提案
鴛鴦殿と呼ばれる部屋は、さすがに一国の王の後宮なだけあって豪華な装飾品が多い。
唐三彩だろうか、ラクダや女性の置き物がずらりと棚上に並べられ。
螺鈿の寝台脇にはサンゴらしい置物。
どこかの宝物殿で見た物と良く似た螺鈿紫檀五絃琵琶が壁に立てかけてある。
部屋の間仕切りには色とりどりの薄絹。
表面にはオウムの模様が浮かび上がっている。
卓上には、ここがシルクロードの中継地点だと思わせる、カットグラスの碗が並べられ
中には菓子らしきものが奇麗に盛り付けられていた。
これは西方の中東地域周辺国から運ばれてきたものだろうか。
クリスがキョロキョロと部屋内部を見回すものだから、
尚醇は落ち着かなくなって
「ここが気に入らなければ、ほかの殿舎を用意させよう。」
と言ったほどだ。
「いいえ、そうじゃあないの。
ちょっと、珍しくって。
わくわくしているだけ。気にしないで。」
「ああ、そう・・いえば。
珍しいといえば、そなたの国の姫たちは皆がそのような格好なのか?
随分と、変わって見えるが。」
クリスの服装は彼らが気にするところらしく。
多分、手・足がむき出しでいることで、品が無いということだろう。
若い国王にとっては目のやり場にまごつくのかもしれない。
「ああ、これは身分にかかわらず単に学生服ってとこなの。
別に深い意味はないから。」
「学生服・・とは?」
「えっと、学校って言ってね。
子供たちが通うところで。そこでの決められた服装なんだけど。
そうねえ、宮中で言うと官服っていうの?
その役職に合った装い、みたいなものかなぁ。」
この時代・国には、平民にも学校ってあるんだろうか?
いや・・ないだろう・・
「はあ・・学校・・?
ああ・・なるほど。子供たち・・。」
言葉の割には納得していない様子で
尚醇はじっとクリスのチョーカーやブレスレットを見つめた。
「玉の名産地はホータン国だけかと思いましたが。」
「ああ、これはね。貴石らしく見えるでしょうけど。
実際は薬なの。
でも真珠がベースになっているから。
貴重品ではあるわね。」
「はあ・・真珠とは、海の? べーす?
それは、また・・ほおう。」
やはり、納得しかねるといった表情をしている。
「色とりどりの貴石とは。素晴らしい特産品ですね。」
見えないことが、もどかしそうに天姫が首を傾げた。
「ううん・・特産品~て、わけじゃあないけどね。」
何せ協会の医薬部独自開発品なのだから。
市販されてもいないし。
いや、どちらかと言えば。
ほとんどの人・世間一般には認知されていないモノだけれど。
「まあ、それはさておいて、本題に入りましょうか。」
クリスは天姫と尚醇を真っすぐに見つめる。
このままずるずると時代が異なる場所の世間話をしていても仕方がない。
すり合わせる基準が異なり過ぎているのだから。
微かに弦の調べが聞こえてくる。
どこかの宮殿内にて、つま弾かれているのだろうか。
切れ切れに響く高い音に一瞬目を閉じた。
「なぜ、私がここへ来ることがわかっていたのかしら?」
目の見えない天姫に単刀直入に聞く。
「それは・・いいえ、わかりませんでした。
はっきりとあなた・クリスが、ということは。
ただ、誰かがここへ来ると、
天からのお告げで知っていたのです。」
「それが、きょうなの?」
「ええ、〈不思議な形をした虹が湖にかかった時〉と。」
「へえ~。でも、それって何か意味があるのかな?」
「もちろんです!
あなたが、〈未来を指し示す道しるべ〉となるのですから。」
「はあ~? ううん、それは、ちょっと・・どうかなあ。」
クリスは全く信じていない。
「ただ、問題もあるのです。
こう言ってはなんですが・・
あなたを有する国にとっては恩恵があるということでして。
ですから、あなたを巡って。
つまり、あなたを得ようとして国同士が画策を持って当たるという、
そういう事態が起こることは避けられないでしょう。」
「ちょと、待って!
それ、どういう意味?」
「各国の天文学者・占者は既に、〈あなたの存在を知り得た〉だろうということです。」
「ねえ、それってさ。
ちっともこの国にとってはめでたいことじゃあない・・と思うよ。
何らかの争い事に発展する、ということでしょ?」
「そう。とも、言えるかもしれません。」
「いやいや、絶対そうでしょ!」
呆れて、クリスは天姫と尚醇の顔を交互に見比べた。
なんだかものすごく面倒なことに巻き込まれそうな予感がする。
いやいや・・違うか。
面倒ごとを
私自身が持ち込んだ!
そうじゃないの・・そういうこと?
それで、ネスはさっさとこの場を離れたのかもしれない。
~ずるいじゃないのよ!~
「ああっと。でもね、悪いけれど人違いだと思うよ。
そんな大層な者じゃあないし。
さっきも言ったけれど、私は人を探して、偶然ここへ来ただけだから。」
「例の、〈あかつき〉ですね?」
「ええ、そう。それを持った人物がここへ来たはずなの。」
「そうですか。では、・・こうしましょう。
とりあえず、ここに滞在して〈その人物を探す〉というのは?」
尚醇が提案した。
「ええ、それはありがたいことだけど。
今のところ、この国に来たばかりだし。
泊まるところがあるのは助かるわ。
けれど、探し物が見つかったら・・私は自分の国へ帰ることになる。
永遠にここに居るというわけにはいかないし。
それでも構わない?
どれほど、この国の役に立てるかは分からないわよ。」
実際、どういうことが役にたつのか。
何をすればいいのかが全く不明なんだけれど。
尚醇、天姫共に安堵したように頷いた。
「それで、結構です。ありがたいことです。」
いえいえ。
寧ろ有難いのはこちらのほうで。
なにせ、宿を探す手間が省けたわけだし。
ネスも、獣まがいの(獣だけれど)食探しをしなくて済む。
嬉しいような、申し訳ないような。
どっちつかずの表情を浮かべたまま
「それでは、お世話になります。」
と、曖昧な微笑で頷いた。