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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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6.託されたもの~後編





「グリアス?




……………居ないのか…。」




酒場の常連の一人であるネイクルは、いつものように一番乗りで酒場に入るなり、呼びかけの意を込めて呟いた。

だが、いっこうに返答の気配はない。


どうやら珍しく、酒場の店主であるグリアスが、この時間帯に不在であるらしい。

まぁ、何か用があったというわけでもないから、どうということもないのだが……。



窓からは、今にも砂に飲まれてしまいそうな夕陽の放つ、微かに赤く色づいた光が店内に向けて溢れている。

それを含めたとしても動きのない店内に、ネイクルは一歩一歩の振動をゆっくりと加えて行った。



やがて、酒場には不相応な幼い見た目が、ポツリと静けさのなかに照らし出さると、そのまま窓の外をなんという故もなく見上げた。



窓の外に広がっているのは、限りないように思われる赤い空。

その中を、見慣れない黒い鳥が飛んで行く。

赤い逆光の中を、黒を際立てて遠くへと…………小さく………小さく………。





目線を店内に戻すと、カウンターの上に紙切れがあることに気がつく。

置き手紙だろうか?


そうだとしたら、グリアスのやることにしては珍しい。

あのグリアスのすることといったら、豪快で少し不器用、些か大袈裟なことばかりだと相場が決まっている。

置き手紙を残すなんて慎重な真似、普段ならたぶんしない。




ゆっくりと近づき紙切れに視線を落とすと、見たことのある筆跡で短く、それでいて大きな意味を感じさせる言葉が書かれてあるのがわかった。



『ネイクル 娘を頼んだ』



ゆっくりと左手で紙切れを強く掴み、沸き立つ違和感に駆られるまま、頭脳の奥の奥でその言葉の意図を思索する。



「……いったいどういう………」




……ガチャリ




それは何者かが酒場の扉を開く音だった。

ネイクルは反射的に紙切れと疑心をしまいこみ、音の方を即座に注視する。



女………?

………いや……グリアスか?



扉からこちらを見ている快活な表情は少し不気味なようにも思えたが、それを形作る一つ一つのパーツは、シャツの大男「グリアス」以外の何者でもなかった。


まったく………

一瞬でもこれを女性と見違えた自分が信じられない。






……………






そして絶妙な間があった。

何かの食い違いがあったかなかったか……。

そういうことを感じるか感じないかのギリギリ。


またひとつ沸き立つ疑心の泡が、ネイクルの脳内で弾ける。

そこでシャツの大男は、なに食わぬようすでズカズカと店内に入ってきて言った。




「酒を嗜むには、少し若い顔じゃないか………」





「…………。


なんだ?からかってるのか?」



二人の間に交わされた言葉は、一見すると親しき仲の戯れのような物であったが、それにしては互いの声色にそれを感じさせるような緩みが微塵もなかった。

加えて、フラットな調子で交わされた言葉とは裏腹に、ネイクルの内心はまさに沸騰の寸前であった。


それが伝わったのか、ネイクルの言葉を聞いたシャツの大男の表情に緊張が走る。


しかし、ネイクルはその緊張を認めるも追求はせず、十分な精神力で外郭を偽り、ニヤリと戯れの表情を見せつけてから振り返り、大人しいようすでカウンター席についた。




「……………。」




その動作の後に、また無言の間があった。

だが振り返りの瞬間に、相手の表情から緊張が消え去り、安堵が訪れる瞬間を見逃さなかったネイクルは、探るような口の動きで言う。




「………用があったんだよ。」



妙にまじまじとした声だった。

ネイクルの額に一筋の汗が流れ、後方の足音が広めの間隔を開けて一歩一歩近づいてくる。



「用だって?」



足音が止まないまま声が発せらた。

そのまま足音は一度遠くへ行き、カウンターの向こう側へ渡って、目の前に落ち着く。

それを見計らってネイクルは続けた。



「ほら……あの事だ。」




「あの事?」




「ああっと……ほら、


お前、言ってただろ?

大事な話だって………」




「……………。」




「まさか忘れたのか?


つい先日のことだぞ?

お前の誕生祝いの日に、店の客と一緒に騒いで、それから………」




「あ、ああ……あの話はまた今度しよう。


それよりも、あの日は本当に楽しかった。

お前も祝ってくれて、ありがとうよ。」




それを聞くと、ネイクルは自然な流れで顔をうつむかせた。

しかし、たらりと投げ出されていた拳には、内心の沸騰が現れたように熱と力がこもっていた。


もちろん、シャツの男からその様子を伺い知るようなことは出来ないので、彼は綺麗な笑顔をネイクルに向けて作り出すと、そのまま背を向けて杯やら酒やらが並ぶ、横に長い棚をカチャカチャといじりだした。




「お前………なにか勘違いしてないか?」





「は?」




ネイクルの不意打ちのような言葉に、男は思わずその手を止めた。



「大事な話ってのはからかっただけだ。


そもそも、俺はお前の誕生祝いには、いなかっただろ?」



ネイクルはうつむかせたままの顔に、若干の笑みを浮かばせた。










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