予言
立ち並ぶ女性たちは皆が皆、長い衣を身につけている。
{こんなに暑いのに・・ここが(後宮)だから?}
{で、ここがどこだか、分かったのか?}
{たぶんね・・中華大帝国ってとこかな。}
{ほほう~こりゃあ、また。}
{それも、時代的には、かなり古いんじゃないかしら。}
{まあな。今どき、後宮って。古いだろ、そりゃ!}
~てっきり、中世のストーンサークルへ行く・・と思っていた。
なぜ、ユンは【暁・あかつき】を持って、ここ・この時代へ来たのかしら?
違う、か。
彼をこの時代へ、この国へ導いたのが【暁・あかつき】なのかもしれない~
「ねえ、予言の徒い女ってことは、貴女は予知能力者ってこと?」
その時、世王・尚醇は執務室で承相・昂連から定期報告を受けていた。
若い世王にとって、彼を補佐する承相は優秀でなくてはならない。
その点、昂連は政務全般、外交・軍事にも秀でた能力を示した。
本来なら、血のつながりがある場合、もっとも警戒すべき相手なのだが。
母親が違う、身分の差がある、といったことよりも、
昂連自身に王位を欲する気持ちが全く無かった。
他の国とは違い、母親が異なっていても、
幼少より行き来があり気心が知れていたからかも知れない。
だから、か
いつもながら、的確な彼の報告に世王は安心してしまい
眠気を呼び起こしそうになっていた。
そこへ、若くして太監まで上り詰めた・高級宦官の荘孝が息せき切って部屋へ飛び込んで来た。
「申し上げます・・!
只今、天姫様よりの使いの者が
『後宮へ続く観湖台にお急ぎください!
お越し下さった!』 とのことです。」
「そ・・それは・・本当に、〈現れた!〉ということか?」
世王は椅子を蹴って、勢いよく立ち上がった。
昂連までもが、目を見開いて報告に来た太監を見つめる。
そうしてから、世王・昂連・荘孝の
3人は揃って執務室から転げるように飛び出した。
走りながら、世王が問う。
「湖に虹が掛り、道しるべとなるものが・・か?」
荘孝と昂連が顔を見合わせる。
「本当だったのですね。天姫の予言は!」
3人が血相を変えて、宮殿の廊下を走り抜けて行く。
行き交う官吏たちは皆、そんな3人を
『何事か・・』と、拝礼する暇もなくただ呆然と見送った。
このように王・承相・太監ら3人が慌てている姿を目にすることなど
官吏たちには初めてのことで、
『あのようなお姿を生涯忘れることはないだろう』と思った。
けれど、3人にはそんな官吏たちの姿など目に入らない。
いつものように、空が高くて青い。
今日も雲ひとつなく、太陽がぎらついている。
商店が立ち並ぶ通りを走り抜けて行くと
そのまま一つの店に飛び込んだ。
「姉ちゃん、〈うみ・湖〉の端から端まで水平にかかる虹を見たぜ!
ほんっとに、でっかいんだ!
あんなのは、見たことないよ。初めてだぜ!」
興奮して顔じゅうの汗を光らせ、早口に話す少年に若い女が振り返った。
「本当に、アーミル?」
「うん、洗濯していた奴ら、皆で見上げたんだ。」
「まあ・・それじゃあ・・」
「ああ、きっと、ばあやの予言した日が今日じゃないのかな?」
「そうね、ええ・・そうかしら。」
戸惑いながらも、アーミルの姉シャンティは、目を輝かせた。
摩羅は部屋の外を忙しく行きかう、女官たちの足音に眉を顰めていた。
宵の時刻までには、まだ間があるというのに。
「さすがに、準備は慌ただしいですわね。」
摩羅の髪を結いながら、お付きの女官が声を浮つかせる。
すると、ちょうど礼部の女官達を送りに行っていた梅月が戻ってきた。
「姫様に申し上げます。本日新たに入宮される姫がいるようです。」
「まあ、そうなの? 既に、皆さん到着されていたのでは?」
梅月は摩羅の側近である。
国から連れてきた侍女で、同い年ながらも幼少より側に仕えているため、信頼は厚い。
「他の〈精絶・和田・亀慈〉の姫たちは確か・・
我らよりも早くの入宮だったはず。
どこの国の方かしら?」
「さあ・・そこまでは。
それが、一つ気にかかることが・・宮中の者の話では湖にて世王が出迎えた、とか。」
それを聞いて、摩羅がスっと椅子から立上がった。
「なんと、それは真か? 湖に、と?」
摩羅は叫びそうになり、慌てて手を口に当て梅月を見つめた。
そんな姫様の様子に、梅月は冷静に頷き、部屋の片隅に立ててある大鏡を見やった。
~早急に大臣にご報告いたさねば~
世王・尚醇。即位してまだ一年ほどの若き王。
先代の父王が流行病で無くなり、
あろうことか後を継ぐ予定だった兄王2人が相次いで父と同じ病で亡くなった。
予期せず、次代の後継者となったのである。
周囲はもとより、本人にとっても予想外の玉座だった。
それは、〈アクシデント〉か〈幸運〉か。
見方にも依るが。
それでも、国を見守らなければならない立場ともなれば
重圧は量り知れない。
ほんの一年が彼の周りでめまぐるしく動き、
その間、承相・昂連をはじめとした側近達に大いに助けられてきた。
周辺国家はにとっては自国の好機と見えたらしい。
シルクロードの巨大オアシス国家、〈トルファン王国〉皇女との縁談締結。
勿論、政略結婚だ。
既に〈精絶・和田・亀慈〉各国との縁談も決まっていた。
これは他ならぬ、国家間同士の外交上安定に結びつくものと国民に歓迎された。
いつの時代、どこの国でも争いは少ないに越したことはない。