銭湯で会った女の子に言い寄られる話
銭湯は良い。広々とした湯船になみなみと揺れるお湯。場所によってはジャグジーや薬湯、露天風呂もあり、日変わりで様々なお風呂が楽しめたりする。
最近では外国人にも銭湯は人気だという。日本の古き良き伝統が好評を博するのは日本人として喜ばしい限りだ。
普段家ではもっぱらシャワーで済ませる私だが、休日前の金曜の夜は銭湯に行き日頃の疲れを癒すのが習慣になっている。のぼせるまでお風呂にゆっくり浸かったあとに飲むコーヒー牛乳は最高の贅沢なのだ。
「ふぅ~……」
湯船に肩まで浸かると自然と声が出た。
この体の奥からせりあがってきた息を吐くのがたまらなく好きだ。悪いものが一緒に出ていっているような気分になる。
お風呂のへりに頭を預け、足を伸ばして全身の力を抜く。それだけで幸福感に包まれる。
(家のお風呂じゃこうもいかないからねぇ)
広さ、湯量、解放感。それら全てが家では物足りない。
(温泉にも行きたいけど予定たてるの面倒だし、そこそこお金も掛かっちゃうし、やっぱり庶民の味方の銭湯が一番よ)
のほほんとくつろいでいた私は張り出されていた案内に気が付いた。『本日サウナ無料』。
(お、今日サウナ無料で入れんじゃん。行ってみよっかな)
サウナよりお風呂の方が好きだが、無料とあっては話は別だ。さっそく私は湯船を出てからサウナへと向かった。
浴室の奥から通路を進み、サウナ室と書かれた木の扉を押し開ける。開けた瞬間強烈な熱気が肌にまとわりついてきた。オレンジの明かりに照らされた室内は壁に沿ってコの字に二段の木のベンチが続いており、常連客らしきおばさんが二人並んで座っていた。目が合ったので軽く会釈をしてから中に入り込んで扉を閉める。途端に熱気は全身を覆い、まるで自分が蒸し焼きにされているような気分になった。
私はタオルで前を隠したまま近場に腰を降ろした。入り口横の壁のところに掛かっていた温度計がちょうど目に入った。
(えーっと、室温90度? はぁー、サウナだから結構平気だけど、外の気温がこんなのになっちゃったらすぐ干からびそう)
そんなことを考えているとサウナ室の扉が開きまた別の客がやってきた。
大学生くらいの若い女の子だった。ショートボブの黒髪に凛と澄ましたような表情。濡れた肌にタオルが張り付いてスレンダーなラインを浮かび上がらせている。
(若い子もこんなとこに来るんだ。って、私もまだ若いっつうの。……でもあの肌の艶と張りは羨ましいよねぇ)
つい女の子の肌具合に羨望の眼差しを向けていると私の方に会釈をされた。私も返しておく。女の子はそのまま私の隣に腰を降ろした。
入れ替わるようにおばさん二人がサウナを出ていって、私と女の子の二人きりになった。
(こういうところで知らない人と二人っきりって居心地悪いのよねぇ。大勢なら気にならないんだけど)
そろそろ出ていこうかと思っていたとき、ふいに話しかけられた。
「暑いですね」
一瞬どきっとして返答する。
「そ、そうね」
サウナだからね、と心のなかで付け加えておく。なんだろうこの『今日はいい天気ですね』くらいの無意味な会話は。
戸惑う私とうらはらに女の子は会話を続けようとする。
「毎週ここに来てますよね。この辺りにお住みなんですか?」
「え、まぁ」
「私もそうなんです。一人暮らしで大学に通ってるんですけど、この辺住みやすいですよね」
「そう、ね」
今どき珍しいコミュニケーション能力の高い子だ。いやこの場合私が若干引いているのを察して会話を切り上げてくれるのがベストなのだが。
「お名前はなんていうんですか?」
「え?」
「私、清水雪華っていいます」
「あ、私は湯元朱里、だけど」
名前を名乗られたから反射的に自分も名乗ってしまった。知られてどうというわけではないが、見ず知らずの相手に氏名を伝えるのは何となく避けたいものがある。
「ユモトアカリさん……漢字はどういうのですか?」
(なんでそんなことまで教えなきゃいけないの?)
