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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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7.眠れる小人~前編




「これ……は……」



青ざめた声と共に、用心棒バヒムの顔から、

一気に血の気が引いて行く。

酒場サンドルフィンの二階、一番手まえの部屋に、後ずさる靴の音が鳴る。



「………」


あの日………グリアスに爺さんの過去を聞かされた日から、なにも変わっていないその部屋は、勿論のことベッドの上に小人を横たえていた。


バヒムは慎重に足を進める。


トク………トク………トク………


心臓の鼓動と重なった自分の足音が、いつもよりも大きく聞こえたバヒムは、ベッドのすぐ近くまで来ると、より注意深く横たわる少女を観察する。


まるで時が止まったように眠る彼女の呼吸は止まっていた。

呼吸だけではない、彼女を形作る全てが氷のように固まって動いていなかった。



目前にある事実を、にわかには受け入れられなかったバヒムは、その真実を確かめようと手を伸ばすも、脈動はおろか細微な鼓動すら指先に感じ取ることはできない。



込み上げる悪寒が、氷のような彼女に触れる指先から徐々に凍らせて行く。

しかしそれとは対照的に、指先から伝わってくる熱は、鼓動の停止を忘れたかのように、生きた人間に宿ったままの温かさを含んでいた。



一見、生と死の法則に反しているかのようなこの状況と、絶望するグリアスの顔が交互に浮かび上がっては襲い、処理が追い付かないままのバヒムは、指を離してただ立ち尽くした。




そのうち、思考が一所にとどまると、彼の脳内には一つの結論が浮かんでいた。



グリアスの娘は直前まで生きていたはずだ。

そして、ほんの少しまえに…………



まだ温かい彼女の鼓動が止まっている理由としては、妥当な判断のように思われた。



だがなぜ?

なぜ彼女の鼓動は止まってしまったのか。

その手がかりは全く見当たらない。

それどころか、自分の直感がそうではないと、思考に訴えてさえくる。

しかし、どう考えたとしても結果は目前に横たわっていて、変わりはしない。

グリアスのあれほどまでに愛していた娘が………


バヒムは再び、横たわる小人の生の証明を探る。

しかし、何一つ現状の結論を否定してくれるものはなかった。




グリアスは隣の部屋で眠ったままだ…………

起こすべきか?

いや、そんなことをしたら………




いや、それとも………



そう考えたとたん、バヒムは独特な気持ちの悪さを感じた。






結局バヒムは、グリアスを起こすことなく一階に降りてきて、窓横のカウンター席に腰を下ろした。



その後、何もなく静かな時が流れた。

その間、二階で眠る男の寝息も、その娘の鼓動も聞こえては来なかった。

だがそれは、あくまで外見的な話だった。


内面的に、カウンター席にポツンと座る用心棒は一人、ぐるぐると何処かをさまよっていた。

どこを目指すでもなく、ただその場で足元だけは見ないようにして。
















「おい、バヒム。元気ねぇな。」




夕暮れ、といってもまだ早い時間帯の酒場は、いまだ昼間の生暖かい空気を残し、客こそいなかったが、うつむいて、男が心を落ちつけるのには最適だった。

しかし、見事にこの台詞を吐いた者が、それを控えめに言うと僅かに壊した。


バヒムはハッとして顔を上げ、ムキムキの肉体を包む白シャツが視界にはいると、その途端に覚悟した。


グリアスに伝えなければならない。

娘さんのことを…………




「あんたのシャツも元気無さそうだが?」


しかしバヒムは、その話題をすぐには切り出せず、シャツ男に対し、痛快にそう返すのがやっとだった。



「…ハッハッハッ!

相変わらず冗談がうまいなぁ~バヒム!

そうか!お前は知らなかったな。

このシャツは娘からの誕生日祝いでな。

ずっと着てるんだよ。」




「は…はは、そうか…………そうか。」



娘からの誕生祝い…………

ずっと着ているとは、いったいいつからなのだろうか………?

バヒムは一見簡単そうなこの質問に怖じ気づいた。




「バヒムが元気無いのは仕方ないだろ?」



そう言って酒場に入ってきたのはネイクルだ。

緑色で大きめの瞳をぱっちりとこちらに向けながら、年不相応に幼めの顔をひけらかしている。

だが、その表情は少しばかり冷たく固まっていた。



この冷たさは、いったいなんなのか?

というか、冷たい?



バヒムは男が近づいてきて、隣に座ろうとしたときにそう感じた。



「おい、お前そのローブって………」




「ああ、気付いたのかバヒム。この暑苦しい白シャツのせいで相殺されるかもしれないと思ったが………、この国の魔法技術は………」



「すまんなぁ~暑苦しくて。

ほら、こいつは俺からだ。

フフフッ、特製だぞ~。」



白シャツはそう言うと、手製の酒を一杯、カウンターのバヒムの目の前に置いた。



「おっ。ありがとな。」



「ん?グリアス、俺の分が無いぞ?」



「なに言ってんだ?バヒムは元気ねぇが、お前は違うだろ。」



元気ない………か。

自分ではそんなつもり無い……

はずなんだけどな。


グリアスに伝えなければならない事がまた一つ重たくなったように、バヒムには思えた。




「……暑苦しいとか言って悪かったよ。」



「なに言ってんだ?別にそんなの気にしてねぇーよ。」













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