6.託されたもの~前編
「行かせてしまって、本当によかったのか?」
「……ああ、良いんだ。
……後悔はない。」
「…………メリエラに恨まれるぞ。」
「……そうだな…だが、メリエラの命を危ぶませたくはないんだ。
……今度こそ魔女を狩り殺して、我が王家を縛る忌々しい鎖を断ち切ろう。」
「……20年前、お前の父親が同じようなことを私たちに言って、帰ってこなかったことは忘れたのか?」
「忘れられるものか………。
だがきっと、20年前のようにはならないさ。」
「言い切るか……。」
「勿論だ。
父の残した優秀な男が、隣で支えてくれているからな。」
「フッ……そうか。」
「それに、きっとバルヒエラも協力してくれる。」
「果たせなかった使命のために、全てを失った男だな。」
「……ああ。まったく………気の毒な話だ。」
「あと、バルヒエラ殿の他と言えば、老騎士ヘルアイヴァン殿が浮かぶが………」
「きっと、生きてはいないだろうな。」
ゴーン、ゴーン、ゴーン………
王都中を鐘の音が駆け巡り、それと共に多くの者は新たな一日を迎える。
夜の間閉ざされていた門が開かれ、いつものように行商人がなだれ込む。
途端、街はささやかな活気に色づき、豊かな表情を見せ始める。
日の光に負けないほどの、人の営みの輝きがそこにはあった。
それは、寝不足の用心棒にとっては、少しばかり眩しすぎるほどだ。
「眠そうですねぇ。」
相も変わらず目覚めの良い青色のローブをヒラリとさせながら、隣を歩く用心棒にメリエラは言う。
その声を聞いた用心棒バヒムは、生死の淵をさまよっているような顔で、ゆっくりと顔を上下に一度動かした。
が、当然その静かな動きは、前を見て歩くメリエラの目には写るはずもなく……
「……?」
一瞬の微妙な間の後に、メリエラは不思議そうなそぶりでヒョコリと、今にも潰れてしまいそうなバヒムの顔を覗き込んだ。
縦に薄いバヒムの視界にもメリエラが映り込み、バヒムは片目のみを少し開いて言った。
「……まぁ、寝不足だからな………。」
「ですよね……。…ははは…は…。
あんな早朝に起こすようなことになって申し訳ないです。」
いかにも気勢を喪失したといったような調子で言うと、メリエラは少し小さくなって前を向きなおした。
バヒムはその様子を見て、自分がどうしてあのような早朝に起こされたのか、ということが確かにわからないことに気がついた。
「……どうして俺をリメル様に会わせようと思ったんだ?」
「………ああ~
そう言えば、まだ話してなかったですね。
……まぁ
……簡単に言うと……
ちょうどよかったんです。」
「どういうことだ?」
ここでメリエラは肩から下げた鞄から、何やらモゾモゾと紙切れを取り出した。
バヒムはその様子を薄く奇妙な目でみていたが、それがこちらに差し出されると、リメル王との会話を思い出した。
「これが王様の言ってた手紙か?」
メリエラは軽やかに頷き、読むことを促すような仕草を見せる。
バヒムは一瞬だけ瞼を擦ってから、手紙に詳しく目を向けた。
そこには、槍によるものであろうリメル王の焦りと苦悩、そして唐突な王城への呼び出しがあり、とある荷を届けて欲しいのだという願いとその目的地、誰を頼れば良いなどという注意が続いている。
また、用心棒を用意していることも書かれてあった。
なかなかに上質な紙を用いて、仰々しい様態で書かれているが、これを見ての感想は正直「よく分からない」だった。
読み終えてすぐにメリエラの方を見てみたが、よく分からないという俺の感想を耳にせずも予見しており、思わず見せることになった「?」と顔にかいてあるような表情を待っているようだった。
王様としてはあまり表沙汰にしてほしいようなことじゃあなかったから、書きにくかったのだろうが、これにはメリエラも困惑したことだろう。
まぁ、焦りもあったのだろうが………。
それにしても………。
「わかりましたか?
ちょうどよかったんです。」
確かにちょうどよかったかもしれないが……別に俺じゃなくても用心棒は勤まるのではないだろうか?
しかも、今は木刀しか持っていない点を考えると、メリエラは不満じゃないのだろうか?
バヒムの思考は巡り、それが声として言葉として、喉の奥から出かかったところで、先にメリエラが意図せず割り込むような声を発した。
「…面識のない人が苦手で……」
それは、賑やかな街の空気には落ち着きすぎたトーンであった。
「だから、バヒムさんがよかったんです。
少しでも見知った仲だったので………。」
「今までそんな印象は受けなかったが……」
「あなたは、ネイクルさんとも面識があるので、何だか他人のように思えなくて……。
昨夜からの関係ですが、それでもこんなに打ち解けられたましたし………。
やっぱり迷惑でしたか?」
「いやいや…むしろそこまで頼りにしてくれてありがたいよ。
すんごい前金も貰ってるしな。
だから、お互いに文句は無しだ。
俺がもうしばらく木刀の用心棒でもな。」
気が付けば、メリエラとバヒムは王都の東門前へとたどり着いていた。
まっすぐに朝日を浴びて、二人はその旅の最初の一歩を同時に踏みしめる。
「旅の始まりですね。」
「これからしばらく、よろしく頼む。」
二人は南東に砂漠の街リア・ネキードを据えて歩き出した。