とは思うが女の子――清水さんとやらの真摯な表情に負けて教えることにした。
「えっと、お湯の湯に元気の元で湯元、朱里は朱色の朱と里で朱里」
「湯元さんと銭湯でたまたま会うなんて素敵ですね」
「そ、そうかな」
「私は清い水で清水、雪の華で雪華です」
聞いてもいないのに丁寧に漢字を教えてくれた。
「ところで朱里さん、彼氏さんとかいらっしゃいますか?」
(この子ぐいぐい来るなぁ! ってかさらっと下の名前で呼んだ!?)
すぐにでもここから逃げだしたい心境だったが、年上としての矜持がなんとか私を大人な態度でいさせてくれた。
「今はいないわね。仕事で手一杯だから」
「奇遇ですね。私もいないんです」
これまた私が聞いてもいないのに答えてくれた。独り身に奇遇も何もないと思うのだが。
気が付くと清水さんの座る位置がだいぶ私に近くなっている。
「朱里さんって、女性同士の恋愛についてどう思いますか?」
(それサウナで話す話題ぃ!?)
大学生ならキャンパス内で好きなだけ友達と議論してくれ。少なくともさっき初めて話した相手とサウナの中で話す内容ではない。
だけど私の年上としての矜持が以下略。
「まぁ生物学的な見地で色々と言われたりしてるけど、私としては当人たちが幸せならそれでいいんじゃない? って感じ。じゃあ同性結婚を認めて権利や保障も同等のものにするかってなったらまた難しいと思うけど」
「つまり女性同士でもアリなんですね?」
私の真面目な返しをその一言で片付けるのはひどくないだろうか。というか清水さんの口ぶりはまるで私に女性と恋愛をさせたがっているような――。
「朱里さん、私と付き合ってください!」
(そう来るよねぇー!? 知ってた! なんかそういう雰囲気だなぁって思ってた!)
真剣な表情で見つめてくる清水さんに、私は頬が引きつるのを感じていた。
「えっと……清水さん?」
「雪華って呼んでください」
「せ、雪華、さん」
「呼び捨てでいいですよ。朱里さんの方が年上なんですから」
(注文多いな! 別にいいでしょうよ!)
心の中で突っ込みを入れてから、こほん、と咳払いをして私は言葉を続ける。
「えっと、雪華」
「はい」
「最初に返事をしておくけど、ごめんなさい。それは受けられないわ」
「なんでですか!?」
なんでときたか。逆にどこをどう考えれば受ける未来を想像できるのか。
「まず私はあなたと初対面だし」
「私は知ってました! 毎週金曜にここに来てるのを見かけてましたから!」
「うん、あなたが知ってても意味ないの。うん、私は知らないの」
「脱衣所で最初に見たときは少し冷たい印象だったんですが、お風呂に浸かってぐでんってしてるときはすっごい幸せそうで可愛いし、お風呂あがりにコーヒー牛乳を買って飲んでるときなんかこの世の全ての幸福がそこにあるみたいな顔してて最高に可愛いんです!」
「……えっとね、あなたが私をどういう風に見てたかは聞いてないのね。私はあなたがどんな人かまったく知らないからね」
冷静に返答しながらも私のくつろいでいる様を観察されていたことに気恥ずかしさを感じずにはいられない。ここがサウナで良かった。頬の熱さも紅潮も気にしなくてすむ。
(……人から可愛いなんて言われたの何年振りだろ)
それが自分よりも若く可愛い子に本気で言われたのだから多少嬉しくなってしまうのは仕方ないことだ。容姿を褒められて喜ばない女性などいない。
だからといって雪華の申し出を受ける理由にはならないが。
「分かりました。じゃあ私のことを知ってもらえばいいんですね。清水雪華、年齢は二十歳。身長160cmで体重――」
「そういうことじゃなくて! もっと内面的な、性格であったり趣味嗜好であったり」
「それは付き合っていくなかで徐々に知っていくものだと思います。今私が口で説明したって朱里さんにはそう見えないかもしれませんし、それに付き合うまでは優しかったのに付き合い始めた途端に暴力を振るったりする人もいますから」
(なんでこういうときは正論なのよ!? めちゃくちゃな理論で迫ってくれた方が逃げやすいのに!)
