5.死砂の槍~中編
早朝にも関わらず、王城クラウリディア三階の会議室には、何か思い詰めるような停滞した空気が、濃い影を落としていた。
だが、ある男の一声によりその停滞は破られ、跳ね上がった緊張が男の身を蝕む勢いで、その身に向けられていた。
「フェンターラ殿………何が言いたい?」
将軍が発した声は落ち着いていたが、それでも緊張の中にあった会議室では、異様な響きを見せる。
「いや、黒き霧が再び現れたという報告を聞いているのにも関わらず、あなたの言葉、立ち振舞い、表情にはかなりの余裕がある。
それが今日のための作り物であるなら、あなたは余程、肝の据わっている、まさしく軍人に相応しい人物なのだろう。
だが、そうではないとすると………。
もし最初から黒き霧が恐ろしくないというのなら、私はそれこそ、あなたが恐ろしいのだ。」
「そうですか………。
それはお褒めの言葉と受け取っておきましょう。
だが……確かに……
ここでひとつ、私の考えを話そう。」
場の緊張が僅かに緩む。
部屋全体には一刻の安堵が満ちた………が、
それはたちまちに消え去り、このやり取りの聴衆たちは、恐ろしい黒霧が今一度この国の歴史に、暗く覆い被さろうとしていることを意識せざるを得なくなった。
張り詰めていた空気が先刻の暗闇に戻り、その静けさの中を将軍の声が貫いて行く。
「王家の秘術の封を解く時がやって来た。
私はそう思っている。
いや、それしかこの危機を乗りきる方法はないと確信している。」
会場全体に向けて、自信ありげに堂々と発されたその声であったが、それを聞いた国王リメルは、胸のうちに複雑な感情を抱いた。
怒りのようでいて、虚しい後悔や諦めにも近いような……。
ただ何よりも、今の彼にとって将軍の言葉は、いささか不快なものであったのだ。
「……将軍よ。
それは本気で言っているのか?」
機嫌の悪そうな声色で、国王リメルは静かに呟く。
その声に、集った貴族は皆、顔色をうかがうように横目で国王を見て、静かに唾を飲んだ。
だが、将軍は堂々と国王の方に向き直り、狼狽えもせずに言い切る。
「ええ……私は本気です。」
国王リメルには、将軍の顔が胡散臭く見えた。
フラットな表情のマスクを被った、悪魔のように………。
いずれこうなるような気はしていたんだ。
20年前、父の隣で初めて、こいつを見たあの日から………。
「そうか………。
残念だが……私は反対だよ。
将軍。」
「そうですか………。
まあ、今回はあくまでも先日起こった、サロディニアでの衝突の報告が目的です。
この話は後程…。」
国王リメルは、少し不服かつ不信感を抱いたような目で将軍を睨んだ後、考え込むようにして目をそっぽに向けた。
「………。
パルクド将軍、よろしいかな?」
「なんでしょうか、リシュタイン卿。」
「私としては、貴方の考えに賛成なのだが、後程ということには賛成出来ない。
この国に再び迫る危機……。
今すぐにでも対策を講じるべき………」
コンコンコン………
リシュタイン卿が言葉を出しきる前に、会議室の扉が軽快な音を響かせる。
一旦、会場の流れが止まり、静寂が際立った。
ふとした国王リメルは、おもむろに声をあげる。
「………入れ。」
許しの声を得た何者かは、ゆっくりと扉を開く。
ギギ……ギィ……
「お話し合い中に失礼します。」
「…………。」
優しげな声を添えて、室内に入ってきたのは女だった。
小柄な体に、青い瞳……。
そして、目覚めるような同色のローブ。
胸元には、魔道研究館の一員としてのバッチが飾られている。
「メリエラか………。」
リメルは一時の休憩を宣言し、メリエラを連れ、その場を後にした。