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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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5.死砂の槍~後編

逃げるように会議室を飛び出したリメルは、足早に王城のやけに広い廊下を進みながら、直属の王国魔道士メリエラと数ヵ月ぶりに言葉を交わしていた。



「こんな早朝に呼び出してすまないな…。」




「いえいえ、私は久しぶりにリメル様とお話できて嬉しいですよ?」




「そう言ってもらえると、私としても気が楽だな………。



………手紙の内容は理解してもらえたか?」



リメルは声のトーンを下げてメリエラに問う。




「はい。一応、目を通しましたが………


いったい何をこの城から運び出してほしいというのですか?

それも目的地が、大陸の南方諸国同盟だなんて………。


なにやら、怪しい臭いがしますが……

正直なところ、何が起こっているのか皆目見当がつきません。」




「そうか……。

まぁ、それでいい……。


それを話すため、お前には来てもらったのだからな。」








今朝……とは言え今もまだ朝早いのだが、眠りについたばかりのメリエラをシャッキリ起こしたのは、一通の手紙であった。

それも瓶に入れられて、厳重な施錠魔法がかけられたものであり、解錠には魔力量、魔力質、魔力圧なんかを加味しながら、対応した魔力を流さなければならないという代物である。

これは、極秘資料の保管や機密文書のやり取りなんかによく使われる技術で、大抵の場合は対応した魔力を流せるように調節された魔石の鍵や、対応した魔力量、魔力質、魔力圧の情報が何らかの形で渡される……はずなのだ。

しかし、そんなものなど渡されていないということは、寝起きの彼女にも確信できることだった。


かといって、無理矢理にでも開けてしまえば、だいたいは瓶の内容物は燃え尽きるようにできてるし、そもそもそんなこと最初から出来ないくらいには、瓶は魔法による強化を受けているはずである。


そこで彼女は渋々「鍵なしでの解錠」を試みた。


それは言ってしまえば、地図もコンパスもない状態で大海原に飛び出すようなもので、非常にリスクの高いものである。

しかし彼女は、そんな大海原で星を見て進む術を持っていたのだ。



「手先の感覚による高度な魔力操作と抵抗感知」

彼女にはそれが可能だった。

ようは、複雑な仕組みの鍵穴を魔力という液で溢れないように満たしていくような感覚である。


彼女は集中力を高めるように深呼吸をして、指先に全身の感覚を集中させた。

間もなく、その指先から青白い光が漂いだし、目を閉ざしたまま彼女は指先を瓶の蓋に当て、ゆっくりと探るように魔力を注いだ。


このような高度な魔力操作は、すでに滅びている妖精族が得意としていた技であり、|妖精族の血を引くものたち《ルーンブラッド》には、継承され続けている。

そんな混血(ルーンブラット)であるネイクルを師に持つ彼女だからこその技であり、その技あってこそ、彼女は王直属の魔道士であり、王立魔道研究館の一員なのであった。




「………でもその前に、私の連れを……」





「連れ……?」






「護衛を用意するように書いてあったから、連れてきたんですよ。」




リメルはメリエラの言葉に足を止めたが、その時に何らかの違和感を覚えた。

このやけに広い廊下に妙に響く足音をよく聞くと、自身のものとメリエラのもの以外に一人分、足音が多かったのである。

この事実を受け、ハッとした表情を必死に押さえつけながら、リメルは後ろを振り返った。



「リメル様、はじめまして。

俺はリアネキードのバヒム………


商人イルシュム・レンセルの子


バヒム・レンセルです。」



声と、もう一人分の足音の主はメリエラの隣に立っていた。

彼は若干くたびれた薄い生地のローブに身を包み、茶色の瞳を鈍く輝かせた堂々たる面持ちでしっかりとこちらを捉えており、その風貌から漂ってくる覇気とでも言うような緊張感は、言うなればまさに用心棒そのもである。


そんな彼の空気をまともに受けた私は、ひねり出したような声を一つ返すことがやっとだった。


「……あ…ああ。」



勿論、そのような返事が王足るに相応しくなかったということは言うまでもなく当然のことで、バヒムと名乗った男の表情も、僅ながら困惑の色を浮かべているように見える……。


……と言うかこの男、いったいいつから私の後ろを付いてきていたというのだろうか?