私は少しずつ雪華から距離を取ろうと横にずれていたのだが、雪華も同じ分だけ近寄ってくるので距離が離れない。
「では朱里さん、じゃんけんしましょう」
「……何故じゃんけん?」
「人と人が分かり合うのに最も有効なのは一緒に遊ぶことです。スポーツでもゲームでも、競ったり協力したりすることで相手の本当の性格が見えてくるものですから」
「だからじゃんけんで遊ぶと?」
「はい。どんな場所でも体ひとつで気楽に遊べるのがじゃんけんのいいとこです」
「負けたら付き合うとかナシよ」
「――――!?」
「いやそんな『嘘でしょ』みたいな顔しないで」
「はぁ……しょうがない。じゃあ負けた方が脱ぐってことでいいですよね」
「いやいやいや、おかしいおかしい! 『ですよね』って何でさも私が同意してるような言い方なの? 付き合うのも脱ぐのも嫌だし、っていうか脱ぐ服がないし!」
「タオルがあるじゃないですか」
「一回で終わるわ!」
もっとも何回で終わろうが野球拳なんかするつもりはない。私は額から流れ落ちる汗をぬぐい、深くため息を吐いてから言い放った。
「そもそもじゃんけんで遊んだからって人となりの何が分かるっていうのよ。競うも協力するもないじゃない。あぁ、あんたがとんでもなくいやらしいってのはよーく分かったわ」
「私は素の朱里さんを見られました」
「…………」
今の言葉が引っ掛かった。もしじゃんけんのくだりが私を怒らせる為のものだとするなら、雪華に対する認識を改めなければならない。
私は腕を組んで雪華をじろりと見やった。
「……これまでのはわざとだったってこと?」
サウナの中で告白してきたのも、馴れ馴れしく接してきたのも、空気が読めなかったわけではなく意図的に行ってきたのか。
私の問いに雪華はあっさりと頷いた。
「はい。わざと、というか今しかないなと思って」
落ち着いた微笑みを浮かべた雪華が続きを話す前に、私は手で制した。
「待った。……そろそろ限界だからお風呂の方で話さない?」
冷たいシャワーで体を冷ました後、湯船に並んで浸かったところで雪華が口を開いた。
「もし私が銭湯の外で話しかけたら、朱里さんはどうしてました?」
「どうって……適当にスルーしてたんじゃない?」
「そうですよね。変な勧誘の可能性もありますし、ほとんどの人はすぐ逃げていくと思います。だからまずは私の話をきちんと聞いてもらえる状況で気持ちを伝えたかったんです」
「それがサウナ?」
「周りに人がいなければここでも露天風呂でもよかったんです。たまたまサウナで二人きりになれたから勢い余って告白しちゃいましたけど」
かなり破天荒なことをしているように見えるが、実際そのせいで私は雪華の話に付き合うことになった。裸ひとつで互いに向き合うのだから嘘も誤魔化しも通用しない。だから雪華の気持ちが本物だということも分かった。
裸で告白を受ける側の心情さえ考えなければ、まぁ有効な手段なのではないだろうか。
「ところでさ、こんなこと聞くのもあれなんだけど、私の何を見てそんなに気に入ってくれたの? 見た目?」
話したこともないのに好意を持たれるのは嬉しく思うより先に疑問が出てきてしまう。勝手なイメージで勝手に好きになられても困る。
雪華は腕を前に伸ばしながら照れたように笑った。
「さっきサウナでも言いましたけど、お風呂に入ってるときの朱里さんってすっごく幸せそうなんですよ。見てるだけで、あぁこの人本当にお風呂大好きなんだなって分かるくらい」
「そ、そんなに?」
「そんなにです」
思わず自分で頬を触って確かめてしまう。そんなだらしない顔をしていたつもりはないが、言われると気になってしまうものだ。
