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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
16/25

6.5~帰還、再開





「バヒムさんバヒムさん!


あれがリアネキードですか?」





「ああ、そうだ。」





「すごい……思ったよりも大きいですね。」




少年のようにメリエラは言う。


雲ひとつない澄みきった夜明けの空、冷めた砂の海、そして岩山の陰から姿を表す、半壊した巨大な城壁。


一方で見慣れたその景色は、一方で新鮮なのであった。




「………。」


そんなメリエラの背を見つめながら、バヒムは無言で心地の良い空気を噛み締める。

今まで知らなかった味が、体の中にじんわりと広がってゆく。




「………どうしたんですか?バヒムさん。」




メリエラは、立ち止まっていたバヒムの方を振り返って言った。

するとバヒムは、ふと我に返ったように「ああ」とだけ返事をして、再び足を動かし始めた。

が、それが10歩と続かない内に彼はまた立ち止まった。






「なぁ……ひとつ聞いていいか?」





「なんですか?」





「………ネイクルはどんな先生だった?」






…………












幼げな見た目で先生にも見えないネイクルは、急にくしゃみなどしなかった。

と言うのも彼は今、くしゃみをすることすら躊躇われるような、静寂のなかに身をおいていたのだ。

しかもそれが、一人きりの空間でのことではなく、二人きりの空間でのことなのだからなおさらである。

加えてネイクルは、その静寂を共有する唯一の相手であるシャツの男に、凄まじい警戒を向けていたということも考えると、くしゃみくらい我慢したくなるはずである。



「なぁ?今日も朝からずっとここにいるつもりか?」




くしゃみによって破壊されなかった静寂は、シャツの男の言葉によって破壊された。




「なにか不都合でもあるか?」




「いやぁ、別にそう言うわけでもないが……。」





「しっかり朝昼晩の食事代も払ってるんだ。

別にここにいたっていいだろ?」





「別にいいが………しかしなぁ。


帰ったと思ったら、また1、2時間後にはここにいるって、いったいどういうことなんだぁ?


しかも、何をするでもなくずっとそこに座って………」




「定期的に食事はとってるだろ?」





「だいたい、いつ寝てるんだよ?お前。」





「それはお互い様だろう?」






「ああそうかもな!」



うんざりしたように喋るシャツの男の顔には、割とくっきりした隈が出来ていた。

しかし、ネイクルの顔に隈はなく、口調にも相手の態度にうんざりしたりしないくらいの余裕があった。



「しかし不思議だ。」





「…………」




シャツの男は無言で目線だけをネイクルに向けた。




「かれこれ3日 、この店に張り付いているが…………


どうしたことか、娘さんを見ていない。」





「………」




酒場に再び静寂が満ちようとしていた。

が、次の瞬間、酒場のドアが何者かによって開かれ、静寂はその音によって遠ざかっていった。


二人っきりだった男共は、即座に扉の方へ目を向けた。

正直、反射的にと言うよりも、居心地の悪い静寂に嫌気がさしていたことから素早く反応していた二人にとっては、待ちわびていたであろう人物がそこに現れた。





「バヒム!やっときたか!」



ネイクルは幼げな見た目にみあった、はつらつとした声をあげる。




「おお、ネイクルか。

こんな朝っぱらからここにいるとは思わなかった。


グリアスは………

なんだか調子悪そうだな。

元気もなさそうだし、少し寝てきたらどうだ?」





「いや、まだ大丈夫だ……バヒム……。」




そう言うシャツの男の喋りには、やはり特徴的な力強さがないとバヒムは思った。




「こんにちは」




控えめにそう言いながら、バヒムに少し遅れてメリエラも入ってくる。

誰も「今は朝だ」などとツッコミを入れることはなく、まず彼女を出迎えたのは、久しく聞く師の声であった。




「メリエラ、久しぶりだな!」





「本当に久しいですね………」



メリエラは目を細めて言った。

その反応にネイクルは、既視感を覚えた。

ずっと………と言うほどでもない昔……と言うか数年前、彼は今のメリエラと同じ表情をどこかで見ていることに気づいたのだ。

あれは確か…………



ネイクルがそれ以上考える前に、メリエラが続けて言った。



「次にお前に会うときは………」



そこまで聞いて、ネイクルはいつのことだったかを思い出した。

そして、こう言ってメリエラの言葉を止めた。



「メリエラ、すまない……」




「………」



メリエラは無言だった。





「またネイクル・ジュアーデイスに協力してくれるか?」






「…………わかってますよ。ハァ……」



呆れたようなその声にネイクルは胸を撫で下ろし、バヒムは過去に何かあったのだろうと納得し、シャツの男は大きなあくびをした。





「………それでネイクル。報酬の件だが……」




「ああ、その話もしよう

だが、今は待ってくれバヒム。


メリエラと思い出話のひとつでもさせてくれ。」




「ああ、勿論だ。

メリエラの魔道の先生だったんだろ?


俺にも聞かせてくれよ。」




「いや、すまないがいろいろと込み入った話があって………


その辺を歩きながら話してくるよ。

な?メリエラ」





「はい………?」


メリエラの声には、少し疑問が混じっているようにも聞こえた。

しかしネイクルは、間髪いれずにテキトーな理由を二、三個くらい言い捨てる内に片手でメリエラの手を引き、もう片方で酒場の扉に手を掛けていた。






「じゃあ、店は頼んだぞバヒム。」





ネイクルはそう言うと、さっさとメリエラを連れて店の外に出てしまう。


後に残されたのは、そろそろ本当にダメそうなシャツの男と、僅かな疎外感を胸に生やした用心棒と、先程までネイクルが飽き飽きしていた静寂だった。




バタッ!




それは、そろそろダメそうな男がダメになってしまった音だった。



「はぁ……」




バヒムはため息を漏らすと、すっかり落ちてしまったグリアスを二階の寝室に連れて行き、ベッドの上に横たえた。




「ふぅ~、さすがに疲れた。」



シャツの男はその大きな体に似つかわしくない寝息をスヤスヤとたて始めた。

バヒムは、それを見届けると大きく延びをして、故もなく窓の外を見た。


するとそこそこ遠くに、二人分の人影があった。

片方は空にも引けを取らない青に染まっているため、すぐに誰だかわかる。



「………。」





酒場は本当に静かだった。

この世のすべてが終わってしまったと思えそうな程に………。


しかし、バヒムにとってそれは辛くも何ともない物だった。

彼自身、既に欠けてしまったようなものだったから……。

それが元通りになることはもうない。


彼女がその事実を遠ざけたとしても、決して離れることはできないのだ。



バヒムはそっとカーテンを閉めて、グリアスの眠る部屋を後にした。



二階の廊下の突き当たりは階下へ続き、その手前にはもう1つ部屋がある。


グリアスの娘の部屋……あの日、爺さんの過去を聞かされた部屋だ。



………



バヒムは無言でその部屋のまえに来て、ドアノブに手をかけた。



ガチャリ……




部屋の中に入ると、あの時と同じ姿でグリアスの娘が眠っていた。

まるでそう………「し」んだように


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