表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/77

戦禍

国を滅ぼした男がいる。

そう、目の前に!

あの男の命令一つだっただろう。

火を放たれた小国は煙を上げ、多くの人々が逃げまどい、叫び声をあげながら息絶えた。

それは、王宮の中も例外ではない。

戦場が国内であれば、同様の状態となる。

高級なものでなくとも略奪され、若い者は捕虜となり殺されるか、又は奴隷として連れられて行く。

運よく国外へ逃れた者も、その後の生活は困難を極め。

それでも、命があるだけ幸いだったのだろうか。

王を無くし、民の居なくなった国は、新しい国へと創り変えられた。

大国の支配下のもとに。


無表情の顔とは裏腹に、心が波立つ。

やっと、ここまで来た。

この時・時機が準備された!


大国であるトルファンに攻め滅ぼされた小国・自国の無念を忘れたわけではない。

10年の歳月が流れた、今でさえも。


都が落城した日、芳藍は宮殿にはいなかった。

高名な徐・方士から実技の講義を受けるため、数日前から郊外にある師の別荘に在宅していた。

不老不死の技を秘伝としている徐・一族は、先祖を始皇帝の時代・徐市にさかのぼる。

徐市は呪術・薬学・天文学・占星術に秀で、仙人を訪ねて東国へ船出したとも伝えられ。

陰陽道・密教など多種多様な教えを元に独自の道を開いたとされている。

教義は、時代とともに道教・仏教・儒教の教えを広く取り入れ変化していくことになるが。


「芳藍!」

自分の名前を呼ばれて、芳藍は元徳大臣の隣に進み出た。


そうだ、あの日。

宮殿の方角から煙が上がるのを見た時、

師の止める声を聞かずに外へ飛び出し、転げ落ちるように山道を駆け抜け街へ走った。

気がついたときには、人気のない宮殿の庭で壊れた自室の丸窓を眺め、呆然と空を仰いでいた。

幾筋もの黒い煙が青いを空を汚していく。

そのうち、空が真っ暗になるのではないかと思ったほど。

王宮の庭に一人、自失の芳藍を保護したのは、分隊の将だった・現礼部尚書の元徳大臣だ。

彼に保護されたのは幸運だった。

少なくとも、捕虜として、彼を扱うことをしなかったのだから。

破れたとはいえ、王族の子に対する礼儀を弁えた男である。

その後も彼のもとで、庇護をうけることとなった。

芳藍が望むままに色々なことを学ばせてくれた。

彼の子供達が受けるのと変わらぬ教育を与えてくれたのだ。


そうしていつしか、芳蘭は術師・道士として一目置かれる存在となった。


どうして、こういくさというものは・・。

元徳は建物が破壊され、人々が殺される様子を見て、深い溜息をついた。


既に空っぽとなった王宮の中庭へ脚を踏み入れた時に一人の少年を見つけた。

最初は、モノ売りか浮浪児が迷いこんだのかと思った。

それ程に粗末な・質素な服装であったから。

彼はどちらかというと、胡人の顔立ちだった。

瞳が青灰色で、整った顔をしている。

「ここで、何をしている?」と尋ねたら、

「無くなったものを見届けに来た。」と答えた。

彼が王族の血を引く者だと直感した。

けれど、王へは旅人のみなし児を引き取った。

とだけ、報告した。

彼を手元で、育ててみたくなったからだ。

自分の息子たち同様に。

元徳はすぐに見抜いた。

芳藍が術者の修業をしている者だということを。

首に巻いた、紫の布が徐一族の門下生であると。

それは、師である徐氏に認められた者だけが許される色だった。


確かに、彼の成長ぶりは元徳を驚かせた。

全く同年代の者を相手にしなかった。

いや、最初から、競わせることには無理があった。


徐一族は、住まいを限定していない。

彼らは、才能のあるものを見つけ出し。

そして、教え・鍛える。

教えを請う者を受け入れる、という形はとっていない。

だから、探しても無駄なこと。

国・時を変幻自在に変えて、人前に姿を見せることは稀であると伝えられていた。


芳藍の体が成長するとともに

術も大きくなっていく。

素人目にも体術・方術のどれもが威力を増し。

そして法術さえも、すでに並ぶ者がいなくなり。

若くして師の域に達したのではないかと、皆が噂した。


元徳は、そろそろ頃合いだと判断した。

芳藍を中心に据えた軍を作れば、旧態然とした戦いは廃れて行くだろう、と。

隣に進み出た芳藍を王に引き合わせて

自信を持って言った。

「彼こそは、国一の技術を持つ方士ですぞ。

必ずや、かの国に現れた・きざし・予兆を手に入れてまいるでしょう!」


いつもの昼下がりには、王宮内にある工場で職人の女性たちが織り上げる絨毯を見ているのが

シャンテイの楽しみな時間だった。

どうして、あのような模様が浮かび上がり

 素敵な色に作り上げられていくのか・・?と。


いや、楽しみなのはそれだけでは無かったかもしれない。

時折見かける皇子・芳藍の存在。

王族の息子でありながら、生母を早くに亡くしたせいか

他の皇子たちとは異なり、寡黙な少年だった。

彼の生母はとても美しかったと聞くが、胡姫であり、

位も低かったから自然と皇子たちの中でも孤立していったのだろう。

工場へ行く途中、中庭を横切る時に見かける彼はよく木陰で書物を読んでいた。

シャンテイは習い始めた二胡を彼の隣に座って弾いたこともある。

彼にとっては迷惑だったかもしれない。

けれども、芳蘭は決して嫌な素振りを見せなかった。


実際は、貴族の娘がそのような工場内で使用人たちと時間を過ごすことなど珍しく。

いや、全くと言っていいほど奇妙な娘だと使用人にも乳母にも言われた。

けれど、父方のばあやはそんなシャンテイを受け入れてくれ。

「お前には、歴史の変わり目のその時が、その目で見えるかもしれないね。」と

時折、謎めいた言葉を口にしシャンテイを戸惑わせた。

天気や、出来事を前もって言い当てたりしたものだから。

ばあやは占者の力を持っていたのではないかと思う。


その日は、いつものように朝から晴れていた。

ただ、明け方に一瞬東の空が不思議な色に染まったのをシャンテイは目にした。

けれど、ほんの瞬きをする間のことだったのですぐに忘れてしまった。

ただ、ばあやには分かったらしい。

「シャンテイや、お前は虹を見たんだね。」と。

「虹って、なあに?」

「すぐにわかるよ。

まもなく、ここが、変わるのだから。

けれどね、いつか芳藍様が。

今は王位継承順位は低いけれど。

きっと、新しい未来を見せてくれる。

これは決められたことだから。」


その日も、昼過ぎにシャンテイは工場へ行った。

珍しく弟のアーミルが一緒だった。

彼は、姉の行く工場がそれほどお気に入りではないけれど。

乳母が急病で休んでいたため、姉の後ろをついて歩いていたのだ。

残念なことにこの日、芳蘭は中庭に居なかった。


突然のことだった。

青い空を黒い煙が覆い尽くしていく。

呆然自失の状態でアーミルとその様子を見ていた。

あの時の光景をきっと忘れることは出来ないだろう。

その日から自分たちの生きる場所と時間が変えられてしまったのだから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