「あ、意識して表情に出さないように、とかしないでくださいよ。私、あの朱里さん見るの大好きなんですから」
何の躊躇もなく大好きと言ってのける雪華にたじろぎながらも聞いてみる。
「で、私がお風呂が好きだからってそれがなんで付き合いたいまで発展するのよ」
「最初は何とも思ってなかったですよ。ただ嬉しかっただけで」
「嬉しい?」
「私の実家も昔銭湯やってまして。今はもう潰れちゃったんですけど、そのお陰で私も大の銭湯好きなんですよ。だから毎週銭湯に来ては幸せそうに入浴してる朱里さんを見つけたとき嬉しかったんです。ほら、ここの常連の方ってだいたい年齢が上の方々が多いじゃないですか。若い人がいてもたまたま来ただけでずっと通うわけじゃないし。それでなんとなく朱里さんのことを目で追ってるうちにどんどん好きになっていったんです。『銭湯が好きな人に悪い人はいない』ですから」
犬好きな人が同じように『犬好きな人に悪い人はいない』と言うのと意味は変わらないだろう。普通に考えればその理論が間違っているのは明白だ。ヤクザだってマフィアだって犬が好きな人はいる。それでも何故そういう理屈が出てくるのかというと、自分が犬が好きで相手も犬が好きならばその点に関しては分かり合えるはずだという思いからに他ならない。
だから雪華も銭湯が好きな私と分かり合えると思ったのだ。互いに性格も趣味も知らないが、銭湯という話題においては価値観を共有できると。
(私のことを知ってるってことはこの子もそれだけ銭湯に通ってるってことだもんなぁ。私はその日誰がいるかなんて気にしたこともなかったけど。とりあえずまぁ、この子がどういう子なのかはちょっと分かった気がする)
ただ、こうして肩を並べて湯浴みをしていても、雪華のことを恋人にしたいかと言われれば『うーん』と唸ってしまう。そっち方面の経験値は皆無すぎて想像が出来ない。
(最初はなんだこいつと思ったけど、話してみると結構しっかりしてるし悪い子じゃないのよねぇ。無下にするのもなんか申し訳ないし……)
ばしゃりとお湯を顔にかけつつ考えた結果、妥協案をもちかけることにした。
「ねぇ雪華」
「はい、なんですか」
「恋人とかじゃなくてさ、友達から始めるっていうの、ダメかな?」
お友達からはじめましょう、なんてリアルで口にするとは思ってもみなかった。でもこれは必要なステップだと思う。友達として付き合っていくにせよ、恋人になるにせよ。
雪華は驚いた表情のまま私を見返し、ぽつりと呟いた。
「……いいんですか?」
「それは私のセリフなんだけど。一応あなたを振ってることになるんだし」
「だって、嫌じゃないんですか? 私みたいなのに言い寄られて」
「そりゃ最初はびっくりしたし、いつ逃げようかとか考えてたけど、今はそこまで嫌とは思ってないよ。まぁ銭湯友達? みたいな」
「やったぁ! なります! 友達になります!!」
飛沫をあげて雪華が私に抱き着いてきた。
「――こらっ、離れろ!」
「友達だったらこのくらいスキンシップです普通です」
「ひぁっ! 友達が胸揉んだりするか!」
「あぁ~、サウナのときから触りたいの我慢してたんです~。むっちりとした太ももに締まったくびれ、タオルからこぼれた柔らかそうな胸……」
「っ、前言撤回! こんなエロいヤツ友達じゃない!」
「ダメでーす。一度友達って言われたらずっと友達でーす」
「こっの――!」
私の全身をまさぐろうとする雪華とそれを突き放そうとする私の攻防は、湯船に入ってきたおばあさんにやんわり注意をされることで事なきを得た。
