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胡楊

灼熱の砂漠国とは、こういうところ・場所を指すのだろう。

ネスは己の毛皮を恨んだ。

太陽の光が届かない屋敷の中だってのに、なんて暑さだ。

大体、どこもかしこも暑すぎる!

おまけに広い。

まったく、ここは迷路だな。


どこまでも続く長い廊下を幾度となく折れ曲がったところで、囲いのある庭に出た。

こじんまりとした木々が揃えられ、小ぶりな池も設えてある。

院子・ユアンツ・身内しか通さない中庭。

池の周りにはただの置物ではない彫刻された石がぐるりと並べられている。


流石に、王宮ともなると。

細部にわたり贅を尽くしてあるな。

まあ、それよりも。

何よりも、日陰のあることが今はありがたい。


木陰で寝そべっていると、風の心地良さとともに

静かな足音が近づいてきた。

見回りの衛士かと思いきや、その者は中庭に下りてこちらへ来る。

片手に持った長い棒は釣竿か。

池の前で立ち止まり、それを石に立てかけた。

右手を懐に入れたかと思うと、直ぐに取り出し

その手を水面に向けてひらひらと振る。

どうやら、池には魚でもいるらしい。

水面に小さな波紋がたくさん広がっていく。

彼はその様子を見てから、建物の方を向き

「ここからは虹が見えなかったか。」と呟いた。

それから暫く池の中を見つめ

「ふぅ・・」とため息をついてから顔を上げた。

そこで初めて、目の前にこちらを見ている獣の姿を見つけた。

ちょっと驚いて眉を上げ、それから首を傾げる。

「胡楊の影は涼しいだろう?

この木は塩水さえも吸い上げてしまう。

それでいて枯れはしない。

強い生命力を持っているんだ。」

そう言ってから、相手が人間ではないことに今更ながらに気づいたらしい。

「ああ、君にはわからないか。

あの湖に、魚は住めない。

この国の水はカレーズを通して河から運んでいるんだ。」

〈獣に話しかけても無駄だ〉と、思う割には

彼はネスに話し続けるために、石の一つに腰を下ろした。

「ところで、君の主人は本当に姫君なのかい?

つまり・・女性なのかな?

天姫の助言で、前もって後宮に部屋を用意しておいたけれど。

あの衣装はちょっと珍しいね。

まあ、化粧をしているところは、それなりかもしれないけれど。」


ああ・・とネスは気がついた。

あいつ、化粧を落とすことまで気が回らなかったからな。

なにせ会場へ着くなり『至急帰還!』の連絡が入ったものだから。

まあ、いいか。

あれで少しは愛想よく見えるだろうさ。


「けれど、さすがに天姫が予言しただけはある。

彼女には瞳に堂々とした力があるね。」


フン、そりゃあなあ。

ただの娘じゃないからな。

いや。

ただ、まあ。

あれは・・まだガキ・子供だがな。


「本当にあの客人はこの国に何を見せてくれるのだろうね。」

獣に笑みを見せた彼を見て

ネスは〈なんだかこいつ誰かに似ているんじゃないか・・?〉

と首を傾げるふうに前足で髭を撫でつけた。



{おい、見ろよ。池だぜ。でかい金魚も居るぞ。}

ネスから頭の中に直接映像が送られくる。

なんの因果か、めぐり合わせか・・間違いなく、妖刀【紅】の力だけれど。

狐とテレパシー・念話ができるだなんてこと。

普通じゃないよ。

これって、喜ばしいことなんだろうか?

{まあ、嬉しい。こんな砂漠気候の暑い場所で、金魚を見ることが出来るなんて!}

その大きさって、鯉じゃあないのかしらん・・

ややうんざりした声でクリスは応じた。

{おいおい、それだけじゃあないぜ。こいつは二胡の名手だ。}

ネスが目を向けた先には、木陰に腰を下ろした男性が楽器を抱えている。

{あら、彼って・・さっきの・・?}

側近ではないかしら。


クリスは戸口に立つ従者を見てから目を世王に向けた。

「さきほど、確か、もう一人いませんでしたっけ?」

尚醇は冕冠のすだれを揺らしながら頷く。

「そこの彼は荘孝。太監として宦官を束ねる立場の者だ。

そして、もう一人は。

ああ、ほら。聞こえてくる、この曲を弾いている者が、そう。

昂連は私の異母兄にして、この国の丞相なんだ。」

誇らしげに世王は笑みを浮かべた。


室内から見える外の景色は青い空だけかと思いきや、遠くには仏塔の先端が見える。

結局、どこの国も似たようなものらしい。

摩羅は自虐気味に口を歪めた。

所詮、カゴの中。

飾り立てられた、囚われ者。

姫という身分が、取り敢えず庶民に比べて餓死する機会が少ないだけ。

そうしてそれは、単なる自由を担保にしているものだ。

いつだって、その国の駒となり。

簡単に死を与えられる。


いつからだろう。

たくさんの兄弟姉妹が居て、

それぞれが己の道を生まれながらに定められていることに気づいたのは。

国の繁栄のため。

駒はあらゆるところへ飛ばされ。その血を根付かせなければならない。

そうでなければ、存在する価値がない。

広大なオアシスを治めるキク氏の流れは周辺国へ深く入り込み、確実に枝を広げてきた。

国王である父はいつだって駒(我が子)を自在に有効に動かす。

それはまるで、水だろうが、塩水だろうが構わずに吸い上げる胡楊の木のごとく

したたかだ。


目の前には国元より運び込んだ、調度品の姿鏡。

侍女の梅月が長布の覆いを取ると、その表面は滑らかな赤茶けた色をしていた。

鏡の事情を知らない者が見たら、使い物になる代物だとは思えまい。

何故、こんな無用なものを運び込んだかと訝しく思うだろう。

実際は、占者が使う大鏡なのだが。

摩羅は思う。

そこに映し出されるものが、いつも真実なのだろうか、と。

故意に、捻じ曲げた答えが導き出されることはないのだろうか。

いつだって、力のある者が策を弄するもの。

それは確かに国の安定・繁栄を願うものに、他ならないのだろうけれど・・

ぼんやりと見つめているうちに

鏡の面は息をするかのように揺れだし、赤く発光し始めた。

驚いて、摩羅・梅月共に目を見開く。

それはやがて、人の姿を浮かび上がらせ

そこに、もうひとつの部屋を作り出した。

まるでこの部屋と続きの間があるみたいに。

奥まった椅子に腰掛けているのは。

それは、忘れるはずもない。

紛れもなく父王の姿だった。

冕服・冕冠姿の彼が口を開く。

「摩羅、わが娘よ。息災であったか?」


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