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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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5.5 契約成立


褪せた砂色の布に包まれた槍が、メリエラの目前に差し出され、彼女はそれを白く美しい手袋をはめたフェンターラ卿の手元から受け取った。

二人の目は燃えるような覚悟を浮かべながら、互いを見つめあい、言葉もなしに何らかの重々しい感覚を、その間にやり取りしていたのだが、どうにもここまでのやり取りに、あまりにも置いていかれてしまっている男が、一人いるようである。

彼は今までほとんど黙って話を聞いていたが、一見会話が途切れているこのタイミングをここぞとばかりに口を開いた。



「少し確認させてくれないか?」



それは、バヒム以外の三人にとって突然かつ、全く予期してすらいないものであり、当然のごとくバヒムは三人の不思議そうな視線を一身に受けることになったが、物怖じなど微塵も見せずに彼は続ける。




「つまり、俺はそのよくわからん槍を運ぶメリエラを守れば良いのか?

それも外国まで?」




「………そういうことになるな。」




そのように声を返したのはリメル王であったが、やはりその声にはバヒムの急な発言を些か不可思議に見ている色があった。

無理もない。

そもそも彼にとって、このバヒムという男そのものが、ある種のイレギュラーであるのだ。

確かに、メリエラに護衛や用心棒の類いを付けてやろうとは思っていたが、まさか手紙を読んだメリエラが、自発的に用心棒をつれてくるとは思ってもみず、リメルの予定では、ここにこの男がいるはずもなければ、もちろん発言などされるはずもなかったのである。

ただこの時、バヒムの目に写っていたのはリメル王ではなく、彼の返答をする傍らで、他でもなくバヒムを連れてきたメリエラが、ハッとしたように開いた口元に手をかざして、自分の説明不足を悔いている姿であるのだった。




「……俺はリア・ネキードまでのつもりだったんだが?メリエラ?」





「あはは…は。

そういえば……そうですね……。



………守ってくれます?」





「まだ、リア・ネキードまでの報酬の内容すら決まってないってのにか?」



全くその通りである。

メリエラはそのように痛感したが、一方でどうしてもバヒムを連れて行きたいという思いもあった。

と言うのも今回の大陸南方への旅は、ある程度の長期間になることが予想され、かなり長くの時間を用心棒と共有することになることが、容易に連想されるが、それが「見ず知らずの初対面の人間」となのか、もしくは「共通の知人を持ち、昨日から面識のある男」となのかでは、誰しも後者に安心感を抱くだろう。

だからこれは、メリエラに急遽命じられた国外への旅に募る大小の不安を、少しでも和らげたいという本心の現れなのであった。


ただしそんなものはバヒムの知るところではなく、むしろ、金銭の不足からメリエラの護衛(砂漠の街リア・ネキードまで)を引き受けた彼にとって、旅が長く続くということはあまり好ましくはないのである。





「ほう……。


つまりお前は、報酬さえ保証されるのなら文句はないのか?



ならば私が支払おう。」




「リメル様………。

それは嬉しい……ですが、国外への長旅となると…………」


バヒムはそのように喋りにくそうな様子で言葉を選んでいったが、努力もむなしく、リメル王によってその言葉はバッサリと切り込まれてしまった。




「受けとれ。」




言葉と共に、バヒムの前に小さめだがしかっりとした質の紙切れが差し出された。

バヒムは半ば反射的に紙切れに顔を近づけて、そこに記入された内容に、じっと目を凝らした。

次の瞬間その衝撃的なあまり、彼の脳内に驚愕、歓喜、欲望、不信、等といった感情が順々にめぐり、思わず後ずさって控えめな笑みを浮かべ、それが少し収まってくると、今度はどうしたら良いのかわからなくなって、その場に固まること以外にできることがなくなってしまった。


その様は勿論のこと、メリエラやフェンターラには奇怪な目で見られていた。

が、リメル王は一人だけすました顔で、どことなく誇るような雰囲気を醸しつつ、満足げにその反応を見ている。

そんなリメルの反応をふと横目に止めたフェンターラは、なにかを察したのか察さなかったのか。

いずれでも、その理由を問う彼の表情もまた、少し満足げに緩んでいるようだ。



「リメル、なにを渡したんだ?」






「前金として、ギルドの報酬チケットだ。


大陸通貨で金硬貨三百枚、魔石換算ならざっと十万stn(ストネ)と言ったところだな。


まぁ、旅への支援金込みだがな。」




その金額は、用心棒にとってあまりに遠く、またあまりに魅力的な金額であった。

無論、普通の王国魔道士もその例には漏れず、声に出さずとも、メリエラの驚きはその表情に現れていた。




「ほう?


なかなか太っ腹じゃないかリメル。

町が一つ買えてしまうぞ?



そんなにこの男を気に入ったのか?」






「いや、そういうわけでもないが………。


…この件はギルドへの依頼として片付けたい。

それは承知しておいてくれメリエラ。」



「……はい。」




「フェンターラ。

ギルド書類の偽装はお前にまかせたい………


そして………」




そう言うとリメルは、未だ硬直の名残にさらされているバヒムに一歩二歩と近づいて行き、加えて言った。



「引き受けてくれるな?」




「……引き受けましょう……。」





「メリエラのことは頼んだ。


必ず、生かしてくれ………。」






契約は成った。

旅人となった二人組は、追い出されるように王城から出立し、晴れ渡る南の空を見据え進む。


大広間に残った王は、遥か東に迫る雨雲を虚ろに眺め、すぐ後ろの美男は、握りしめられた王の拳を、凍えるような優しさの眼差しで見守った。


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