お風呂を出て着替えたあと、ドライヤーで髪を乾かして荷物をまとめてから脱衣所を後にした。いつも飲んでいるコーヒー牛乳を雪華にもおごってあげたら大喜びで一気に飲み干した。その飲みっぷりに思わず笑ってしまった。
銭湯の外に出る。夜風がほてった肌を撫でていくのが気持ちいい。これも銭湯の楽しみのひとつだと思う。
余韻に浸っていた私に雪華が元気溌剌と話しかけてきた。
「朱里さん、これからどこ行きます? カラオケ? それとも居酒屋で一杯やります?」
「なんで出掛ける気満々なのよ。風呂上がりなんだからとっとと帰るに決まってるでしょ」
「え~、せっかく友達になった記念日なんですから遊びに行きましょうよ~」
「なんだその記念日は。知らん知らん。私は帰ってテレビ観て寝る」
歩き出そうとした私の腕を雪華が掴む。
「勿体ないですよ。朱里さんって土日休みですか?」
答えたら余計に厄介そうなので無視する。
「何も言わないってことは休みってことですよね。だったらいいじゃないですか。遊びに行きましょうよ~」
無視しても結果は変わらなかった。雪華の手を振り払いながら強く言う。
「うるさい! 今からどこかに行ったら何のために銭湯に来たのよ!」
「汚れたらまた入りに来ればいいんです」
「その頃にはここ閉まってるから」
「なら朱里さんの家でお風呂入ります。ほら、お風呂セットあるんで」
得意げにバッグを持ち上げてみせる雪華。
遊びに行くうんぬんも最終的に私の家にあがりこむ為の口実なのだろう。人畜無害な笑顔を浮かべてはいるが、その仮面の後ろでほくそ笑む雪華の顔が私には見えた。
「…………」
私は半眼で雪華を睨みやり、言った。
「いや、自分の家で入りなよ」
「あぁっ!? すっごくまともなことを言われてしまった!?」
賢いんだか抜けているんだか。頭を抱える雪華を見て、ここで言い合いをしているのがバカらしくなってきた。
一度息を吐いてから私は歩きだした。
「ほら行くよ」
「え、どこにですか?」
慌てて後ろをついてくる雪華に顔だけ振り返る。
「私の家。お酒の買い置きとかほとんどないからロクにもてなせないけど」
「!! いいんですか!?」
「日付変わるまでだからね。あんたもこの近所に住んでるんでしょ? 自分で歩いて帰りなよ」
「はい! じゃあコンビニでお酒とおつまみ買っていきましょう!」
「いらんいらん。そんながっつり飲むつもりもないし、どうせ酒に酔ったら『こんなんじゃ帰れないです~』とか言って私の家に泊まろうとするだろうし」
「……朱里さん私の思考読み取るの早すぎません?」
「あんたが分かりやす過ぎなの」
遠く広がる夜空の下。街灯に照らされた路地を二人で進んでいく。いつもは一人の帰り道が二人になるだけでこんなにも賑やかになる。
今日は湯冷めしないように速足で帰る必要はなさそうだ。
たまにはこういうのもいいかもね、と私は雪華に見えないように微笑んだ。
案の定というか。日付が変わって雪華を帰らそうとしたら『こんな暗い夜道を女子大生が一人で歩くなんて襲ってくださいと言ってるようなものです!』と言い張って頑として帰ろうとしなかった。じゃあ私が送ると言っても『二人だからって襲われない保証はないんです! むしろ朱里さんの可愛さが狼を呼び寄せるまであります!』と突っぱねる始末。
雪華の口の達者具合とその頑固さを甘く見ていた。だからこれは私のミスだ。いまさら悔やんでも仕方がない。
来客用の布団一式をはしゃぎながら敷き始めた雪華を見ながら、私は後ろ手に隠し持ったロープを強く握り締めた。
終