少なくとも気配は全く感じられなかったし、特別小柄で、目に留まりにくいという容姿にも決して見えない。



………疲れているのかもしれないな……私は…。



リメルはそんなふうに思考を働かせながら、紳士的な立ち居振舞いでバヒムなる男に向き直り、手をさしのべて言った。


「私はリメル・ガシュヴァル・エルメスト。


よろしく頼む………。」




「………。」



それに対しバヒムは無言で頷き、さしのべられた手を握って握手を交わした。





「それで……バヒム……。


君はメリエラの連れだということだが……」





「はい。

わけあって、しばらくメリエラの用心棒をすることに………」






「そうか……。



……メリエラ。」





「はい?」





「わざわざこの男を連れてきたということは、この男が信用にあたいする者だということだな?」





「もちろんですとも!」





「わかった……ついてこい。」




リメルは本来の進行方向に向き直りつつ、スッパリとした口調でそう言うと、少々足早に廊下を進んで行き、後ろに続く二人を静まり返った大広間へと導いた。









「……リメル様、なぜ大広間に?」



メリエラが発した純粋な疑問の声は、大広間の静寂のなかにいやに響き、その止むのを僅かに待ってから、リメルはゆっくりと話し始める。





「死砂の槍『エルセゲナ』……。


メリエラ……お前は聞いたことがあるだろう?」





「エル……セゲナ?」



メリエラはやはりよくわからないといった表情で、リメルの言ったことをそのままなぞるように口に出したが、その後ろで同じ言葉を聞いていたバヒムには、なおさらさっぱりだった。




「我が王家に伝わる英雄の槍だ。」





「それが、運び出してほしいという代物なんですか?」






「そうだ……。」





死砂の槍エルセゲナ

王家の始まり、魔女狩りの英雄ギナが振るったという伝説を持つ槍であり、その刃の切っ先には時を操る神『ネウス』の力が宿っていると言われる、本来なら秘匿された宝物庫に安置されるべき、最高国宝級の神器とでも言うべき存在である。


……が今回、リメルは国王でありながらもそんな重要な物を、ましてや国外に届けてほしいというのである。

槍に関するある程度の知識を持っていたメリエラにとってこの話は、まさに理解不能の珍事であり、彼女はこの出来事に対する疑問を抱かずにはいられなかった。






「いったいどうして、そのようなことを?」






「エルセゲナは鍵なのだ………。

それも……王家の呪われた秘術を解いてしまう、悪魔の鍵。


もしもその鍵が解かれてしまえば、このエルメスト王国がこれから汚れた歴史を歩むことになってしまうほどの影響力をもった鍵だ。

勿論この事を知るのは、王国内の一部の有力者に限る……が………。



……昨日のサロディニア海における我が軍の大敗は聞いたか?」






「王国軍が大敗ですか!?

いいえ、聞いていません。」






「………サロディニアでの大敗を受けて、秘術の本質を知らないはずの一部の者たちが、どこで嗅ぎ付けたのか、秘術の封を解こうと必死になっているんだ。

秘術の持つ、暗い力に頼らんとして……な。





だからメリエラ。

私が厚い信頼を置くお前に、この槍を隠してほしいのだ。

それも簡単にはたどり着けない国外にな。」




その時、リメルの声に合わせて、気配のない大広間の一角の影から、美しい風貌の男が現れ、その出現にメリエラとバヒムは微少な電撃が走ったような驚きを見せた。

男はその様子をクスリと冷たい笑みで笑い、その凍えるような視線をじっと二人に向けたまま一礼する。

男の服装は優美さと控えめな豪華さを持った、気の良い品を感じる貴族としての衣服だったが、特有の冷めた目付きと驚くような調和を見せて、彼がただ者ではないことは、初対面のバヒムにもわかった。

そんな彼をバヒムは警戒するような目でにらみ返したが、手前のメリエラは全く好意的な印象の声色で言う。




「フェンターラ卿ではないですか!

……先程は会議室にいたように思いますが……


………!」



冷めた目付きの男が、十分に暗闇から姿を光のもとにさらすと、そこ背負われている長い棒状のものが何よりも目についた。

暗く褪せた茶色の布にその正体を包んではいるが、それがいったいなにかということは明かすまでもなく明白で、それがいきなり目の前に現れたという用意の周到さを改めて考えたときに、リメルがどれだけこの槍を恐れているのか、と言うことがメリエラには瞬時に伝わった。



「久しいな、メリエラ。」




「フェンターラ卿……その背の物は……」




冷めた目付きの男はメリエラの発した声に、静かにうなずいて、リメルの方へ目線をずらした。

それを受けたリメルは、メリエラの方へ一歩近づいていう。






「お前を信用してのことだ。メリエラ。

………この槍を頼む。」





「………わかりました。」















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