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思惑

そこにいるのは大国の王。

国を統べる男だ。

そうして彼こそが、帝国朝廷から一目も二目も置かれる存在である。

彼の一挙一動は逐一本国へと知らされていることだろう。

いや、他の国からも勿論のこと。

密使や工作員が入り込んではいる。

ただ、王・本人の傍へはたどり着ける者がいないだけで。

だからこそ、王たる父の存在は確固たりうるものでもあるのだ。


彼を自分の父だと知ったのは、楼蘭国へ嫁ぐと知らされた時。

王との謁見が親子としての初対面だったのだから。

彼を目の前にして、懐かしいとか

そういった親しみを覚えるはずもなく。

後宮にあまた咲き乱れる、どこぞの妃の娘など。

いちいち、王がその成長を気に留めることなど無い。

せいぜいが後宮を管理する宮廷女官か宦官が記録を付けているに過ぎないのだ。

その者が、どの程度〈駒として自国の益〉になるのか?

それ・時機はいつか?

といったことのために。


「申し上げます。父王陛下。実は・・」

拝跪の礼をも忘れて言い急ぐ摩羅の言葉を彼は遮った。

「うむ・・その様子だと。やはり現れたのだな?」

心なしか、言葉が幾分上ずっているようにも聞こえる。

「はい、そのようです。湖に現れた者を世王陛下、自ら出迎えたとのこと。」

その言葉を聞いて父王が立ち上がった。

「では、まこと・真実であるか!」

満足そうに頷きながら、王はどっかと椅子に腰掛けた。

「よいか、摩羅。

近いうちに、必ずや国のモノがそちらへ行く。

そのモノ達はな。

いや、よい、よい。

お前は知らぬふりをしろ。

肝心なことは、手に入れるべきソレを。

どんな犠牲を払ってでも〈奪い取る!〉ということだ。」

摩羅に話しかけているのか、自分自身に言い聞かせているのか。

鏡を通して見える、王の顔色までは判断できかねた。

きっと、今の自身の考えに父王は興奮しているのだろう。


父王の面前で跪いている、大臣たち。

いや、そればかりか、兵士なども何人か居る様子。

そのうちの一人の男に見覚えがあること気づいた。

・・彼は・・北狄の王家の者・・そして徐氏の愛弟子とか。

大臣が言っていたような。

たしか、引き取って育てていると。

あれは、いつだった?

ずいぶん前に、離宮の庭で出会ったんだわ。

一瞬、目が合ったことを覚えている。

まさか、あの時の?

彼が、こちらの国へ乗り込んで来るというの?

道士、はたまた術師とも噂が流れていた。

どんな力・技を使うのかは知らない。

実際にこの目で見てはいないのだから

〈噂に過ぎない〉と思っていた。

けれど、姫を一人捉えることだけのために大国が彼を送り込んでくるのだ。


〈一体、湖に現れた姫が持つ秘密はなんだろう?〉

摩羅は、当事国にいながらにして、何も肝心なことを聞かされていないことを

女であることで軽んじられていると、今更ながらに感じた。

ああ・・そうか。

そうじゃない。

ただ、期待などされていない・・そういうことよね。


広いはずの空が翳って見える。

どこまでが宮殿の赤い屋根だろう。

「まったく。私は誰かさんと違って、良い鼻を持ち合わせていないんだけど。

二胡の音色だけじゃ、いつになったら金魚オアシスにたどり着けることやら。」

ため息をつく、クリスの鼻先を熱風が通り過ぎていく。

「ふん。全く人間ときたら、耳も退化しかけているんじゃないのか?」

クリスの視界を通して、廊下の分かれ道を見ながら

ネスが嘲る。

「ほらよ、グズグズしているから。

客人が先に来ちまったじゃねえか。」

クリスの脳裏に映像が映し出される。

ネスの目に飛び込んできたのは

音も立てずに、中庭へと乱入してくる一団だった。


昂連は、弦をつま弾く手を止めた。

「さて、この音色が侵入者をおびき寄せることになろうとは。」


国の出先機関である、大飯店内。

人目に触れることのない、奥まった貴賓室。

そこにも時を告げる鐘の響きが伝わってくる。

絹張りの長椅子に寝そべりながら、ヴィジャは杯を掲げた。

「どこぞも同じ、鐘楼の音であることだなあ。」

その杯に、今まさに酒を注ごうとしていた少年が応える。

「昼間っから、飲んだくれていては皇太子としての勤めは果たせますまい。」

「おやおや、アルハムト君は厳しいねえ。

大丈夫さ。今夜は、宴の席に参加するだけなんだから。

今から準備することなんて何もないだろう?

どうせ、妹の席からは遠く離れているだろうからね。」

「ったく。各国の婚姻使節団の皆様と外交辞令を演じるのも、皇太子の仕事ですよ。」

少し嘆息気味に眉を寄せる彼を見ながら

「ハハ・・まあ、そう言うなよ。

それより、どうだい。この夜光杯は、見事だろう? 

これと同じ。いや、それ以上の献上品を贈ったのだ。

夫君たる、この国の若き王殿はさぞ、気に入ってくれることだろうな。

そら、あの有名な『涼州詞』に謳われている。 

『葡萄美酒夜光杯』さ。

注がれた酒が一層極上のものとなるわけだ。」

満足そうに、微笑みながらヴィジャは杯に口をつけた。

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