに、嘘をついているようにも見えない。


エルセゲナが二本?

そんなことはあり得ない………はずだ。

だとすればやっぱり………

どちらかが偽物?


因果あってか、偶然か。


気づけばメリエラの内心は、好奇心という一種の境地に至っていた。

この珍事の真相を是非とも見届けたい。

そう思っていたのだ。

というのも彼女は、広く魔道の研究者。

魔法技術の最盛を色濃く残す、歴史と物語の間にある神話の類いや遺跡、遺物も十分に研究対象なのである。

そこへ飛び込んだ謎が、彼女の好奇心を煽ったのだ。



あまり良いことではないとは思っていたが、酒場に戻ったらバヒムが持つ方の槍も詳しく確認しようと、メリエラは心に決めた。



メリエラの内部で起きた一連の流れは静かで、一見するだけでは分からないくらい冷静だった。

その様が周りの目には、驚愕のあまり言葉を失ったように見えたのかもしれない。


小綺麗な男は、メリエラの様子を喜ばしげに見てうなずいていた。

指に輝く銀色の指輪もまた、いっそう輝いて見える。




「どうだい嬢ちゃん?


現物を見てみるかい?」





「み、見ます!」




「よし!」



男は立ち上がると腕をまくり、先程いじっていた棚に触れたかと思うと、ゆっくりと重そうにそれをずらし始めた。

最初、メリエラはその様子を少し不可解な目で眺めていたが、やがて棚の裏側に階段が現れてくると、込み上げるワクワクに彼女は表情を溶かし始めた。


ヒンヤリとした空気が、下へ続く階段から流れ込んでくる。



「地下室ですか?」




躍る好奇心にメリエラは椅子から立ち上がっていた。




「そう、地下室だ。


ネイクル、お前の品もこの下にある。」





階段はほどよく湿気があって薄暗く、足音は心地よく響く。

ふと手をついた先の壁は、地上の日射を知らないかのように冷たい。

決して広くない空間で先頭を行く男は少し窮屈そうである。

そのせいだろうか、階段を下る男の歩みが、メリエラには少しだけ遅く感じられていた。



「もうすぐだ。」



男は体を横にして、後ろの二人に言った。

男と壁の間が広がった先には光が見える。

左手の壁側からこぼれる薄く黄味がかった光だ。

階段の暗がりにあったそれは、どこか暖かく揺れていた。




コツコツコツ………

…コツコツコツ………

……コツコツコツ………




三人は石の階段に足音だけを残し、光の中に入って行く。


そこそこ広いその空間はやはり、階段の空気と相反して暖かみを帯びていた。

それも、どこか乾いた突き刺すような暖かさ。


その暖かさの中心点は、部屋の隅にあるテーブルだった。

表面は年季が入ったように黒ずみ、上には長い棒状の物が布を被せて置いてある。


男は真っ直ぐにテーブルの方へ進み、慎重にその布を避けた。

褪せた色味の柄部分が見えかかったかと思うと、すぐさま乾きと暖かみが一層鋭さを増し、その全体像が現れると息を呑むような感覚が襲った。




「これが………」





「ふぅ……気に入ったかい嬢ちゃん?」




「気に入りました。」





「そりゃよかった!


あと……ネイクル。

お前のはそこの棚だ。」





「………これだな?

……ありがたく貰っておく。


よし!俺は先に酒場に戻るぞ。

バルラザ、メリエラをよろしくな。」





「ちょ…ネイクルさん行っちゃうんですか?」






「………猛烈な心配事があるんでな。」



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